第14話 仮面をつけた日
「ふーっ、じゃあ最後は由香ね。……ちゃんと話せる?」
いつきちゃんとの一悶着を終えた室井さんは、残る最後のメンバー 由香さんに呼びかけた。
「はい……すみません、冴子さん。もう大丈夫です」
彼女はそれに応えると、おずおずとした様子で立ち上がった。
……素朴な疑問だが、なんでこんな大人しそうな娘がアイドルなんてやってるんだろう?
「泉野由香といいます。その……14歳です。中学2年生です」
たどたどしい自己紹介。
年下だったんだな。ちょっとそんな気はしてたけど。
「私、その……ごめんなさい! この前、ライブから逃げ出しちゃって。その他にも、いつもみんなに迷惑かけて……本当にごめんなさい!!」
――あぁ、そうか!
この雰囲気。まるで怯えた小動物のような……今、気付いた。
この娘はあの日、裏口の前でぶつかったあの帽子の娘。
俺がここにいる、そもそもの原因を作った女の子だ!
「由香たん、大丈夫だよ。みんなもう気にしてないって」
「そうよ、由香。本来なら言語道断なんだけど……おかげであゆみを発掘できたんだもの。まぁ、ケガの功名ってやつよ」
みんなは彼女をなだめるように、優しい言葉をかける。
なんかちょっと分かるな。
この娘を見てると、どうも放っとけなくなるというか……思わずこっちが心配な気持ちになってしまう。
しかしケガの功名か……それは俺にとっても同じかもしれないな。
目指すゴールはあれど、進むべきルートが分からなかったところに、素晴らしい道を示してくれたんだからな。
「うぅ……あゆみさん、よろしくお願いします」
アイドル……それも女装か。
どんなバイトをやろうとしても、雇ってくれない。
モノになるチャンスすら与えられない俺には、むしろこの格好がお似合いなのかもしれないな。
「ああ……い、いや! ええ」
――言葉遣いも気をつけないとな。
どうせいつかはバレるんだろうが、今はまだその時じゃない。
1000万円を稼ぎ切るまでは。
「……私こそ、よろしくね。由香さん」
だがな。
恵の手術費が無事に工面できたその時には――
「美咲さん」
もし俺が男だとバレても……その時、ハレーションが世間からどんなイメージを持たれたとしても、もはや知ったことじゃない。
「いつきちゃん」
たとえこの道を歩くことが、結果この娘達を不幸に陥れることになったとしても……
「私……みんなと一緒に精一杯がんばるから!」
俺は……ハレーション、お前達を利用させてもらう。
「お~! あゆみたん、早速やる気十分だね。うんうん……あっ、でも同じメンバー同士だから、さん付けは無しにしようね」
今日は、上手く輪に入り込めたんだろうか……。
何にしてもここにいる時は、俺は本城あゆみでいなきゃならないからな。
女同士の空気感を掴めるまでは、大人しくしていよう。
「あ、分かりました」
「敬語もダ~メ!」
「はい……じゃなくて、うん。え~と……美咲」
「そうそう! よろしくね、あゆみたん」
その『~たん』という呼び方はどうなんだろう……とも思うが、何かややこしくなりそうだから黙っとこう。
「はい、じゃあ自己紹介も終わったところで! 今日からこの4人が新生ハレーションね。みんな、仲良くやんなさいよ!」
室井さんの号令により、場は仕切り直される。
……今日から俺はアイドル。
歩ではなく、ハレーションの本城あゆみになるんだ!
「ね~、ね~、冴子さん。あたし達、3人から4人にメンバー増えたでしょ。記者会見はいつ? どこでやるの?」
すると、美咲がぐいぐいと挙手しながら尋ねてきた。
そういやそうだ。普通アイドルユニットに新メンバーが加入したり、あるいは脱退する時ってマスコミへの記者会見がつきものだよな。
ここの事務所はだいぶ大手みたいだし、結構大がかりな発表になるんじゃ――
「そんな予定は無いわ」
「……え?」
思わず声が出てしまった。
「私もやろうと思ったの。でも会社が……上の連中が、マスコミ発表もタダじゃ出来ないんだ。金を出させたいならまず人気を出してこいって……取り合ってくれなかった」
そう言うと室井さんは、不景気なため息をつく。
……ふと気付いたけど、さっきから俺以外のメンバーはみんな室井さんのことを『冴子さん』と名前で呼んでるな。
俺もそうした方がいいのかな。
「しょうがない……今に始まったことじゃない……」
いつきは落ち着いている。
さも、こんなのは当然だと言うみたいに。
「そうなんだ~。……ふぅ」
そして由香もまた、ため息をついた。
でも、それは冴子さんのとは種類が違う。
彼女には、ほっとするような安堵の気持ちがこもっている。
「まぁね~。ど~せ、そんなことだろうと思ったけどさ~」
美咲はふてくされた様子で、座ったままイスを前後にユラユラ揺らしていた。
――今日から俺は、俺でなくなった。本城歩じゃなくなったんだ。
ここにいるのは『本城あゆみ』という、いつ割れるともしれない仮面をつけた、生まれたばかりのアイドル。
でも、こんなユニットにいて……果たして俺の目的は達成できるんだろうか。
恵――。




