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第10話 罠とするか、チャンスとするか

「あの……頭、大丈夫ですか?」


 もうちょっとマシな言い方もあるのかもしれない。

 でも、そんな配慮もなくなるほど、俺は室井さんの発言に呆れてしまっていた。


「はぁ!? 失礼ね~、頭ならこれ以上ないくらい冴えてるっての。光り輝くダイヤの原石を前にアドレナリン出まくりよ!」


 あぁ~……こいつは重症だ。


「じゃあ一応、聞くけど……それって俺を男として誘ってるの? この前みたいな女装はもう無しで」

「な、何言ってんのよ!? 女の子としてに決まってるでしょ! ハレーションは女の子3人のユニットよ。そこに男が加入したら、ファンに顰蹙(ひんしゅく)買うだけじゃないの!」


 まぁ、そうだろうな。

 もしこれが男としての話だったら、この人の言うことも分かったかもしれない。

 ……でもやっぱ、そういうことなら仕方ないか。


「じゃあ、生憎ですけどお断りですよ。もう俺、女装とか懲り懲りなんで」

「や……やっぱ、そう来る? ねぇ~、ちょっと考えてよ。こんなムーブメント、マネージャーとして放っとけないのよ~」


 そう(すが)るように言われたって、そんなの俺の知ったことじゃない。

 女装してアイドルユニットに加入する……それはつまり、女装した自分が世間に売り出されるってことだろ。

 冗談じゃない!


 ――こっちはあのライブの日を思い出すと、今でも寝る前に身悶えするくらいなんだぞ。


「何言われても無駄ですって。ねぇ、もう降ろしてくださいよ」

「えぇ~……あっ、そうだ! 人気アイドルになれたらさ、お金たくさん儲かるわよ!」


 閃いた! とばかりに人差し指をピンと立てる室井さん。

 むぅ……儲かるのか。それはちょっと興味ぶか……いや、いやいや騙されるな!

 どうせ向こうの口車だ。


「おっ、反応した! あのねぇ、もしトップアイドルにでもなれたら――」

「着いたわよ、冴子さん」


 にわかに勢いづいた室井さん。

 だがそこで、話の腰を折るように運転席からカオルちゃんの声が届く。


 ……そういや、いたんだっけ。黙々と運転してるもんだから気付かなかった。


「あら、もう事務所着いちゃったの? あ~、タイミングの悪い」


 窓から外を覗くと、そこには4階建てぐらいの立派なビルが立っていた。

 入口には『芸能事務所 アクセルターボ』と表記されている。


「てっきり歩くん、一発OKしてそのまま事務所で契約できると思ってたのにな」


 どうやら本来の予定がずれて、肩透かしを食らったようだな。

 室井さんは残念がっているようだが、俺とっては好都合だ。


 ……まぁ、こんなところに連れて来られてる時点で好都合も何も無いんだけど。


「もういいですよね。じゃあ、俺はこれで」

「あっ、ちょっと待って」


 室井さんに構わず、俺は座席のドアを開けた。

 ――外は見慣れぬ都会の町。

 だが、少し離れたところに駅が見える。あそこまで行けば、家には帰れるだろう。


「歩くん、考え直して!」

「悪いけど、こっちは元から考える余地も無いんですよ。さよなら!」


 室井さんはなおも追い縋ってくる。

 俺はそれを振り切り、再び視線を外へ……だが、そこでふいに目が止まった。



「あれっ、あの人達……」


 芸能事務所 アクセルターボ。そのビルの入口。

 よく見ると、そこには10人近くの人だかりが出来ていた。


 でもそれは、道行く人が足を止めて出来た感じじゃない。

 彼らは皆それぞれにハンドマイクや大型カメラ、集音マイクなどを手に持っている。

 その風体から察するに、おそらくマスコミ関係の人達だろうか。


「あっ、来ました! 泉野(いずみの)(れい)! サンシャインの泉野麗さんです」


 俺が彼らの姿を確認したのとほぼ同時に、歓声が沸く。

 連続して炊かれるカメラのフラッシュ。人だかりがぞわぞわと動き始めた。


「あのっ、麗さん。ちょっとインタビューよろしいでしょうか!?」


 やがてその先頭から、ハンドマイクを向けられながら一人の少女が現れる。


「…………」

「先日のライブは多少の事故がありつつも、無事成功だったようですね。今後の活動展開など――」


 人だかりをまるで無視するように歩く少女。

 俺は彼女に見覚えがある。あの日のライブイベントのパネルやモニター、関連グッズ……そしてステージで。

 幾度となく顔を拝んだサンシャインの泉野麗だ。


「…………」

「あのっ、麗さん!?」


 泉野麗はマスコミを無視したまま、やがて1台の車へと向かった。

 それは真っ黒で……やたら幅も長さもある。

 とにかく値段の高そうな外車だった。


「泉野さま。本日もお勤めご苦労様です」


 後部座席のドアの前に、黒いスーツに白手袋の男が立っている。

 直立不動のその姿勢。歪みなど全くない。

 そして彼女が車の前まで来ると、男はそっとドアを開けて彼女を出迎える。


「麗さん、何か一言だけでもっ!」

「私は泉野麗。他の誰でもない泉野麗よ」


 ただ一言、そう言い放つ。

 その間にドアの前にいた男は運転席へと回り込み、車を発進させた。

 そして車は瞬く間にどこかへ走り去っていく。



「相変わらず、すごいわね~。サンシャイン……いえ、麗の人気ぶりは」


 垣間見たドラマのような1シーン。

 それに見とれてる内に、俺の隣りには室井さんが立っていた。


「あ、あの。あれって……」

「ん、何? あっ、もしかして気が変わった? やっぱりあなたも、あんな風に人気者になりたい?」


 再び目を輝かせてくる室井さん。

 違う……俺が気になったのはそこじゃない。


「今、あの娘が乗った車。あれってレンタカーなのか?」

「え……いや、あれは麗の自家用車よ。あの娘まだ17歳だから、運転手ごと雇ってるのよ」


 17であんな高そうな車……しかも運転手ごとだと?


「自家用って……一体いくらするんだ」

「あ、そっち? ん……と、まぁ大まかに見積もって5000万円は下らないはず――」

「5000万っ!?」


 5000万円……17歳で5000万円…………。

 未成年でもそんな大金を稼ぐ方法が、まだこの国に残ってたのか。


「……この前のライブの時も思ったけどさ~。あなたお金に対しては異常に反応するよね。ついこの前、5万円も手に入れたのに。……何? よっぽどおウチが苦しいとか?」

「あぁ。苦しいさ、とっても」


 俺が金を欲しがる理由。

 それは届く当てのない夢のため。


 でも……それは何としても、届かせなければいけない夢!


「そうなの。じゃあ、一つ教えましょう。この世界はね、当たるとデカイわよ。年収が、一般的なサラリーマンの生涯賃金を越えてる人もいる。ただ、それが出来るのはほんの一握り……いえ、一(つま)みの人間だけなんだけどね」

「…………」


 嫌だった。

 嫌だとしか思えなかった。


 アイドルを名乗る気恥ずかしさ。

 女装という行為。

 それで自分の男としてのプライドが守れるのかと。


 だが今……それら全てをかき消すように、俺の心に一筋の希望の光が差し込んできた。

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