もう笑うしかない
一応、CM製作編、最終話です。
あっという間にCM撮影当日がやってきた。
この企画を聞いてから……まだ2週間もありませんけど?
「おはようございます」
私は引き攣り笑いをしながら、撮影現場に入る。まずは今日のスタッフさんに挨拶。
これは私の中での一番最初にすること。それからメイク室に行く。
メイク室に行くとメイクと衣装さんが既にスタンバイしていた。
「おはよう。今日もよろしくね」
「真澄さん、できるOLってオーダーだったのでそれっぽくしてみました」
ハンガーに掛けられたスーツは確かに出来る女の戦闘服って感じなスーツがかかっていた。
「ありがとう。これでいいと思うけど……メイクで盛ることはできないから、スカーフとかストールもしくはバッグの色でアクセントを付けたいんだけどもどう思う?」
「それはいいと思います。今日のルージュの色は……小物を見てから決めましょう」
そう言うと、スタイリストさんとメイクさんは私の小物探しを始めた。
あっという間に、ストールとスカーフが代わる代わるスーツにあてていく。
やがて、黒のマーメイドラインのスーツを引き立てる小物が決まって、メイクの方向も決まった。
「メイクは……今までのマニッシュからクールビューティーを目指します。ルージュはブラウンとレッドの中間のこの色がいいと思います。チークはほんのり程度でいいでしょう」
あっという間に私が仕事のできる女に見えるようになった。
「後はシナリオ通りに進めばいいんですか?今日はタレントさん達の数が多いので、メーク直しを自分でお願いするかもしれません」
「平気よ。私ならどうにでもなるから、他の子達のメイクしたらどう?」
「それじゃあすみません。お願いしますね」
私は、里美さんから頼まれた、ナツミのメイクをする事にした。
今回のCMでは、社長が演じる部長の娘役として出演する。
夏海の素顔が分からない程度にメイクするようにと里美さんからの指示が直接私に来ていた。
夏海の仕事の活動条件が素顔を隠す事なのだろう。そんなのモデルだと良くあることだ。
親に反対されているけど、雑誌に出た事で事後承諾♪なんて子はたくさんいる。
「ナツ、おはよう」
「真澄さん、おはようございます」
「うん、顔色はいいわね。でも素顔が分からないってなると……髪の毛弄ってもいい?」
「切ったりしないのなら構いませんよ」
「了解。ナツは女子高生位になって見ようか?ちょっとギャル風に弄って見ようか?メイクはほとんどしないで、髪を巻いて、つけまつげで目力を更につけて、目尻に泣きホクロがある様に見せてラズベリーレッドのチークにローズとレッドの中間のルージュなんてどうかしら?」
私は手持ちのリップパレットから色を合わせて夏海の唇に色を合わせていく。
口紅だけでも、夏海の顔が華やかになった。
「真澄さん凄いです。お姉さんになったみたい」
「そうね、実年齢プラス3歳位に見えるようにしましょう。ちょっとだけ我慢してね。メイクを落とすときは私がやってあげるからちゃんと待っているのよ」
「はい、ありがとうございます」
「私が契約している化粧品会社の基礎化粧品でいいものがあるからあげるわ。それに新人モデルを探していたから紹介してあげる」
「えっ、そんなそこまでして貰わなくても」
「里美が私を指名したって事は、モデル・スチール広告を活動のメインにしたいって考えよ。安心しなさい」
「分かりました。里美さん、お姉さんになったみたいです」
控室のドアが開いて夏海のマネージャーをしている里美が入ってくる。
「おお。紅一つで女になったわね。流石真澄。この子にそこのところの最低限を教えてあげて」
「……だと思ったわ。いいわよ。付き人っぽくついてくればいいわ」
「真澄のマネージャーには話をしてあるから」
「はいはい。私達ね、元々はデビューが同期なのよ」
「えっ、里美さんってモデルさんだったんですか?」
「そうよ。なのに今はマネージャーだもの。私達の立場が分かるから楽でいいけどね」
「こんなにお姉さんになるのなら、今時の女子高生みたいな制服がいいわね。セーラー服を用意したんだけども……着てみたい?」
「はい、着てみたいです」
「まあ、いいか。着てみよう」
夏海は始めてみるセーラー服に目を輝かせた。私と里美で着替えさせる。
「スカートを短くすれば、それはそれでいいんじゃない?」
「そうね。まずは目元と、髪をちゃんとして監督の意見を聞きましょうか?」
私が目元を、里美が髪をと分担して夏海をメイクしていく。
「夏海ちゃん、かなりお姉さんになっちゃったね」
「楓太君もスーツカッコいいです」
「そう?社会人にみえる?」
私の横で夏海と楓太が仲良くじゃれている。楓太のCMのピアノ伴奏を任されているのが夏海。私達のCMでは、歌を披露するそうだ。でも何を歌うのか聞いていない。
「ナツミ、CMが終わったら僕とレッスンだって」
「はーい。歌の世界が今一つ分からなくって」
「そうだよね。中学生がOLさん事情知る訳ないな。高山さんに相談しよう」
「何?歌の解釈が分からないの?」
「そうなんですよ。この曲私には大人過ぎます」
そうしてMP3を渡される。流れてきたのは平松絵里の「もう笑うしかない」だった。
確かに全部となると分からないかもしれない。けれどもサビだけならどうにかなるのでは?
「多分採用される部分はナツミでも分かる所だと思うから気追うことないわ」
「なんか不安になってきちゃった」
「それと、今度の君想いマカロンは二人でカバーするんでしょう?そっちはどうなの?」
「それは……もう収録は終わりました」
放送予定は月末からのはずだ。このCMの撮影が終わると彼らの撮影が始まると聞いている。
「今回、楓太君大変だよね?」
「うーん、そこは一応俳優もしますので頑張りますよ」
楓太が大変?なんだそりゃ?
「真澄さん、人の事を気にする前に、自分の事を気にされたらどうですか?」
「だから、あの歌の様な展開をいくつか撮影してから、資料室で密会でしょう?」
「そうですよ。今日位は……この小僧って目で見るのを止めて下さいね」
「前向きに努力しますけど、保証できません」
私と楓太のやりとりを聞いてナツミがくすくすと笑い始めた。
「真澄さんと楓太君って兄弟みたい。おもしろい」
「それなら夏海も入ってみるかい?ってか、事務所の末っ子の地位は決まってるけど」
「そうね。あんた達の先輩格のあいつらもこの子をいじっているものね」
「あの……先輩達は、編曲の依頼を受けたのでお手伝いしただけです」
「夏海、今は楽しい?」
「うん。すっごく楽しいよ」
「そっか、でも勉強は忘れないで」
「はーい。楓太君教えてくれる?」
「いいですよ。持ってきているのかい?」
「うん、里美さーん、私の学校の宿題の入っている鞄ってどこですか?」
夏海は里美を探しながら、私達の元を離れた。
「あんた達、親戚?」
「違いますが、真澄さんには言えないんです」
「成程。あの子って……もしかして?」
「中学1年。12歳ですよ。早生まれなので。いろいろあって本当のプロフィールを上げられないんです。年齢は契約時の満年齢ではなくて、数えで上げてたはずです」
「ちょっと!!それって」
「あの子を守る環境が、ここだっただけです。あの子の笑顔を守る為なら、俺どんな事でもしますから」
楓太は普段は僕と自分を差す。それが俺という時は、本気だという事だ。
いつかは夏海が話してくれるだろう。その時まで待てばいいか。
「分かったわよ。私を威嚇する必要もないじゃない。それよりも肝心なシーンの練習をさせなさいよ」
「はいはい、どうぞ」
ローヒールなので、彼の耳元で囁くには少しだけ背伸びが必要だ。
彼の左肩に両手を添えて背伸びをして耳元で囁く。
「何、あんたロリコンなの?」
「真澄さん!!いい加減にして下さいよ」
顔を真っ赤にさせて、楓太が怒り始めた。
あらっ、それは図星なのね。面白い事だから皆に教えたいけれども、教えたら私の命の危機の様な気がするから口にチャックする事にした。
本当に笑ってごまかしたいわ。この状況。
ごちゃごちゃしながらも、打ち合わせの通りにCMを完成させました。
しかし、このCMには続編があると知らされたのは、マスコミリリース当日のことでした。……本当に、逃げ出してもいいでしょうか?