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第26話 『まほうつかいtai』

 で、若い娘さんを自分のテリトリーに引き入れた郷志が、コレから何をするのかというと。


「それでは先日から引き続き、実際に自分の魔力を感じるトレーニングを始めます。それでは身体を楽にして、腕を胸の前に出して、太い樹に抱きつくような感じで輪を作ってください」

「はい」

「そうしたら、両手の指先が触れるか触れないかの距離に、ええそうです。そして深くゆっくりと呼吸をしつつ、指先と指先の間に『何か』を感じるように意識を集中してください」


 二人は床に腰を下ろし、向かい合って何やらポーズを取っていた。

 若い男女二人で何をしているのかと思ったであろうが、実はこれ皇国では子供の頃から始めるはずの「魔力」を扱う為の基礎訓練であった。


「ふふっ、大魔力持ちなのに、成人していて魔法がこれっぽっちも使えないなんて人、初めて見ました」

「いやあ、お恥ずかしい。この歳になるまでそんな環境がなかったものですから」


 訓練を始める前、郷志は魔法を行使する候補生たちを、羨ましそうに見ていたのだが、その行動を見て不思議に思った高倉紀都正六位に問われ、魔法を使えない事を正直に話した結果、今に至るのである。

 だいたいそんな環境もクソも、そもそも魔法なんてもの、空想の世界にしかなかったのであるが。

 なおこの世界においては、魔法は誰もが扱える比較的簡便な技術となっており、自転車に乗る感覚で習熟しているのが普通であった。

 保有している魔力の大小にかかわらず稼働する魔道具も存在するため、科学と魔導のいいとこ取りをした品々が市場を賑わせているほどだ。


「魔力を感じられる――認識できるようになれば、色々と便利ですからね」

「そ、そういうもんですか? 今のところあんまり不便は感じてませんが」

「そうですね、鴫野従四位はお煙草を嗜んでおられますよね?」

「え、はあ、そうですね」

「でしたら、今後はライターが不要になります。ほら、こんな感じで」

「おお!なるほど」


 高倉正五位はそう言って、郷志の前に右手を上げ指先に小さな炎を生み出してみせた。


「他にも、日常生活で使われる主婦の方とかもいらっしゃいますよ?例えば包丁に魔力を通して切れ味上げたり、切ったものが引っ付かなくなるようにしたり」

「お茶の間ショッピングレベルの便利さ!?」


 もっとも、常識的な範疇ではこのように、あの製品が有ったら便利だな、という程度の差異でしかないが。

 常人の保有する魔力だけ(・・)で魔法を行使する場合、火種を起こしたり微風を吹かせたりといった物理干渉が関の山なのだ。

 それだけか、と思われるかもしれないが、発動体を一つ身につけておけば、以前候補生たちが行ったように望遠鏡のような使い方も出来るし、暑い時は扇風機代わりにも出来るなど、色々と便利なのである。


「ですが、鴫野従四位程の保有魔力量でしたら、適性にもよりますけどかなりの大規模な魔法が構築できるんじゃないでしょうか」

「そ、そうですかぁ? いやあ楽しみだなぁ」

「高魔力保持者で魔力操作も上達していけば、攻撃魔法免許も取得できます」

「……魔法使いって免許制なんだ」

「そりゃそうですよ、銃とかも所持免許要りますし」


 考えてみれば、国家が存在していてその辺りを放置しているわけがない。

 混乱していた無慈悲な交雑(コンフュージョン)期は仕方がないとしても、その後きちんと法整備を整えるのは当然であった。

 ちょっとした魔法でも、使いようによっては容易く他者を傷つけられるのだから。


「そういや奏者も免許制なんだよな。俺、特例で発行されたけど、っと人型機導魔装2種・限定解除、だったか」

「あら、それでしたら魔法行使に免許は不要です。魔法使いの免許の上位互換と考えていただければ良いかと。ちなみに私は人型機導魔装1種・中型限定です。奏者適正がなくとも動かせる小型(M.F.S.)辺りでしたら一般の方でも結構持ってらっしゃいますよ?M.F.L.(中型)以上の奏者免許はまず適正ありきですが、有れば色々と有利ですし」

「そういうもんなの? 結構お気軽なんだな。でもやっぱりでかいのは無理なのか……」

「はい、M.F.S.に使用されるマジス・コアのサイズでしたら、奏者側の魔力波長の方に合わさせて取り替えるだけの余裕もありますからね。そもそも奏者適正と言うのは、その魔力波長を任意に変更できる事を意味しますから」


 魔力波は本来、一人ひとりが独自の波長を持って居るとされている。

 これを意図的に変質させる事で、M.F.A.のマジス・コアと合一するのだ。

 故に、奏者適正を持つものは総じて魔力操作に熟達する素質があると言え、それはそのまま魔法行使に長ける事にもつながる。

 しかしながら、魔力操作能力に長けた者が奏者適正を持つとは限らず、同様に、奏者適正を持つからと言って、大魔力保持者であるとも限らない。

 しかし、奏者適正を持ち、尚且つ大魔力保持者と言う者は存在する。

 そしてそう言った人物は、概ね常人の枠からはみ出した存在として名を高めることとなる。

 航空艦『ポートマイティ』で出会った兎人、リエヴル・勘解由小路の例を上げてみよう。

 彼女は魔法世界出身者の血を色濃く残しており、ほぼ全ての魔法属性が行使可能である。

 攻撃魔法の類であれば、一撃で大型敵性体を屠ることも可能なのだ。


「大型敵性体を一撃で倒せるんですか、あのリエブルって人」

「はい、可能だと伺っていますね。無論そんな無駄なことはイザという時にしかしないでしょうが」

「ふーんむ」

「あの方は、奏者適正も持ってらっしゃいます。好んでお乗りになることはないそうですが」

「そんなレベルの人で奏者適正まであったら無敵やん……」

「以前、M.F.L.で直接魔法行使を試したことがあったそうですが」

「機導魔装の魔力で魔法を使うか。結果は?」

「うまく発動しなかったそうです。御自身本来の魔力波長から変質しているため、やはり艤装に刻印されている魔法陣を使用しなければならなかったとのことです」

「なるほどなぁ」


 魔法は魔力を自身と波長の合う魔晶結石を触媒として発動させる。

 機導魔装においては自身がマジス・コアである魔晶結石と合一するために、勝手が違うのだろうという結論に至ったという。


「となると、魔法使いが機導魔装で魔法無双は無理だと」

「そうですね、機導魔装それ自体が手足のある魔法の杖で、奏者はそれそのものになるわけですから。魔法の杖は勝手に魔法使ったりはしませんし」


 ふむ、と郷志は頷いた。

 魔法で無双云々は別にして、奏者適正が即ち機導魔装の搭乗資格である事と、魔法使いとしての資質は別物だと考えたほうが良さそうだと。

 でも、出来れば魔法使いtaiなーなどと考えていた。 


「それにしても、奏者適正はそんなにレアなのか……」

「はい、だいたい一万人に一人程度ですね。しかも奏者適正は基本、有るか無いかのどちらかで、何かを鍛えれば生えてくると言ったものではありません。ごく稀に、持っていなかった方が後に適正ありと判断されることもありますが、だいたいが生死の境を彷徨った後だとかの、そう言う話だそうです」

「気軽には試せない、か」

「流石に。まあ過去に試した人もいなくはないそうですが」

「いたんだ」

「再起不能の大怪我を負っただけで、何も得るものはなかったとか」

「せつねぇ話だ事……」


 そんな事を話しながら、他にも大魔力と奏者適正を両立している例として、細い身体の女性でありながら、魔力操作による肉体強化で軍隊格闘に於いて右に出るものが居ないと言われる『格闘妖精(物理)』竹内文子正四位の事を語る高倉に、郷志はふむふむと頷きながら、何が出来るようになるかは今のところ分からないが、楽しみだなと期待に胸を膨らませていた。

 あと、彼女(竹内文子)を怒らせないようにしようと心に決めたのである。

 とはいえ個人が行使できる魔法は、と言うよりも、人間が行使できる魔法はと言った方がいいのかもしれないが、人としての器で繰り出せる魔力量には個人差はあれど限度がある。

 そして魔力を大量に保持していたとしても、それを最大値で扱いきれるかは別問題であり、全力で魔法を使おうとしても、発動すらせず魔力が霧散したら運がいいほうで、下手をすれば暴発するのが常と考えておけばいいという。

 そんなこんなで魔法初級の教導を受けている郷志であったが、会話しながらも半眼になって郷志の指先を見つめる高倉に、彼は艶っぽさを感じて鼻の下を伸ばしていたりする。

 真面目にやれ。


「まあお話はそれぐらいにして。その姿勢のまま、指先の間を渡る魔力を感じ取ってください。なんとなく暖かかったり、チリチリしたりと人によって違いますが、そのうち魔力の受容器官的な何かが活性化しはじめますから」

「何にもしなくて良いんですか?魔力を操作するとかそんな風なことは」

「まず感じることからです。触れる事はおろか、見えも聞こえもしないものを操作なんて出来るわけないじゃないですか」

「そりゃそうだ」

「それに。まず感じてから、自己保有魔力を感じてから制御する事を先に覚えないと、爆発しますよ?」

「爆発……」

「はい、身体が」

「身体がっ!?」


 そんなこんなと言いつつも、郷志の魔法トレーニングは順調なようである。


 ☆


「解せぬ」

「従三位? なにをぶつぶつと」


 一方その頃、櫻子と文子の二人はと言うと。


「近衛従三位、何かございましたかな?」

「まあまあ竹内正四位もどうぞどうぞ」


 候補生学校の教員専用食堂の一部を専有しての、教職員らの飲み会に参加する羽目になっていた。

 週末恒例の、まあいわば職場の親睦会である。

 であるが、魔法のお勉強中であるためにそこには当然のことながら郷志の姿はない。


「てっきり鴫野従四位も来ると思ってたとか?」

「い、いやそんなことはないぞ。職場の方々と親睦を深めるのは悪いことではないからな。ただ……」


 ニヤニヤしながらそう言う文子に、櫻子はあたふたわたわたと言い訳をした。


「ただ、どしたの?」

「む、高倉正六位の姿が見えんのがな」

「ああ、彼女なら……こないだから放課後は鴫野従四位のエアランダーに通ってる――」


 そこまで文子が口にしたところで、櫻子は目を見開いて立ち上がり、誰が止める間もなくその場を後にしたのである。

 魔力で強化した身体能力をフルに使ってのその初期加速は、文子ですら制止不可能であった。

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