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第十二話 『兎人』

 艦載騎の管制室を出た森上艦長は、その足で艦内格納庫から移動し艦底部に張り出すように設けられている『保管庫』へ向かった。

 途中、数度の本人確認と入念な塵埃の処理が行われ、目的の場所に到着する頃には簡易気密服としても使える軍服を実際に気密服として用いるためのゴーグルとマスクのついたビニール袋のような物を頭部に装着するに至っていた。

 彼が目的の場所に辿り着いた時、そこには同様の格好をした年若い女性が一人、細長い棒のような物を片手に持ち、佇んでいた。


「変化は?」

「今のところは、特に」


 その彼女に、森上は端的な言葉だけを投げかけた。

 答えた女性もそのような言葉のやりとりは不要とばかりに、尋ねられた事柄に対してだけ言葉少なに応じ、彼を促すように視線を目的の物へと向けた。

 『保管庫』は、坩堝に於いて採取された素材を保全しておくための隔離施設である。

 坩堝内で倒された様々な敵性体からは、それぞれが特殊な性質を持ち、物によっては非常に危険な品々が得られる。

 有用であるが故の危険な物質――放射性物質――のように。

 ここはそのような危険極まりない敵性体から剥ぎとった部位が収められているのだ。

 この艦の『保管庫』の管理を一手に引き受けるのは、気密服の上から更に新緑を写しとったかのようなマントを羽織った、ほっそりとした身体の女性。

 年の頃は十代の少女のようにも見え、しかしながらその表情は長い年月を生きた深みを感じさせる。

 その秀麗な顔つきは見るものを恍惚とさせる程の美しさを持ちながらも、一切を拒絶するかのような張り詰めた雰囲気を放っていた。

 特筆すべきはそれよりも、彼女の長い銀髪から覗く長尖った耳だろうか。

 側頭部に沿うように立つ一対の耳、それが彼女の特徴を際立たせていた。

 彼女の名はリエヴル勘解由小路、麗しい兎人の女性である。


「ところで艦長」

「なにかね」

「これを持ち帰った方は?」


 そのリエヴル嬢は、特にこれと言った表情も見せず、森上に問いかけた。


「今しがた、騎体のデータ取りを始めた所だ」

「そうですか……お話をお聞きしたかったのですが……。私見ですが、これを持っていた敵性体、おそらくは『魔素喰らい』かと」


 その言葉を聞いた森上は、即座に軍装に内蔵されている通信機を用いて管制室へと回線を開き、叫んだ。


「近衛従三位! データ取りは中止だ! 急ぎ鴫野郷志殿を『保管庫』管理室へ」


 それだけを告げて、彼は足早に移動を始めた。その背後には、当然のごとくリエヴル嬢が付き従っていた。



『いやはや、すさまじいなこれは』


 モニターの向こう側で、櫻子が驚嘆を隠さずに郷志に告げてくる。

 簡易接続で取り敢えずのアイドリング出力での起動を行ったグラン・パクスのデータを見ての、彼女の素直な感想であった。


『ふむ、単純な出力だけでも5倍以上のゲインがあるとはな』


 その言葉を待ってました、とは言わずに、郷志は「良い魔晶結石がたまたま手に入ったんですよ」と答えるに留めた。

 本当は今にも『ランキング報酬のスーパーレアアイテムですけどね』と言う言葉が喉から飛び出そうではあったが、この現実では通用しない言葉である。


『主兵装が前に見せてもらったあの法撃だな……。あとは対空兵装、近接用の魔銃、多用途法撃用の副砲、と。兵装としてはありきたりだな……うん、兵装の種類的には……な……』


 何やら言いたげな近衛をよそに、郷志は大和に対し指先だけで文字を描き、会話をしていた。


【で、どんな感じよ?】

【マスター、非常に言いにくいのですが】

【おう、どんと来い】

【かなり控えめにしたつもりでしょうが、魔導炉の出力自体が出鱈目なので、比較対象に困るレベルかと】

【あー、うん。想像はついてた。原作に出てくる騎体のスペックははっきり覚えてないけど、それでも出力の桁くらいは、な】


 画面の向こうで目を皿のようにしてデータを読み取っている櫻子を見るだけでも、それくらいの察しはつく。


【しかしながら。おそらく、同じレベルの一般的な奏者が搭乗した当騎とロンゲスト・ゲート級が一対一で戦った場合……】

【おう、楽勝だろう?】

【はい、ロンゲスト・ゲート級が圧倒する形で】

「なんですと!?」

『どうした?何かあったのか?』


 思わず声を上げてしまった郷志だが、「いや、ちょっと大和が要らんことをしただけです」と言い訳し、その場を収めた。


【マジで?】

【マジです。何よりこの騎体は扱いづらさでも天下一品です、ヌトヌトでドロッドロです】

【ああ、そりゃ確かに】


 郷志もそう言われてみれば納得するしか無かった。

 単純なスペックであるならば圧倒的ではないか我が軍は状態だが、普通の、万人が扱える騎体であるかと問われれば、否としか言い様がないからだ。

 アクセルはオンかオフのみ、チョンと踏み込んだだけでフル加速、全てのスイッチがフェザータッチな上にC.A.M.をカットしての運用が前提の機体など、誰が乗りこなせようか。


【良きにつけ悪しきにつけ、俺様仕様ってことです】

【オーマイゴッデス】

【信仰などされておられましたか?】

【クリスマスに独り者同士で宴会して除夜の鐘をこたつで聞いた後に一人で近所の神社に初詣行くくらいには】

【そうですか。この世界も日本も三柱の神様が中心ですから、馴染めるかもしれませんね】

【だといいなー】


 そんなグダグダを繰り返しつつ、郷志は本来やるべき事への準備、騎体のサーチ対策を平行して行っていたのだった。


「マジス・コア・エンゲージ」


 近衛に促されて、起動を開始したグラン・パクス内の郷志であるが。

 この搭乗席に着いたのはまだ数回だと言うのに、すでに馴染んでしまった感が彼を包んでいた。

 やはりこれ以前のゲーム経験が蓄積されていたおかげだろうか。


『落ち着いてますね、マスター』

「まぁなぁ。戦闘するわけでもないし、ただ本格的に起動させてマジス・コアの魔力変換係数を計測するだけだしー。あれだろ、車とかのエンジン性能曲線をグラフで表示するみたいな感じ」


 何処をどうすれば緊張できる要素があるのか、と気の抜けた返事をする郷志に、大和は「フラグですね、わかります」と答え起動シーケンスを実行に移した。

 空間に満ちる魔素を取り込み、魔力へと変換するのが、M.F.A.を始めとする魔導機械の動力源である魔導炉、マジス・コアの役割である。

 マジス・コアは旧来魔晶結石、魔力結晶とも呼ばれ、魔力・魔素が高濃度・高密度で様々な結晶体に定着したものを加工した品である。

 元々は意思を込めた魔力を注ぎ込む事により、自身の魔力のみでは発動にまで至らない大出力魔法の発動の助力を成す、いわゆる魔法の発動体として重宝されてきたのだ。

 それが科学との融合により魔導機械へと組み込まれ、電子的な魔法陣を介して様々な運用が可能になり、現在までの発展に貢献してきたわけである。

 程なく起動を完了したグラン・パクスは、アイドリング出力での魔力変換状況を計測されていた。


「どんなもんなのかね」

『間違いなく、この世界のM.F.A.技術者が全員ひっくり返ると思われますが』


 ゲームに於いて組まれた際のグラン・パクスの出力データは、原作アニメに登場するM.F.A.と比較するならば、それこそ旧大戦時のレシプロ戦闘機と最新鋭ジェット戦闘機との差を通り越して、どこぞの三段変形戦闘機程に違いがあるレベルである。

 ゲーム化当初はそれこそ原作アニメに登場した騎体のデータを元にした物しか扱えなかったが、それから十年。

 武装の火力・騎体出力のインフレはとうに過ぎ去り、例のアップデート前には兵装の過多、変形機構持ち、近接特化型等々、様々な派生を生み出していた。

 グラン・パクスはその中でも器用貧乏型とも言われる、扱いの難しさにベテランですら忌避するという趣味に走ったものであった。

 大出力の魔力砲撃はもちろんの事、実体弾による砲撃も出来、形状変化による出力バイパスの合成により短時間ながら通常の三倍以上の高出力を発揮することも出来たり、飛行形態を取ることでなんか嬉しい――基本的に稼動状態のM.F.A.にはある種の力場が発生しており、形状による空気抵抗係数の変動にあまり意味は無いのである――気分になったり、装甲やフレームに刻まれた構造強化魔法陣のレベルを上げて、攻撃魔法(物理)(ぶんなぐり)を楽しんだりと、一騎で何度も、様々に楽しめる!と言うのをモットーに組み上げた騎体であった。

 他のゲーマー仲間達からは「別々の騎体を組め」と突っ込まれる勢いで、かなりのいじり倒しをした自慢の一品である。

 空想世界故に成立していた機体であったはずなのだが、ここに来て現実に存在して良いのだろうかとかそういう疑問などはとっくに投げ捨てている郷志だ。

 そんな事を考えてしまえば、自分自身の存在すら否定しなければならないのであるから「なってしまったのならしょうがないじゃない」と開き直る郷志を誰が責められようか。


『もう少し自重した騎体であれば、私も気が楽だったのですが』

「うわあ、一番擁護すべきだろお前。ある意味お前自身だよね、こいつって」

『生まれは選べないと言いますし』

「ごめんなさい」


 相変わらずの無駄口をAIと叩き合っている郷志であった。

 ちょうどそんなところに近衛からの通信が入ったのである。


『済まないがデータ取りは中断だ。艦長が呼んでいる。大至急、だそうだ』

「予定変更ですか……。何かあったんですかね?とりあえず降りますね……大和」

『了解ですマスター。モードリリース。マジス・コア・ディスエンゲージ』


 合一を解除した郷志は、大和の入ったデバイスを手に、騎体から離れ近衛と共に呼び出された先へと向かったのだった。

 そこには彼らを呼び出した艦長と、長い銀髪でウサ耳の女性が今や遅しと待ち構えていた。


「来たか、まあ座ってくれ」

「はあ、失礼します」


 格納庫から更に下層へと移動し、分厚い隔壁扉を抜けた向こう側に、彼らが呼び出された部屋はあった。

 管理室は、『保管庫』と呼ばれる、坩堝から引き揚げられて来た物を厳重に隔離する倉庫を管理する役割を持つ者が常駐する為の部屋である。

 その中は以外にスッキリとした環境で、よく有りがちな備品や何だかよくわからない物が転がっている、等ということはなかった。

 指し示されたソファーに腰を下ろした郷志の横に、躊躇なく近衛も座り、相対した席には艦長が、その背後にはウサ耳の麗人リエブル女史が杖を片手に控える形となった。


「急に呼び出して済まない、と言うのもだな」


 どう切り出していいものやら、と言った感じに眉間に皺を寄せる艦長に、背後から救いの手が差し伸べられた。


「単刀直入に聞く。あなた、あれをどうやって倒したの?」

「あれ?ですか?」

「そう、あれ」


 表情を変えずに問いかけてくるリエブルに、郷志ははて、と首を傾げた。


「戦闘データって解析終わってないんですか?」


 横に座る近衛と目の前の艦長との間で視線を行き来させながら、郷志は尋ねた。

 しかしながら近衛からは聞いていないとばかりに首を振るだけで答えられ、艦長からはぶすっとした表情で返された。

 それが答えだと言わんばかりに。

 そして言葉での答えは兎耳の女性から伝えられた。


「解析は済んでいる。でも、データ不足」

「えー?」


 郷志が首を傾げるのも当然で、M.F.A.の戦闘データは、常時展開されている各種センサーからの入力全てが記録されるからである。

 光学的な記録のみならず、音や電磁波、魔力波から空間の魔素を伝わる次元振動まで、様々だ。


【アレを倒す際に使った兵装は、被害範囲が広がらないように完全シールド内で炸裂する様に出来ています】


 返事にこまねいていると、郷志の胸元で電子音が鳴り、大和が答えを提示してくれていた。

 あの砲撃は、高威力を設定範囲内で遮蔽する結界が組み込まれており、その内部でのみ効果を発揮するというご都合主義設定なのだ。

 無論、弾種変更は可能である。


「……ナルホド」


 郷志の説明に、リエブルは頷き、しばし沈思黙考を行った。

 攻撃の際には必ずその副次的な影響が周囲にばら撒かれる。単純なところでは火薬による爆発ならばそれには硝煙反応が残ったり、面倒な所では核反応による電磁パルスや放射性物質であろうか。

 M.F.A.の高性能なセンサーでも、その砲撃の詳細が判明しなかったのはそれが理由なのかと。

 可視光線によるデータしか残っていない辺り、それが正解なのだろうと無理やり自身を納得させたリエブルは、再び口を開き郷志に質問を投げかけた。


「解析できなかった理由は理解した。ではアレを倒した、倒せた具体的な要素は何?アレは魔素喰らい。魔法攻撃は一切が通じない、物理的な質量兵器も内封している過大な魔力が防壁を展開する。M.F.A.にとってある意味天敵のはず」


 魔素喰らい、それは魔法砲撃を主体にするM.F.A.にとって最も対峙したくない敵性体である。

 およそ魔法による攻撃はその副次効果――発生する熱や衝撃波等――による足止め程度にしか期待できず、これまでに殲滅せしめた事例は禁忌とされる複数の魔導炉の暴走による自爆攻撃であった。

 それとても、潤沢な魔力蓄積量を持つ魔素喰らいのスタミナを削り切るまでに何騎ものM.F.A.や魔導炉を捨て駒にした、被害も費用対効果も度外視の攻撃であったために何とかなっただけの話である。

 それを一騎のM.F.A.が一撃で落としているのだ。詳細を求めるのも当然というものであろう。


「えー、アレはいわゆる純粋核融合弾頭でして」


 そのためなのか、郷志がさらりと返した返事に三名は一様に閉口してしまった。


「……ちょっと待て」


 しばし沈黙が続いた後、艦長が最初に復帰し、右手を上げて郷志を制するように手の平を向けた。


「するとなにか、君の騎体には恒星兵器(・・・・)が装備されているのかね」


 恒星兵器。

 それは、元の世界において世論を鑑みての言い換えではあったが、原作アニメ内で用いられていた言葉である。

 核、の一文字で、もしかしたら某かの抗議が起こるのではと言われての言い換えであったが、それだけで抗議もなく普通に通用してしまったのでそのままゲーム内でも用いられていた。

 ともあれその言葉自体はこの世界でも通じるようで、森上は事の異常性を反芻しつつ、現状に落とし組む事に努力していた。

 核融合爆発による破壊であれば、それはたしかに魔法を食らう魔素喰らいであろうとも、その威力を、保持している魔力で抑えきれなければ蹂躙されてしまうだろう。

 だがしかし、それを明らかに一般人に見えるこの青年の持つ騎体が保持しているというのはどう考えてもおかしい。

 いや、これまでに示されたデータから、『無慈悲な交雑』時代からの時間漂流者、もしくは何らかの理由により『時間停滞』を起こしてこの時代に目覚めた可能性が高いと推測はされており、森上自身もその線が濃厚だろうと考えていた。

 あの時代であれば、様々な組織により種々雑多なM.F.A.が――いや、機導魔鎧(・・・・)が作られ、それに合わせて各種兵装が際限なく搭載されていてもおかしくはない。

 かつて皇国に存在していた機導魔鎧にも、同様の、若しくはそれ以上に強力な武装が用意されていた事は厳然たる事実として記録が残っているのである。

 しかし、郷志の言う通りの装備が本当になされているならば……彼とそのM.F.A.の存在は少々どころではない厄介な種になってしまうかもしれないと、艦長は懸念するのだ。


「被害が外に漏れないのなら、試射して欲しい」

「おお、それはいいな。私ももう一度、あの砲撃をじっくりと見てみたいと思っていたのだ」


 そんな森上の苦悩をよそに、うさぎ耳をぴくぴくと動かして興味津々に郷志を覗きこむようにして見つめるリエヴルと、同じように嬉々として今にもソファーの上で飛び跳ねそうにしている近衛の二人に、ただでさえ深い眉間の皺を更に深く刻むであった。

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