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第28話 変わらぬポジション

「えっ……なんで、どういうことですか?」


 出番がない。

 そう言われた。


 言われたけど、その意味が分からない。


「いや~はは、そのさ。申し訳ないんだけど……」


 頭の後ろに手を置きながら、謝る西川さん。

 笑い混じりの表情で……


 どうやら雰囲気的に、たちの悪い冗談って訳でもなさそうだ。


「そんな! 謝られたって……お、いや私たち、今日のためにずっと練習してきて――」

「いや、すまん! すまない! まぁ詳しい話はほら……室井くん、頼むよ」


 西川さんが後ずさりすると、入れ替わりにその背後にいた人物。

 冴子さんが現れた。


「…………」


 神妙な面持ち。

 西川さんとはまるで逆の態度だ。


「じゃ、僕はこれで。まぁ、こういうのもさ……考えようによっては一種の勉強だから」

「ちょっと、待って! ……!?」


 退散しようとする西川さんだが、まだこっちの話は終わっていない。

 引き止めようとすると、すかさず冴子さんの手に遮られてしまった。


「冴子さん……」

「……ワケを話すわ」


 そうして冴子さんは静かにドアを閉めると、俺や控え室にいるみんなと向かい合った。

 美咲、いつき、由香――見ると、みんな表情が固まっていた。



 ドアの前に立ったまま、動かない冴子さん。

 そして、その言葉を待つ俺たちハレーションの4人。


 みんなその場に立ち尽くしている。

 イスに座って話を聴く余裕なんて、どこにも無かった。


「本当なら、今頃あなた達にはスタンバイに入ってもらうつもりだった。……今サンシャインが歌っている曲。これが終われば、ハレーションのライブが始まるはずだったから」


 重い静寂に満たされている控え室。

 ステージからの音は、ハッキリと聴こえてくる。


 歌声や歓声だけでなく、会場の熱気までも伝わってくるようだった。


「はず、だった……?」

「……そうよ、いつき。私もさっき知らされたばかりなんだけど、ハレーションがライブをやるはずの30分は、そのまま彼女達のライブMCに変更されたわ」

「えっ!? ど、どうして……」


 いつき、そして美咲も口を開き始めた。

 彼女たちもようやく、今の事態を飲み込んだらしい。


「重大発表が出来たってことでね。……みんな、月形ドームは知ってるわね?」


 月形ドーム。

 関東、いや日本でも最大級のライブ会場だ。

 建設から30年ほどが経っているそうだが、ここでライブをやったアーティストは、未だ指で数えるほどしかいないという。


 並み居るアーティスト達の中でも、ここでライブをやれるのは、あるレベルのステータスを持つ者だけだ。


「そこでね、サンシャインのライブが決定したのよ。さっき西川さんがホクホク顔でここにやって来て……念願のオファーだったみたいね。今日のライブでどうしても発表するって聞かなかったわ」


 今でも十分な人気を持つサンシャインだけど、月形ドームでライブをやれるってことは、これはもう日本の音楽史に名を刻めるってことになるからな。

 ……そうなるともう、人気は不動のものとなる。


「この会場を使用できる時間は決められてるから、ライブの延長は出来ない。だから自ずと、プログラムを1つ削るしかなかった」

「……それじゃ、まさか!」


 引きつる美咲の顔。

 ショックだろうな……そりゃショックだろう。



「残念ながら、そのまさかよ……西川チーフは躊躇(ためら)いなく、ハレーションの降板を提案したわ」

「……なんで? だって別に、曲を1つか2つ削ればいいのに……なんでわたしたち……」


 いつきもまたショックを隠せない。

 普段ならおそらく見せないであろう、その心の動揺を構わず表情に出している。


「曲目はもう発表済みだったから。ファンもコールを用意してるし、期待を裏切ってはいけないって。でもハレーションのライブは今日のサプライズ演出だったから…………まだ未発表だったのよ」

「それじゃ、結局また!」


 またか。

 結局また俺たちは、日の目を見られない。

 いつかのバーター仕事と同じ、サンシャインに貧乏くじを引かされる役目なのか……。


「私は(あらが)った。それだけはやめてくれって、必死に訴えたのよ! でもその場にいた関係者、スタッフ……誰もチーフに反対しようとはしなかったわ!」


 噛み締めるように、苦い顔をする冴子さん。

 おそらく、どうしようもない状況だったんだろう。


 大人気アイドルユニット サンシャインを担当し、事務所内の権限も豊富なチーフマネージャー。

 かたや、いつ売れるのか全く見込みのないアイドルユニット ハレーションを担当する平マネージャー。


 その場の人間にとって角が立たぬようにと考えるならば、どちらの意見を支持すべきかなんて……比べるまでもない。


「こうなるともう、私には……。せっかくのチャンスだったのに、どうすることも出来なくて…………ごめんなさい!」


 冴子さんは頭を下げた。ただ素直に……。

 もはや、こうすることしか自分に出来ることはない。

 そう言っているようだった。



「………………」


 再び訪れる静寂。

 誰も何も言おうとしない。ただ重苦しい空気だけが場を支配していた。


「……あのさ、冴子さん」


 だがやがて、この居心地の悪さを打ち破るように誰かが口を開く。


「いいよ、気にしないで。……あはは、こんなのもう慣れっこだもん」


 ――美咲だった。


「美咲……」


「月形ドームなんてすごいよね。さすがっ! きっと西川さんや……たぶん事務所の偉い人たちもいっぱい後押しして、取ってきた仕事なんでしょ。……悪いのは冴子さんじゃないよ」


 顔を上げた冴子さんを、美咲は優しい笑顔で迎える。

 でも、その表情にはどこか強張りがあって……


「ごめんなさい……そう。やっぱり今のサンシャインの人気を引き合いに出されると、どうしても」

「……もういいって」


 いつきもまた、言葉を取り戻したようだ。

 さきほどの剣幕は一転し、いつも通り雲がかったような考えの読めない顔……いや、違う。


 垂れ下がった肩。俯いたままの視線。

 むしろ、いつも以上に暗雲たる雰囲気をかもし出している。


「どうせ……こんな程度なんだ…………。事務所にとって、わたし達は……。ちゃんと、真面目にやってるのに…………いつもこう」

「違うのよ、いつき! 今回はイレギュラーだったから、またいつか――」

「いい……期待するだけムダだった…………」


 そうして、プイッと壁に向かって背中を返す。

 取り合う冴子さんに、いつきは一度も目を合わせようとはしなかった。


「いつきたん……あの~、ほら、ねぇ!」


 間を取り成すために、一所懸命な美咲。


「……」


 すっかり、いじけてしまったいつき。


 控え室の中は、もはや完全に湿っぽい空気感に包まれている。



 なんだこれは……ついさっきまでの張り詰めた空気は、どこにいったんだろう。

 緊張と怖さ。

 だが、確かな期待もそこにはあった。

 あのドキドキとした高揚感は一体どこに……


「…………ふぅ」


 微かなため息が聞こえた。

 見ると、それは控え室の奥――由香のものだった。


 こちらの方を伺いつつ、その顔には安堵の表情を浮かべている。

 あれは、ついさっきまで出番に備えてハラハラしていた彼女には出来なかった顔だ。


 ハレーションのライブが潰されたことで、由香は安心しているのだろうか。

 もうステージに立たなくていい。

 姉を追いかけるために越えるべき壁も……消えてくれた、と。



 ………………ふざけるなよ。



 ここにきて中止。

 今までやってきた猛レッスンも、夜寝るごとに高ぶらせていった期待も、全てがゼロになる……冗談じゃない!


 こんなことで、ハレーションがいつ売れるっていうんだ?

 いつ俺が1000万円を手にし、恵の足を元通りにして…………あいつに人並みの生活を返してあげられるっていうんだ!?


 こんなちんたらとしたペースじゃ、妹はずっと寝たきり。母さんだって、いつか過労死しちまう。



「もう、ここにいてもしょうがないわ。帰りましょう……さぁ、みんな」

「うん。……ほら、いつきたん」

「……」

「はい、冴子さん。……あれっ、あゆみちゃん?」


 うんざりだ……。

 もう、こいつらには……うんざりだ!!

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