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  作者: 颪金
9/15

逆ギレ

 鵺としての夜子の扱いは、敬われるというより、監禁そのものだった。

 蔵の中は、太陽の光すら差し込まず、時計もないので、正確な時間がわからない。ただ、食事は一日に三回、精進料理のようなものが、きちんと運ばれてくる。それを数えて、今が昼か夜か、ざっくりとではあったが、判断していた。

 外に出る手段は無し。食事が運ばれる時以外、人と会う機会も無い。

 そんな生活が、一週間続いた、ある日の事。


 夜子は今日、初めて食事に手をつけなかった。

 食欲は、ずっと前から無かったが、いつもいつも料理を作ってくれる人のことを考えると、残すのがもったいない……そう思っていたが、ここに来て、ついにその気持ちが上書きされた。

「鵺様、どうされましたか?」

「……」

 夜子は答えなかった。食事を運んだ、夕日と同じ歳くらいの男は、質問を変えた。

「食事が、お口に合わなかったですか?」

 それには、首を横に振って応えた。

「では、なぜ?」

「……あなたには、言いたくないです」

 決して目を合わせず、冷たく吐き捨てた。

「今現在、私と夕日さんだけが、鵺様と会うことを許されています。私に言えないのであれば、どうにも―――」

 その時、夜子は格子を力強く殴った。男の言葉が止まる。

「それは、誰が決めましたか?」

「……夕日さん、です」

 それを聞いた夜子は、はっきりと男を睨んだ。

「もう一つ、教えてください。今、この場で、一番力があるのは、誰ですか?」

「それは―――」

 再び、格子を殴った。

「私、ですよね?」

 血走った目で言った。

「はっきり言います。食事の係りを変えなさい。それが飲めないなら……わかりますね?」

 風も吹いていないのに、手足の虎の長い毛がざわざわと揺れる。

「かっ、かしこまりました」

 食事が乗ったお盆を抱え、逃げるように、蔵を出ていった。


「はあ……」

 男がいなくなり、夜子は大きくため息をついた。

 夜子は、気が狂れたわけでも、本当に鵺になってしまったわけでもない。至って正常だ。

 ただ、自分の、意識を変えただけ―――。


 この村は、はっきり言って狂っている。朝日と真昼と、真昼の祖母には悪いが、そう思わざるを得ない。何が鵺だ、何が鵺祭りだ。道徳も倫理観もあったもんじゃない。こんなところに長期でいたら、さすがの私も狂ってしまうかもしれない……。

 夜子が行っていたのは、いわば、"逆ギレ"だった。この一週間、自分の身体と、自分の状況を省みて、考えた。

 今、この状況で、頼れるのは、自分だけだ。少なくとも、朝日や真昼は、ここまでは来られないはずなんだ、だったら、自分の力で、自分のやり方で、道を切り開くしかない。


 男が出ていって暫くして、今度は、小夜くらいの少年がやってきた。

「し、食事を、お持ちしました……」

 震える声で、怯えた表情で、格子の前に盆を置いた。

「ありがとう、助かります」

 優しく言うと、その言葉に安心したのか、少年の表情が緩んだ―――今だ。

 格子の隙間から素早く手を伸ばし、少年の腕を掴んだ。

「ひっ!?」

 少年の顔が、恐怖で歪む。

「もっ、もう少し、ここにいてください……」

「へっ……?」

 夜子の、願うような、小さな声(本当は、格子から手を伸ばしてぎりぎり掴んだので、声を出すのがやっとになっているだけだが)に、少年は変な声を出してしまったが、冷静になった。

「で、でも、すぐに戻らないと、夕日さんに怒られます」

 また、あの男か……。

「もし怒られたなら、"鵺様がお側に置いてくださった"とでも言えばいいでしょう? 私は、鵺よ?」

 そう言うと、少年は少し考えたが、納得した。

「わかりました、十分くらいなら、大丈夫です」

 そう言って、格子の前に腰を下ろした。

「ありがとう」

 嬉しくて、蛇の尻尾が、犬のそれのように左右に触れる。それを見た少年の顔が、また強張った。あ、これはしちゃだめなのか。

「ごっ、ごめん」

 慌てて、後ろ手でズボンの中に突っ込んだ。

 それにしても、この少年は、単純だ。小夜くらい単純だ。私は鵺よ、だなんて……じわじわ恥ずかしくなってくる。


「ねえ、あなた、名前は?」

「坂本陽人(ハルト)です」

「坂本、ってことは、夕日さんの?」

「遠縁に当たります」

「なるほどね……私は、鳥居夜子。夜子って呼んでね」

「夜子、さん? 鵺様では……?」

「それは、夕日さんが勝手につけた名前。本当の名前は夜子よ。まあ、今は鵺でもいいかもしれないけど……」

  虎の腕に狸の胴体、蛇の尻尾とくれば、そりゃ、鵺を思い浮かべる他無い。

「陽人君は、歳は、いくつ?」

「十二歳です」

「てことは、小夜と同じね。あ、小夜っていうのは、私の妹よ。そういえば、あなたに兄弟は?」

「姉がいます。ちょうど、夜子さんくらいの」

「そうなんだ……」

 うちと、共通点がある。

「と、自己紹介はこの辺にして……ねえ、陽人君。私、頼みがあるんだけど、聞いてくれる?」

「は、はい、何でしょう」

 陽人は緊張した面持ちで、夜子を見た。


「坂本家の、家系図を見せてほしいんだ」


「えっ、我が家のですか? ……何故でしょう?」

「確認したいことがあるの。お願いできる?」

「……」

 陽人は、初めて、黙り込んだ。迷っている、というのは、夜子でもわかった。だから―――。

「陽人君。あなたのお姉さんが、私と同じ立場になって、同じことを頼んできたら、あなたなら、どうする?」

「えっ……」

「考えてもみて? あなたと離されて、こんな暗い部屋に、一週間も、いや、もしかしたらもっと長く、閉じ込められるんだよ? あなたは、どう思う?」

「……」

 少し黙って、口を開いた。


「時間を、ください。一日だけ」


「……わかった。"無理しないでね"」

 夜子がそう言うと、少年は踵を返し、走り出した。


 彼ならできる。きっと、"この言葉"の意味が、わかるはず―――。

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