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  作者: 颪金
11/15

 夜子は、初めて入るはずのその山の、頂までのルートがわかっていた。

 わかっていたが、途中で歩を止めた。

「朝日……」

 何度か、後ろを振り替える。もしかしたら、いや、確実に来ている。あの朝日が、夜子を追いかけないわけない。

 もう、陽は落ちきっていて、月は雲に隠れている。まさに、闇夜というに相応しい状態だ。こんな時に、何の装備も無しに山に向かうのは自殺行為だ。

 そのため、夜子は何度か後ろを振り返り、朝日を待っていた。けれど、それ以上に、山に、そこにいる何かに、引っ張られる。

「待ってて、まだ彼が来てないの」

 何度も呟くが、足は前に進む―――。



「夜子!」

 朝日は、夜子を捜すため、深夜と二人で山に入っていた。

「夜子ー! いたら返事してくれ!」

 やたらに叫ぶ朝日に、深夜は呆れた目を向けた。

「闇雲に叫んでいても仕方ないだろう」

「うるせえよ、おっさん!」

「うるさいのはお前の方だ。だいたい、俺の名前はおっさんじゃない」

「そんなことはわかってる。ていうか、偽名使ってたくせに、今さら名前に固執するのかよ? 夜子の質問にだって、答えてないし……」

 質問。何故、他の人達に、本名を教えていないか。

「俺は、わかってたよ。あんた、産まれた時から、鵺になる定めだったからな」

 朝日に言われ、深夜は下唇を噛んだ。

「お前に、何がわかる」

「わかんねえよ。俺は朝で、お前は夜だから」

「なら、何故、彼女を救おうとした? 朝と夜は相容れないはずだ」

「……夜子は違う」

 足を止めた。

「これは、坂本家の問題だ。夜子の名前には、そりゃ、初めて聞いた時は驚いたけど、でも、夜子は関係ない」

「だが、現に彼女は、鵺になった」

「それは、何かの、偶然で……」

「偶然? ここにきて、そんなことを言うのか?」

「……」

 深夜の言うことも、一理ある。そう思った朝日は、それ以上、何も言えなかった。

「とにかく、今は彼女を捜すぞ。山頂にいるはずだ」

「何で、山頂にいるってわかるんだよ?」

「鵺は、元々山頂にいた。彼女がここに向かったということは、向かう場所は山頂しかない」

 そう言って、道なき道を進んでいく。

「……」

 朝日は、深夜の言うことに、不満がありはしたが、仕方なくついていった。


 夜子は、もう既に山頂についていた。

 開けた場所には、小さな祭壇があった。そういえば、真昼の祖母が、鵺に年に一度、食べ物をあげて、村を守ってもらっていたと言っていた。でも、それは村の中で行われていたことで……もしかして、それよりも前は、ここで、何か行っていたのだろうか。

 祭壇をあちこち見回して、夜子は気付いた。

「この祭壇、まだ使われてる……」

 人が来た痕跡がある。多分、つい最近のものだ。


「夜子!」

 不意に、名前を呼ばれた。

 振り替えると、朝日が駆け寄ってきた。

「勝手に走り出して……心配したんだぞ!?」

「ご、ごめん」

 凄い剣幕で言うものだから、怯んでしまった。

「鵺が、私を呼んでいたの」

「鵺が?  まさか、さっきの、引っ掻き音みたいな?」

「うん……」

「鵺は、何と言っていた?」

 深夜が訊いた。

「『おいで、返して』と……」

「……やっぱり、そうか」

 残念そうな顔で言う。


「ここは、"名に夜を持つ者"しか、入ることが許されない。朝日、お前は今すぐ下山しろ」

「なっ……登ってた時は、そんなこと言ってなかっただろ!」

「知っていると思っていた」

「知らねえよ!」

 夜子には、二人が漫才コンビに見えてきていた。

「深夜さん、この祭壇には、最近使われた痕跡があります。もしかして、ここに?」

「……鵺祭りの時、ここにいた」

 深刻な顔をする夜子と深夜。だが、朝日には、何が何だかよくわからなかった。

「ちょっと待ってくれ、夜子、何が起きてるんだ?」

 困惑する朝日に、夜子は言った。


「蔵にいた時、私の中の鵺が教えてくれた。鵺祭りは、元々、村を守ってもらうための祭りじゃない。本当は―――鵺になるための、儀式だった」


「鵺に、なるため?」

「鵺には、色々な力がある」

 自分の身体を見下ろした。

「坂本家では、代々、夜にまつわる名を持つ子が産まれている。朝日、家系図見せて」

「え? あ、ああ……」

 朝日から紙を受け取り、それを地面に広げた。

 朝日より前、深夜よりも、ずっと前、一番始めに、『闇夜(ヤミヨ)』という名があった。


「恐らく彼が、一番最初……」

「そこまでわかったのか?」

 深夜が訊いた。

「鵺は、全てでは無いですけど、わかっていたみたいです。この闇夜という人物は、朝日達のご先祖で、一番初めに、鵺になった人。鵺になって、村を守った人」

 それを聞いて、朝日は合点がいった。

「鵺に守ってもらう祭りじゃなくて、鵺になって、村を守る祭りだった?」

「祭りというか、儀式ね。守るかどうかは、その人次第だったみたいだけど」

「その人次第って?」

「しきたりとかって、長くは続かないものだよ。それに不満を持つ人は、必ず現れる……


 元々はこの場所で儀式を行い、鵺を迎えて、鵺になって、村を守るはずだった。でも、わざわざ、こんな山まで登りに行くのは面倒だから、村の中で、儀式を行うようになった。多分、その過程で、言い伝えが歪み、いつの間にか鵺を、捕らえるようになってしまった……深夜さん、あなたは今の代の"夜"のはずですが、何故、鵺になれなかったか、わかりますか?」


 夜子の雰囲気は、明らかに、先程と異なっていた。

「……俺に、資格が無かった」

「違う」

 即答した。

「資格が無かったんじゃない。鵺に、力が無かった」

 深夜に向き直った。

「あなた、年齢は?」

「……」

 答えない。いや、答えられない。

「この家系図は、嘘っぱちだ」

 夜子はその場で、家系図を破り捨てた。

「深夜さん! あなたの、本当の名前を教えてください!」

 深夜に掴みかかった。

「夜子―――」

 朝日は咄嗟に止めようとしたが、そこにいるのが、もう既に"夜子ではない"ことに、やっと気付いた。

「あ、ああ……」

 間近で夜子の顔を見た深夜は、その場に崩れた。

「お許しください、鵺様……」

 すすり泣いて、赦しを乞うた。

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