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第1話 なぜ、働けないのだ

「え~っと。あなた、女の子?」


 心が折れそうだった。


「いや。俺、男です……学生証、見てください」


 目の前にいるのは、大手コンビニチェーン店の制服を着たおばさん。

 このコンビニの店長さんらしい。


 (いぶか)しげな顔をする店長さんに、俺はあらかじめ手に握っていた学生証を見せる。

 それと同時に、いつの間にかこういう手合いに慣れてしまってる自分に気付き、悲しくなった。


天宮(あまみや)高校の一年生。本城(ほんじょう)(あゆむ)……くん。あら、やだわ~! ごめんなさいね」


 謝りながらも、顔はしっかり笑ってる。

 失礼な振る舞いにムッとしてしまうも、ともかく俺はほっとした。


 さぁ、これでやっと話が始められる。


「高校生以上の男性アルバイト……そうね~。条件には合ってる……んだけど」


 だが店長さんは、再び俺を見ると徐々に表情を曇らせていった。

 ためらいを見せるこの口ぶり……あぁ、またこのパターンか。


「その~……ほら、世間の目ってのもあるのよ。どうしてもね。あなた背も小さいし、顔だってその~……ね、とっても可愛らしくて」


 余計なフォローはいい。

 やっぱりか! やっぱりここもダメなのか!


「深夜のお店にあなたみたいな子を一人にさせると……ね、やっぱりお店のセキュリティ面から見ても……不安があって」

「……要は不採用ってことですよね」


 おそらく向こうは俺を傷つけまいと、言葉を模索してくれてるんだろう。

 その気持ちはありがたい。ありがたいんだが……どうせ結果は変わらないんだ。


「……ごめんなさいね」

「いえ。お邪魔しました」


 なおも気遣おうとする店長さんに背を向け、俺はこのコンビニを後にした。



「くそ~……なんでどこもダメなんだよ!」


 持っていたアルバイト情報誌の一角に大きくバツ印をつけ、俺は繁華街の中をさまよい歩いている。


 高校1年生になって約1ヶ月。

 ここ最近、学校が終わってからはずっとこんな日々が続いている。

 アルバイトを募集してる店の門を叩いては、断られる――この不毛なやり取りもこれで通算31回目だ!

 高校生ともなれば、バイトなんてすぐに見つかると思ったのに。

 世間は冷たい。


「……!」


 ふと通りかかったデパート。

 何かのキャンペーン中らしく、入口のショーウインドウにポスターが貼られている。


 春物のファッションで着飾られた2人の美少女。

 そう……たしかサンシャインとかいう今、人気のアイドルユニットだ。

 ここんとこテレビをつけると、ほぼ毎日のように彼女達の姿をお目にかかっている。


 だが今、俺の目を引いているのはポスターよりもそのガラス面に反射されて映る通行人――すなわち、しかめっ面の自分だった。



 どいつもこいつも……やれ背がちっちゃいねとか、そんな華奢(きゃしゃ)な身体じゃ体力が持たないよとか、あげくの果てには女子扱いまでしやがって。

 俺を雇ってくれない!


 俺の身長は161センチ。

 まぁ15歳の男子としては確かに小柄な方だ。それは認めよう。

 だが華奢というのは違う。見当違いも甚だしい! いくら鍛えても、体質のせいで筋肉が付かないだけだ。


 …………そして問題なのが、この顔。

 骨格にしても筋肉にしてもロクに主張せず、ただうっすらと柔らかい肉付きだけを感じさせるこの女みたいな顔。


 昔からそうだ。

 昔から俺はこの顔のせいで人になめられたり、いらぬやっかみを買わされてきた。


 羨ましいと言う奴もいるが、いい思いをしたことなんて一度も無い。

 こんな俺の何が良いっていうんだ。


 そうして一通りの恨み節を心の中に吐くと、また次のアルバイト先を当たるために歩き出した。

 肉体の特徴なんてのは生まれつきのモンだ。どんな顔に生まれたって、所詮は運不運の問題でしかない。

 そう自分に言い聞かせて。



「ここだな」


 そうしてたどり着いたのは、ある建設中のビルだった。奥の方からガコーン、ガコーンという大音がやかましく響いてくる。

 表に貼り出された案内板によると、どうやらこの土地に大型ファッション施設を作る計画らしい。


 アルバイト情報誌に記載されている時給は1500円。バイトとしては高給の部類だ。

 まぁ、それだけキツイ作業を強いられるってことなんだろうけどな。


 だが今の俺は、そんなのに構いやしない。どんな過酷な肉体労働だってこなしてみせる。

 金を稼ぐためなら、こっちはもう手段なんて選んでられないんだよ!



 覚悟を胸に「あぶないからはいってはいけません!」と書かれた入口をくぐると、ちょうどその先に人が立っていた。

 下は作業着のズボンに、上はランニングシャツ1枚。黄色いヘルメットを頭にかぶった武骨な感じの大男。

 ――おそらく、ここの関係者だ。


「あのっ、すみません! 求人広告を見て――」


 こういうのは第一印象が肝心だ。思い切り声を張って、根性のあるところを見せて――


「あぁ!? ……ダメだよ、お嬢ちゃん! 女の子がこんなとこ入っちゃ、危ないだろ!」


 しかし、そんな間もなく大男は俺を見るなり、いきなり血相を変えた。慌てた様子でこちらに近付くと、ぐいぐいと俺の肩を押して敷地内から追い出してしまう。



「ここはな、今はまだむさ苦しい男の世界なんだ。お嬢ちゃんみたいな可憐な子が来るところじゃないよ。ビルが完成した頃に、また来な」


 大男はそう言って微笑むと、背中を向けてビルの中へと消えていく。

 優しさを感じさせるその背中。


「おい、何だよ……何なんだよ、もう~!」


 一人取り残された俺は、また今日もやり場のない憤りを覚えてしまうのだった。


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