お前のセンスは空の彼方をぶっ飛んでいると言われた
ぼくは人質らしい
人質という事は人質にしている人間が必ずいるはずだ
ぼくの場合はその人間は「誘拐犯」と名乗っている
偽名でも適当につけて教えてくれればいいものを、自称「誘拐犯」は誘拐犯と呼ばなければ返事をしない
一度はぼくが適当に決めた偽名で呼び合うように言ったことがあった
何故か即行却下の断固拒否だった
何故かと聞いたらお前のセンスは空の彼方をぶっ飛んでいると言われた
ポチ・ゴンザレスとタマ・バスの何が悪かったんだろう。
しかしぼくが「誘拐犯」と呼ぶのには少々問題があった
人目につくのだ
まず、誘拐犯の恰好を思い出してみる
基本、白いフルフェイスのマスク
基本、真黒なマント
基本、黒い手袋
基本、フードを目深に被っている
基本、ぼそぼそと人に憚るように喋る
これ以上ないくらい追われていますスタイルなんじゃないかとぼくは思う
つまり怪しいことこの上ないというやつだ
宿の女将があからさまに怪しげな目で誘拐犯を見ていたことも結構ある
仮面マントの怪人が自分のところの宿に泊まりに来たらまあ、ぼくだって怪しむまではしないかもしれないが気になりはする
それだというのに、同行しているぼくが誘拐犯誘拐犯と連呼したのでは、何もしてなくても通報されかねない
通報したらぼくは無事保護されると思うかもしれないが、ぼくは基本役所というところを信用していない
勿論、原因はある。
食い逃げした誘拐犯と間違えてぼくを捕まえた挙句、丸一日拘束し、半日以上さっさと吐けと絞られた上
(吐けと言っても何を吐けというのだろうか。ぼくは何もしていないのだから吐くものなど何もない。もしかして、胃袋の中に入れた食い逃げ分を今この場で吐けということなのだろうか。しかしぼくはちゃんと代金を払ったはずである。それに吐けと言われてももう消化してしまったと言うとふざけるなと殴られた。誘拐犯の拳の方が物理的に3倍くらい強力なのでどうということもなかったが)
何か腐ったにおいのする牢屋に詰め込まれて一夜を明かした。
結局店の人の証言でぼくは釈放されたが、その時の役所の人間の顔と言ったら、とてもとても腹に据え兼ねるものだった
今思い出してもあの管理官を思いっきり海に投げ込んでやりたい衝動がムクムクと育ってくる。
具体的にいえば、まるで道端のアレにたかるハエを逃がしてやれと言われて何でそんな事をしなくてはいけないのかと軽蔑するような顔だったことは確かだ
あれを思い出すと今でもぼくは手に持っているコップを割ってしまったり果実を握りつぶしたりしてしまう
これはとても困る
誘拐犯にどやされるし、掃除が大変なのだ
とにかくそういう原因があって、ぼくは役所が信用できない
誘拐犯が通報されたらぼくもとばっちりであの臭い牢屋
(ブタ箱というらしい。正にその通りだ)
にまた閉じ込められて理不尽に説教されるかと思うと、頭突きで大木をへし折りたい衝動に駆られる
なので、誘拐犯のかわりにぼくが通報されないように気をつけている。
誘拐犯としてのそこのところを聞いてみると、四つん這いで仮面の額を床につけて「申し訳ありませんでした」と言ってくる
薪を握りつぶしながら訴えたことでなんとか誘拐犯もぼくの憤りを少しは理解してくれたらしい
だが周囲の目をあまり気にしない、いわゆる「どうでもいい」スタンスはなかなか治らないらしい
人質というのは誘拐犯が通報されないように気をつけなければいけない役目があるのかも知れない。
辞書には載っていなかったが、ぼくはその役目を学んだ。
ぼくはまたひとつ賢くなった