闇夜
『彼は、鵺に呪われた』
そう言われたのは、随分前。かれこれ、百年は経つ。
これまでのしきたりでは、鵺を満足させることはできても、村への利益があまりにも少なすぎる。
鵺を捕らえようと考え、祭壇へ赴き、時を待つ―――その時は、案外早く来た。
まだ、若い鵺だった。
そもそも、鵺は長い時を生きる。若いと言っても、もう何百年と生きた鵺だろう。
鵺になるのは、人も鵺も、互いに消耗する。その時を狙った。
少なくとも、そこで一度、鵺になれた。だが、その先が問題だった。
鵺は完全に身体から抜けきらぬうちに、蔵に封じられた。
抗ったが、もう遅い。俺は完全に、鵺の時を、取り込んでしまった―――。
「……家系図を書き換えるのは、簡単だった。俺から始まった代だ、どうとでもできる」
項垂れながら呟く深夜を見て、朝日は、理解が追い付いていなかった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……今の話から、総合したら、深夜は……」
「深夜じゃない」
朝日の言葉を遮った。
「俺が本名を教えていない理由は、鵺の呪いを受けたことを、周囲に知られたくなかったからだ」
「じゃあ、あんた、本当は俺達の、ご先祖様ってことか?」
「ご先祖様、か……その言い方は、間違いじゃないがな……」
場違いに笑い、立ち上がった。
「俺は、深夜のような、"深い夜"ではない。もっと暗い、"闇"だ……」
「で、でも、顔が……俺がまだ小さかった頃、あんたもまだ、若かった……」
「整形すれば、どうにでもなる」
言い終えて、夜子を見た。
「だが、わからない……鵺が、俺を見捨てたわけではないというのは、どういうことだ?」
「それは、直接、証明しましょう」
彼女も、小さく笑い、手を広げた。
それまで静かだった山頂に、強風が吹き荒れる。
朝日以外の二人だけが、その気配を感じていた。
トラツグミの鳴き声。
祭壇を見る。
虎の手脚、蛇の尻尾、狸の胴体、そして、猿の頭。
「……鵺」
先に言ったのは、朝日だった。
蛇の尻尾を振り、三人を見た。
「ごめんね、返しに来たよ」
夜子はそう呟いて、鵺へと近付いていく。
太い首に腕を回して、その巨体を抱き締めた。
「 」
言葉にできない声で、鳴いた。
「―――夜子!」
その場に倒れた夜子に、朝日は咄嗟に駆け寄った。
着ていた服がぼろぼろになっていた。切れ目から、真っ白な肌が顔を覗かせる。
「鵺様!」
闇夜が叫んだ。
鵺は、彼を見て、微笑んだ……ように見えた。
空を仰ぎ、突風を吹かせながら、茂みの奥へと消えていった。




