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第19話 蓋を開けてガッカリ

「矢野町のみなさ~ん、こんばんは~! ハレーションで~す!」


 元気に手を振る美咲を先頭にして、いつき、由香、そして俺……あゆみが続いてステージに登場した。


「せ~のっ……」


 そして4人が並び立ったのとほぼ同時に、美咲が何かを始める。

 このタイミングで……あっ、もしやっ!?


「屋台で売ってた美味しいやつ~?」

「……」


 客席に向かって元気に呼びかけた。

 ……しかし、反応は無い。


「……イカ焼きとかタコ焼きとか色々あったのになぁ……」


 どうも腑に落ちないという顔つきで、美咲はボソッと愚痴った。

 声が拾われないようにとマイクを一旦、口から離して。


 メンバー同士で顔合わせした時も見たけど、この娘は毎回このくだりをやってるのか……。

 よく心が折れないな。


「じゃあ、あの……ほら! こう、ライフルで欲しい景品を狙って当てる……」


 再び客席に呼びかける美咲。

 名誉挽回とばかりに、今度は体を使ったジェスチャーも交えている。


 たぶん『射的』って言わせたいんだろうな。

 何かしら『き』で終わる言葉を2回言わせて、最後に自分の名前で締めるのが彼女の自己紹介のパターンらしいから。


「…………」


 だが悲しいかな、客席の方はまたもノーリアクション。

 50人ほどいる観客がみんな揃って口をぽかーんと開けている。


 これはこれで、むしろすごい才能じゃないかって見方も出来そうだけど。


「くぅっ……どうも!! 篠原美咲 16歳です! そして」


 あっ、最後のくだりは飛ばした。

 さすがに諦めたのか。


 期待をなくして、自ら名前を言い放った彼女はとても悔しそうだ。


「猪瀬いつきと申します。12歳……じゃあ次」


 その反面、いつきの自己紹介は異様にあっさりとしている。

 美咲の分と合わせて、ちょうど通常2人分の時間になる按排(あんばい)だ。


「えっ!? う、うわわわっ……! あのっ、私……あ、あ、あの……ゆか。泉野由香っていいます……ごめんなさいっ!」


 そして次にマイクを持つのは由香……予想してた通り、かなりテンパってる。

 その緊張の度合いは、隣りで見てるだけでも、ありありと分かってしまうな。


 こんなにアガリ症の彼女がアイドルを辞めない理由って何なんだろう――とか考えてる場合じゃなかった!


「……あの、私は」


 そうだ。

 最後は俺の番なんだよ……。


 ――落ち着け。まずは一息つこう。


 俺は今、アイドル。

 あゆみという女の子でいるべきなんだ。


 いっそ、自分なんか忘れてしまえ。

 アイドル……アイドルらしく。


「本城あゆみです。はじめまして……今日は私、初めてのステージでとっても緊張しちゃってます! みなさん……どうか、応援よろしくねっ!!」


 というセリフと共に、腰をクネッとひねり、顔の前に横向きのピースサインをかざしてポーズを取ってみた。


 ……さぁ、反応はどうだ?


『…………パチ……パチ』


 水を打ったようにノーリアクションの観客席。

 だがその中で、誰かが拍手を叩く音が聞こえてくる。


 ……しかし、この活気を感じられないスローなテンポ。

 これは果たして、応援と言えるのだろうか?


『…………』


 拍手はすぐに止まってしまった。


 これは……あぁ、そうだ。同情か。

 気まずさのあまり、見知らぬ人から同情の拍手を買っただけなのか。


 誰か俺を殺してくれないだろうか。


「は……は~い、ステキな自己紹介ありがとうございます。みなさんはその、サンシャインの後輩さんということで、やっぱり普段から麗さんや玲奈さんに会われたりするんですか!?」


 あ……司会のお姉さんも焦ってる。

 ここは本来、ゲストが登場して盛り上がるタイミングなのに、この有様だもんなぁ。


 わざとサンシャインの話題を振って、観客の興味を引こうとしてるようだ……申し訳ない。


「へ? あ、うん。この前、玲奈たんに会ったよ?」


 ……ガヤ。ガヤガヤ……。


 美咲が素っ気なく答えると、観客席に僅かなざわめきが起こった。

 それまでなかった関心を持つ視線が、少しずつステージへと注がれる。


「あ……!! そうなんですか、やっぱり! じゃあ、こうテレビじゃ観られないサンシャインの意外な一面とかそういうの、何かありませんか?」

「……え? いや、あのあたし達……」


 そして、それを見るや司会のお姉さんの目の色が変わった。

 客席を沸かせようと、なおもサンシャインの話を引き出そうとする。


 まぁ、そうしてイベントを盛り上げるのがこの人の仕事なんだもんな。


「あのっ、あたし達もアイドルやってて! 今日はみなさんに楽しんでもらえる素敵なライブをお届けしますよ~。にゃはっ!」

「はぁ。…………あの! お客さんの反応、気にしてくださいよ」


 おどけてみせる美咲に、お姉さんがマイクに乗らない小声で囁いた。

 言いたいことは分かるが……でも、それって。


「そうそう! そちらの泉野由香さんは、あの麗さんと実の姉妹なんですよね~。小さい頃のお姉さんってどんな感じでした?」

「えっ、う……お姉ちゃんは……」


 何だこの人、さっきから。


 そりゃ俺たちみたいなどこの馬の骨とも知られてないアイドルよりも、サンシャインの方が観客の受けがいいのは分かる。

 実際、今も観客の視線が由香へと向かってるし。


 でもだからって、ここにいるのは――


「わたし達はハレーション。サンシャインじゃない……」


 ふっと聞こえたのは、いつきが呟く声。


 ………………。


 その一言は会場の空気を一瞬で切り裂き、ステージには再びの静寂が戻ってきた。


「あっ……そうですね。失礼しました。…………えっ、もうそんな時間なの?」


 場を持ち直そうとするお姉さんに、ステージの袖にいる誰かが合図していた。

 手をぐるぐると時計のように回してる。


「それではハ……えっと、みなさんのステージです! よろしくどうぞ!」


 お姉さんは少し慌てたように、司会を終わらせた。


 事情は分からないが、とにかく時間が迫ってるらしい。

 何だかんだでこのやり取り、結構間延びしちゃった感じがあったもんな。




 そして、ライブが始まる。


 俺たちがそれぞれの立ち位置につくと、やがてステージ脇に置かれた2つのスピーカーから、曲のイントロが流れ始めた。


 曲はサンシャインのヒット曲「Give You Dream」

 以前、俺が大原アリーナで由香の代わりを演じた時も使われた曲だ。



 胸に迫る緊張を抑え、周りのメンバーとお互いを確認し合ったその時……俺は見てしまった。


 いつも明るい美咲が、無理矢理作らせた苦笑いを。

 隠した表情からも溢れるほど、苛立ちを見せるいつきを。

 ……何かの感情を押し殺そうとする由香を。



 曲に合わせ、歌い踊るハレーションの4人。

 毎日毎日、クタクタになるまで練習したこの曲だ。今さらミスはしない……するわけにはいかない。


 美咲といつきがセンターにつき、俺と由香はそのサイドに回る。

 この配置は、メンバー同士の実力差を考えて冴子さんが決めたものだ。


 安定した腕前を見せる美咲といつきに比べ、俺と由香はやはりまだアイドルとして力不足な面が否めなかった。

 特にその歌声は……。


 俺は他のメンバーに比べて地声が低いため、あまり歌には参加できない。

 だが、こればっかりは性別の問題だ。仕方ないだろう。


 そして由香は、その声量が明らかに小さい。

 大原アリーナでは、緊張のあまりライブから逃げ出したほどの彼女だ。

 あの時に比べれば観客数の少ない今にしたって、本人にとってはステージに立つだけで一杯一杯な状況なんだろう。


 並大抵の臆病じゃないんだから……この娘は。



 美咲といつきがリードし、俺と由香は一所懸命にそれに付いていく。

 追い抜けるなんて思えない……でも、せめて足手まといにはなりたくない!


 そうしてアイドルとしてパフォーマンスを繰り広げる俺たちだったが、相変わらず観客の反応に手応えは感じられなかった。


 何の感情もなくぼーっとステージを眺める者。

 呆れる者や嘲笑する者まで……。

 けど中には、ウズウズとした様子でこちらに期待する目を向ける人もいる。


 分からない……。

 あの人達は何の目的があって、ここに居続けるんだろうか?



 やがて、1番の歌詞が終わった。間奏が過ぎれば、次は2番に――


「ありがとうございま~す。ハレーションのみなさんでした~」


 しかし突然、スピーカーから音が止み、歌ってる最中だった俺たちの前に司会のお姉さんが割り込んできた。

 ステップを踏もうとする体勢のまま硬直し、茫然とする俺たち。


 まだ途中だったのに。

 一体、どういうつもりで――


「あ……あはは。それじゃあたし達、失礼しま~す」


 事態に納得できない俺を差し置き、美咲は笑ってみせた。

 いつきと由香も、どこか諦めたような面持ちでいる。



 そうして訳の分からないまま、メンバーたちに続いて俺もステージから引き上げることになった。


「もう夜も更けて参りましたので、早速始めます。本日の締めくくり、大ビンゴ大会で~す!」

「うおおぉぉ~!!」


 その最中に、背中越しに聞こえた観客席からの声。

 それは間違いなく、今日一番の大歓声だった。

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