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  作者: 颪金
8/15

翌朝

 翌朝、夜子は起きてすぐ、自分の身体を確認した。

 相変わらず、鵺のままだった。

「……はあ」

 ため息をついた。このまま、戻らなかったらどうしよう、という、漠然とした不安があった。

「朝日……あれ?」

 カーテンの閉められた、薄暗い部屋で朝日を捜すが、彼はもう部屋にはいなかった。

 顔でも洗いに行こう……そう思い、部屋の襖を開けた、その時だった。


「おいっ、やめろ! 勝手に入るな!!」


 聞こえてきた怒鳴り声……朝日のものだ。

 続いて、ドタドタという音。

 昨日、朝日が来た時と同じ状況だ……ぼんやりと考えていると、目の前の廊下に男が現れた。

 年は、四十代くらい、無精髭を生やした、長身の男。

「っ!?」

 見知らぬ人物の登場に、夜子は思わず身構えた。そして―――。


「鵺様、よくぞ、おいでくださいました」


 夜子の前で、膝をついて頭を垂れた。

「えっ、ちょっと、何ですかいきなり……」

 状況が把握できないでいると、朝日が走ってきた。

「おっさん! 何やってんだよ!!」

 怒りをむき出しにした朝日が駆け込んだ。その後ろには、男の仲間だろうか、大勢の大人が来ていた。

「……」

 男は立ち上がり、朝日を睨んだ。空気がとてもピリピリしている。

「朝日、この人は……?」

 何が起こっているのかわからない。

「……母さんの、兄だ。こいつは、夜子を拐うって言い出したんだ!」

 指をさして言う。私を、拐う?

「人聞きの悪いことを言うな。私はただ、鵺様をお迎えするだけだ」

「それが拐うってことじゃねえかよっ……!」

 近付き、胸倉を掴んだ。

「夜子は鵺じゃねえ! 普通に見たらわかるだろ!!」

「……鵺様の前で失礼なことを言うな!」

 朝日の腕を振り払い、渾身の力で顔を殴った。

「!!」

 思わず口を押さえた。

「っ、てめえ、何すんだよ!!」

 口の端から血を滲ませ、男に殴りかかるが、あっという間に返り討ちにされてしまう。

 傷だらけの朝日を見て、夜子は我に返った。

「やめてっ!!」

 咄嗟に男の腕を掴んだ。

「私が……私がついて行けば、良いんですよね!? だから、もうやめてください……」

「……」

 男は、振り上げた拳を下ろし、夜子に向き直った。

「大変、お見苦しいところをお見せしました。では、行きましょう」

 夜子の手を取った。

「待てっ!」

 朝日が追いかけてくるが、男の仲間に止められてしまう。

「離せっ……夜子! 夜子ーっ!!」


 朝日の叫び声に、夜子は目に涙をためながら、家を出た。

 家の外に止められていた車の助手席に乗り、遠くなっていく家をバックミラーで見ながら、隣で運転をしている男に訊いた。

「私、これからどこに行くんですか?」

 男は無表情のまま答えた。

「蔵です」

「蔵……」

「あなたは鵺様ですから、"元の場所"へ戻らなければなりません」

 元の場所。あの、蔵が、元の場所……。

「あの、私、帰られるんですよね? 妹も待ってますし、祭りも終わりましたし、後は身体が元に戻れば―――」

 そこまで言った時、男がブレーキペダルを強く踏んだ。

「うわっ!?」

 大きく揺れて車が止まる。身体が前につんのめり、シートベルトが張った。

「あなたには、帰る場所はありません」

「……えっ?」

 聞き返すと、夜子を見て、口角を上げた。

「鵺様、あなたは、我々を救って下さるお方だ。もう、逃がしませんよ」

 その笑みを見て、血の気が引いていくのを感じた。


 男は自身を「坂本(サカモト)夕日(ユウヒ)」と名乗った。坂本は、真昼の母の旧姓。確かにこの男は、朝日の伯父で、間違いないようだった。

 車に揺られ、蔵に着いた時、夜子の腹が鳴った。そういえば、朝食を摂っていなかった。

「蔵の中へ。後ほど、食事を持ってこさせます」

 促されるまま、中に入ると、例の襖の前に着いた。

 夜子は、何も抵抗ができなかった。傷だらけの朝日と、車中での夕日の笑みが、完全にトラウマになっていた。

 襖があけられ、中へと入る。壁際には、夜子が初めに来た時には無かった蝋燭が灯された燭台が置かれており、その光が照らし出した光景を見て、息をのんだ。

 壁際には、数種類のお札。それらが大量に貼られていた。

「鵺を封じるために、ここまでやったんですか……?」

 震える声で訊いた。

「……余計なことをしなければ、これ以上は何もしません」

 夜子の背中を押した。

「顔を見て話せないのは何かと不便でしょうから、襖は閉めません。その代わり……」

 夕日の背後から、朝日を止めたあの男達が、大きな木の格子を持って入ってきた。

「檻をつけさせていただきます」

 おびえる夜子をよそに、襖を外し、格子をはめた。

「どうか、お許しください、鵺様」

 深く頭を下げ、蔵を後にした。


 全てがあっという間で、何もできなかった。

「……どうしよう」

 頭の中が真っ白になっていた。身体が鵺になったと思ったら、次はこんな……。

 もう、夏休みどころじゃない。

「誰か、助けて……朝日っ―――」

 札まみれの蔵の中で、蝋燭の火だけが、揺れていた。

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