それ・・・・・・ミスキャストじゃないんですか?
打ち合わせ前に、エントランスの一角のスペースのテーブルに私達は通された。
「楓太が待っていていいですか?」「いつものところでいいですよ」だけの会話で受付とのやり取りが終わるってどんだけここに通っているのさ。
CMが公開になった時に企画制作に入れこんでいるって聞いたけど、その話はあながち間違っていなかったようだ。
「あんた……余程通い詰めたのね?」
「真澄さん、先方ですよ。言葉使いがよろしくないですよ」
着いた早々、お小言を言ってくる。私からすると口煩い姑さんみたいなイメージだ。
どうやら私個人の女子力の低さ全般があいつのイラッとメーターを刺激するのだろう。
そんな二人をどうして、こんな企画に投下してきやがるんだよ。
「どうして私なの?」
「イメージ戦略ですよ」
イメージ戦略と平然と言ってのけた。こいつ、私の踏み台にしてのし上がるつもりか?
「真澄さん、顔からダダ漏れです。あなたを踏み台にしても僕にはメリットは一切ありません」
「はい、そうですか。だったらミスマッチでしょう?」
「どこがですか?」
「私ができるOL役って、どう見ておかしいでしょう」
私は思った事を口にする。
「今のままのあなただと、後何年仕事が出来るでしょうかね?この企画を切掛けに将来を考えてはどうですか?」
私が何気に考えていた事をズバッと言ってくる。そう、私は少しだけこれからの事を悩んでいる。
「だから、私を選んだの?」
「絵コンテのシチュエーションから同じ事務所でこの役が出来るのがあなただっただけですよ。里美さんには頼めませんからね」
「里美ちゃんにしたら樹がぶうたれるのが目に見えているわね」
「そう言う事です。若干アダルト色があるのでそれを含めてのキャストですからしっかりと勤め上げて下さいね」
そう言うと楓太はにっこりとほほ笑んだ。
「楓太君」
「高山さん、こんにちは」
無駄にキラキラしてはいないけれども、笑顔を貼り付けて担当者に挨拶をする。
私達の事務所は最低限の礼儀に関しては異常なほどに五月蠅い。
「すみません。真澄さんお忙しい所お呼び立てしまして」
担当の高山さんという人が私に向かって話しかけた。
「いいえ、皆さんが思うほど多忙ではないんですよ。でも……このキャスティングは私が考えてもミスキャストだと思うんですが……」
どうしても消化しきれないこの気持ちを担当者にぶつけてみる。
「そう言うと思っていましたよ。とりあえず、会議室に移動しましょう」
私は二人の後をついて歩いて行く事にした。
「まずはキャラクターの設定を見て下さい」
そう言われて、私は手渡された資料をめくり始める。
事務所で見た資料よりもかなり細かい設定が書かれていた。
このCMは、事務所のタレント・モデルが全員参加するみたいだ。
ってことは、最近活動始めたばかりのなっちゃんも出るの?
なっちゃんは、ピアニストの卵で今はティーンズ雑誌のモデルを始めたばかりだ。
元々楓太とは知り合いな関係である為、楓太の君想いマカロンのCMのピアノ演奏をしたり、ちょっとCMに出たりしている。透明感のあるピアノと楓太の歌でCMは話題になり、年明けから取材が多い状態だ。
「なっちゃんは、今回はCMソングに専念して貰うんです」
高山さんがにこやかに言う。
なっちゃんはピアノは弾いているけど、歌った事はない。
「楓太、ナツミが歌うの知っているの?」
「知っていますよ。今、僕と一緒に特訓中ですから」
僕と一緒にって所を何気なく強調しやがった気がしてならない。
この二人知人って言うけど、本当はちょっと違うんじゃなかろうか?
「真澄さん、仕事以外の質問は困るので止めて貰いますよ」
「うっさいわね。本当にあんたって……すっ、すみません」
思わず本音が出てしまう。ここ事務所じゃないのに……。
「大丈夫ですよ。この会議室は防音完備なので。真澄さんって気風のいい人なんですね」
高山さんが、意外そうな顔をして私を見ている。
このはっきりしすぎている性格のせいで、男性とのお付き合いが長続きできないのだ。
「この真澄さんのキャラを活かしたいと思うんだけど……楓太はどう思う?」
「今までのキャラ崩壊の危機ですけど、この人もそろそろイメージだけの仕事以外にして貰った方がいいと思うので、この人の今のキャラを使えるシナリオにしたいんですけど」
「成程。クールビューティーだけど江戸っ子みたいな感じかい?」
「そうですね。そんな感じです。どうです?」
「いいかもしれない。……昔の漬け物のCMみたいな?」
「そうそう、ギャップの落差があるのがいいですね」
既に私の存在を無視して、二人は話を続けている。
仕方ないので、私は使い物になるのか分からなくなった資料を捲っている。
「真澄さん、その資料はもう無駄って言うか、半分は変更です。新しいものは後で高山さんがメールで里美さんに送って貰えるので見なくていいですよ」
私がちゃんと資料を呼んでいるのに、横から楓太に奪われた。
「そうですか。もう……どうにでもなれって感じだし。本当にミスキャストだって」
「イメージは変わっちゃう可能性はありますが、クールビューティーからキュートに変わる様に努力します」
「……本当に?」
「本当です。楓太君のCMのイメージ大分変わりましたよね?実績はありますから」
そう言われて、はいそうですがってすんなりと言えない自分が怖い。
このCM後にモデルの仕事がなくなったらどうしてくれるんだか?
「今までのイメージはもちろんCMでも使いますよ。オフのスイッチというか、彼氏に二人きりのオフモードの時にキュートになったらいいなあって思ったんですよ。さっきの二人のやり取りを見て」
高山さんは、簡単にラフで書いた変更案を私に見せてくれた。
前半の設定はそのまま出来るOLさんとしてバリバリと仕事していたり、プレゼントきっちりこなすシーンが出ている。
後半は、資料室にちょっと人目を気にして入って奥を目指す。そこにはこっそりと社内恋愛をしている年下の恋人。そこで、短い逢瀬を楽しむというシチュエーションになっていた。うす暗い資料室で体を密着させる男女。
そこで、どっちがよりお互いが好きかということに。
「じゃあ、あなたに想いの分だけキスしてあげるわ」と耳元で囁いてから暗転、リップ音。
キャッチコピーと、商品が画面いっぱいに出された後に「続きは帰ってからゆっくりね」と言ってCM終了。時間にして30秒という。
「続き……って何ですか?」
「それはね……バレンタイン当日のみの続編。そっちの絵コンテはこれが出来てから作るから待ってて下さいね。こっちの方は、女性陣が最初に出来たものを見て作るって鼻息が荒くってね」
続きがあるだと?そんなこと今初めて知ったんですけど?このCMだけでも相当恥ずかしいと思うのに、もっと恥ずかしい思いをしろっていうのですか?
私は大きな溜め息をついてからもう一度二人に言ってやった。
「あのさ、やっぱりミスキャストだと思うんだけど?」