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第23話 こんな時を待っていた

「えっ、そんなに喜ぶことなの?」

「何言ってんの、あゆみたん! 30分だよ? それってもうほとんど、会場であたし達だけのライブが出来るってことなんだよ!」


 いきなり眼前に迫ってきた美咲の顔には、鬼気迫るものがあった。


「……うん。サンシャインのライブだから、きっとお客さんもたくさん……チャンス……!」


 いつきの目にも淡い光が灯っている。


「あ、あぁ……あ、あ、あ……」


 由香は恐れおののいていた。

 みんなのリアクションを見るに……どうやら、こりゃ本物らしいな。



「あ、ありがとうございます、チーフ!! 貴重なライブの時間を……30分もいただけるなんて」

「いや、僕もね。自分が担当するサンシャインばかり人気では、他のアイドル達に悪いな~と前から思っててさ。特に君たちハレーションには、これまで何かと面倒をかけてきたからねぇ」


 冴子さん、すっかり恐縮してるな。

 ……それに結構、感極まってる。


 チーフマネージャーで、なおかつサンシャインの担当か……なるほど。

 確かに、この西川さんに睨まれた日には、アイドルとしての明日は無くなりそうだ。


「それじゃ、僕はここで失礼するよ。ライブはちょうど2週間後だ。演出なども君達の自由にしてくれていい。まぁ思う存分、やってくれたまえよ」

「ありがとうございます、西川さん!!」


 西川さんは満足そうに、またスタジオのドアへと戻ろうとする。

 すると周りのメンバーたちが頭を下げだしたので、俺も遅れてそれに合わせようとした。



「ん? 君は……」


 ふと西川さんの視線が俺に止まる。

 ……そっか。よく考えたら、まだちゃんと挨拶してなかったもんな。


 よし、思い切り息を吸って


「はじめまして。本城あゆみ 15歳。ハレーションで頑張らせていただいてます!」


 出来るだけソプラノ調に声を張り上げてみる。

 さらに、あれから何度も鏡とにらめっこして、ようやく完成させた作り笑顔。


 美咲を見習うわけじゃないが、とりあえず元気さをアピールだ。


 ――おそらく、感じの良い新人アイドルってこんな感じだろう。

 おずおずしてたら、下手すりゃ男だとバレちまうからな。


「…………」


 西川さんは無言でこちらをじっと見ている。

 その眼差しは……なんだか疑いを向けられてるようで。


 も、もしや見破られたか!?


「あ、あの」

「君……」


 西川さんの表情が、なお険しくなった。


 バレたのか? こんなにあっ気なく……

 やはり見る人が見れば、女装なんて所詮は――


「裏声は良くないな。地声がどうだろうと、それは君の個性だ。否定してはいけない」

「!? は、はぁ……」


 脅かしやがって……!

 なんだ、そっちかよ。


「でも君、ルックスは文句なしだよ。その分、ギャップ萌えっていうのかな。そういうのも狙えるんじゃない?」

「……ありがとうございます」


 命拾い出来たのは、この顔のおかげか。

 ……複雑だな。


「でしょ~? あゆみを加えてハレーションも戦力アップしましたから! 今度のライブでもきっと、この娘はやってくれますよ!」


 冴子さんのフォローも入る。

 まぁいい。

 今はこれでいいさ。


「ふむ……僕もちょっと楽しみになってきたかな。それじゃ、改めて失礼するよ」


 そうして西川さんは、今度こそスタジオの外へ出て行った。




「緊急会議! ついに、私達にもツキが回ってきたわよ~!」


 その後、レッスンはそのまま中断。

 代わりに冴子さんの号令の下、ハレーションの緊急会議が執り行われる。


「長かった……。これまでの歴史、振り返ると苦い思い出ばかり。日陰仕事ばかりやらせて……あなたたちには悪かったわ」


 熱弁する冴子さんを囲む形で、俺たちハレーション4人は体育座りで見上げている。

 これまでの歴史……とやらはよく知らないが、とにかく今は大変な事態らしい。


「いいよ、冴子さん! おかげで、こうしてチャンスがやって来たんだもん。やるよ、あたし達!」


 座った体勢のまま、ガッツポーズを見せる美咲。

 気合十分といった様子だ。


「ありがとう……。今度の仕事は、これまでのバーターとはワケが違うわ。2週間後、あなた達はサンシャインと同じステージに立つの。5分程度の添え物じゃなく、共演者として肩を並べるレベルでね!」

「……あぁ。待っていた、こんな日が来るのを…………玲奈め」


 いつきも生き生きとしてるな。

 心なしか、ちょっと妬みも感じるけど。



「あの……私も頑張るよ。何が出来るのか、ハッキリとは分からないけど」

「あゆみ……」

「あゆみたん……」


 このハレーションに訪れたチャンス、それは俺にとっても同じことだ。

 これをきっかけに人気を獲得すれば、きっとハレーションには美味しい仕事がわんさか舞い込んでくるだろう。


 そうすりゃいずれ1000万円に……俺が目的を達成し、女装をやめる日にも近付ける。



「おぉ! あゆみもノッてきたわねぇ~。相川ホールはそうね、収容人数7000人ってとこだから。観客にバッチリ印象付けられれば、きっと世間のハレーションへの認識を変えられるわ」

「そうだ、そうだ! あたしなんて、まだサインもしたこと無いんだよ。その日は絶対、い~っぱいファンを増やしてみせるんだから!」

「サンシャインめ……寝取ってやるぞ……ククク……」


 冴子さんたちのテンションがみるみる上がっていく。

 この3人は俺や由香に比べて、芸能生活が長いからなぁ。


 きっと、今までかなり溜めてたものがあったんだろう……。


「いいわ。いい感じよ、あんた達。ユニットらしくなってきたじゃないの」

「うん! 冴子さん、ライブの日まであたし達のこと、もうビシビシしごいちゃってよ~!」

「やる……やってやる……!」


 熱い……みんな燃えてるな。

 何だかこっちまで、その熱気に当てられるようだ。


 いくら今は利害が一致してるとはいえ、ハレーションの行く末がどうなるかなんて、俺には関係ないのに。

 ……とはいえ雰囲気的に、このノリには合わせた方が無難か。



「がんばろう、みんな…………あ、あれ!?」


 作り笑顔と共に、みんなに呼びかける。

 冴子さん、美咲、いつき、そして――


「…………」


 由香、君はどこを見ている?


 まるで放心状態。

 みんな自然と立ち上がってるのに、この娘だけが体育座りのままピクリとも動かない。


 遠くの方に視線を向けたまま、目の前の現実にはまるで見向きもしない構えだ。


「お~い、由香~」


 目の前で手をヒラヒラと振ってみる。

 ――へんじがない、ただのしかばねのようだ。



「……由香ぁ!!」

「ひ、ひゃう!?」


 ……ビックリしたぁ。

 いきなり冴子さんの怒号がスタジオ中に響いた。


 直後の由香の悲鳴と合わせ、思わぬ大音の発生にみんな耳を塞いでいる。


「ご、ごめんなさい。あの……」

「……ふふっ」


 怯える由香に、冴子さんは一変した笑顔で近付く。


「いいのよ、由香は由香なりに頑張ってくれれば。それで十分」

「えっ、あ……はい」

「でもね……」


 由香が安心したのも束の間、緩やかな曲線を描いていた冴子さんの眉毛は突如、斜め45度に急降下した。



「逃げんなよ」



 静かな……凄みのある声で迫る。

 相手の目をまっすぐに見つめる鋭い視線。


「あ、あ……あう……」


 由香はもはや、戦慄(わなな)く一方だった。

 『蛇に睨まれた蛙』とは正にこのことか。



「由香た~ん」


「ゆ~か……」


 対して美咲といつきは、彼女に微笑みを送ってくれている。

 しかし、それにはどこかこう……説得力が見当たらない。


 2人とも笑顔に関しては、既にプロ級の腕前なのに。

 それを打ち消すほどの勢いで、内側から何か本音というか……邪気が滲み出ている。



「うぅ……あゆみちゃ~ん……」


 取り付く島が見つからない哀れな由香は、やがて俺に救いを求めてきた。


「うっ……まぁ、ね」


 ……とはいえ、俺なんかが彼女にしてやれることなんて何も無い。


 せめてもの誠意に、嘘で作った笑顔じゃない、この場における真の表情。

 苦笑いを浮かべることしか出来なかった。

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