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02「if編─『絶滅』─」

 これはif編です。本編のエルフは、かろうじて生き残りました。大日本帝国の男たちが、途中で考えを変えたために。

 しかし、大日本帝国側の考えが変わらなかったらどうなったか? エルフへの怒りと憎しみが、最後までまったく解けなかったらどうだったか?

 その場合、この世界のエルフがたどった筈の、悲惨極まる末路を読んでみてください。

『人喰いエルフ』たちにとってこれ以上有り得ない、最悪の運命を読んでみてください。


「どうだ、見つかったか?!」


「駄目だ、どこを探しても見つからん!」


「よく探せ! まだ遠くへは行っていない! このあたりに隠れているのは間違いないんだ!」


 大日本帝国の雄人たちの、叫び声を聞きながら、私と姉は───赤ん坊を抱いた姉は───茂みの中で身を縮めるしかなかった。


 私たちが、大日本帝国の手を逃れて逃げ回るようになってから、いったいどれくらいたつのだろう? 4~5年? 7~8年? それとももう、10年以上もたっているのだろうか?


 エルフと見れば、問答無用で皆殺しにする大日本帝国。神がエルフに与えた力である魔法が、ろくに通じない大日本帝国。

 奴らがこの世界にやって来るまでは、まさかここまで酷いことになるなんて、思ってもみなかった。私たちがこんなみじめな境遇に追い込まれるなんて、エルフが人間を恐れて逃げ回る羽目になるなんて、想像も出来なかった。




 大日本帝国───その名を初めて聞いたのは、聖暦6000年の初夏。西方から流れて来た、噂としてだった。

 曰く、「西方で召喚された人間の原種たちが、西方州に攻め込んで来た」「そいつらは恐ろしく凶暴で、エルフと見れば皆殺しにする」「魔法で対抗しようにも、エルフの魔法より強力な魔法を使う」「そいつらのせいで、西方州が事実上滅ぼされた」と。

 最初はただの噂で、当然信じる者は、ほとんどいなかった。そんなにも強い人間なんて、魔法を使える人間なんて、あまりにも眉唾過ぎたから。


 しかし、「噂の真偽を確かめに行った者が、誰一人戻って来なかったこと」「実際に西方から逃げて来た者が、何十人か東方に現れたこと」で、信じざるを得なくなった。

 西方のエルフたちが、凶暴な人間の原種を召喚してしまったことを。そいつらは強大な力を持ち、そのせいで西方州が悲惨な状況になっていることを。


 王も含めて戦慄した私たちは、そいつらに向け可能な限りの備えをすることになった。しかし、西方から逃げて来た者の話によれば、大日本帝国には、その程度ではまったく通用しないと言う。なにしろ3万の軍を1日で全滅させ、西方州の州都を、たった3日で滅ぼしたと言うのだから。

 そのすべてを信じたわけではないが、最悪の場合、町を捨てて逃げるしか無いと、覚悟を決めるしか無かった。




 ところが、待てど暮らせど、大日本帝国は東方へ攻めて来ない。誰もが首をひねっている内に、10年以上の月日が過ぎてしまう。

 当然の結果として、こんな事を言う者も少なくなかった。

「大日本帝国は、西方州を手に入れただけで満足したのだろう」「人間でありながらエルフを皆殺しにするという大罪を犯したため、天罰を受けたのだろう」と。


 しかし、それは早計だった。奴らはただ「攻め込む準備に時間がかかった」だけだったのだ。


 聖暦6013年、5月。大日本帝国は、本気で東方へと攻め寄せて来た。やつらの船から放たれる攻撃に、州都を初め、沿岸部の町はたちまち壊滅した。内陸の町も、やつらが操る怪鳥の攻撃で、次々に廃墟と化した。我々の軍勢が、やつらの軍勢に何度挑んでも、ことごとく全滅させられるだけだった。


 私たちは、これ以上有り得ないくらい思い知らされた。十数年前の噂が、少しも誇張ではなかったことを。大日本帝国の軍勢には、エルフの軍勢はまったく歯が立たないことを。エルフに神が与えた力である魔法さえ、やつらにはさっぱり通用しないことを。




 王とその側近たちは、最初の一日で戦死。他の有力者たちも、次々と戦死するに及んで、私たちは、残された唯一の道を取るしかなかった。戦うのを諦めて、逃げ出すしかなかった。町や牧場を捨てて、森や山中へと向かうしか無かった。


 その際、飼っていた人間は、ごく一部を除いて手放すしかなかった。牧場など作れば、「見つけてください」と言っているようなものだったから。

 実際諦めきれず、牧場の人間を連れ出して、別な場所で牧場を作ろうとした者も居たらしい。でも、彼女たちはすべて、早々に見つけ出されて殺されたという。結局は無駄な足掻きだったということだ。


 私たちエルフは、人間という家畜を、自ら手放すしかなかった。大日本帝国に殺されないためには、そうするしかなかった。結果として奴らは、食料の大半を、私たちから奪っていったのだ!!


 生き残ったすべてのエルフは、『人間という家畜を、神から与えられる前』の生活に戻るしかなかった。木の実を取ったり、動物を魔法で倒したりして食べる生活に戻るしか無かった。

 当然、そんな生活で、充分な食物が得られる筈もない。飢えと、それによる病気で、仲間は次々に死んでいった。


 老いた祖母は、「乳製品が食べたい」と言って、まだ子供だった妹は、「人間が食べたい」と言って、それぞれ飢えて死んでいった。痩せ衰え、ひもじい思いをかかえて死んでいった───。


 誰もが大日本帝国を呪ったが、戦っても無駄で、しかも無意味だった。そんなことをしても犬死にするだけ、命を粗末にするだけなのが、明らかだったから。




 それでも、大日本帝国が私たちを放っておいてくれたなら、まだしも希望が有ったかもしれない。しかし奴らは、恐ろしいほどの執拗さで追って来た。他の者を逃がすために、犠牲になった仲間も少なくなかった。奴らは本当に、私たちを完全に滅ぼすつもりらしかった。エルフがすべて死に絶えるまで、エルフを完全に根絶やしにするまで、あきらめる気は無いようだった。


 大日本帝国がなぜ、私たちをそこまで憎むのか、やつらに一度聞いてみたかった。とはいえ、そんなことを考えても、意味が無いのも確かだった。やつらが私たちよりずっと強いこと、私たちを本気で根絶やしにするつもりでいることを考えれば、やつらに見つかることは、よほど運が良くない限り死を意味する。やつらがなぜそうするのかなど、それに比べれば大したことではなかった。


 そして今、ここにいるのは、私と姉と、姉に抱かれたその赤ん坊だけだ。逃げ回る内に、仲間は次から次へと死んでいき、最後に残った三人とも、今朝逃げ回るうちにはぐれてしまった。

 いったい今、この世にエルフは、何人生き残っているのだろう? 10万人? 1万人? ひょっとしたらもう、千人も生きていないかもしれない。私たちはもう何年も、仲間以外のエルフと出会ったことが無かった。




───そんなどうしようもないことを考えながら、茂みに身を潜めていた私の耳に、突然パチパチという音が聞こえてきた。驚いて顔を上げると、さほど遠くない場所に、ちらほらと紅いものが見える。


 冗談ではない! 奴ら、私たちをいぶし出すために、辺りに火を放ったのだ! 奴ら、そこまでするというのか! たった数人のエルフを殺すために、森を焼き尽くすことも辞さないというのか! 大日本帝国の憎しみの深さを、私たちを滅ぼすことへの執念の凄さを、改めて見せつけられた思いだった。


 ここに居れば焼け死ぬしかない。見つかる危険を承知で、逃げ出すしかない。姉の手を引いて、私は茂みから飛び出した。

 そのまま、炎とは反対の方向へと駆け出す。頭の隅を、ちらと「罠かもしれない」という考えがよぎったが、だとしても選択の余地は無い。炎に焼かれて死ぬわけにはいかない以上、火の手の無い方向へと逃げるしかない。

 それに、待ち伏せしているとしても、一箇所にいる敵はさほど多くはないはずだ。私たちの魔法が奴らの包囲を食い破ることを、甘いと判っていても願うしかなかった。




 しかし、やはり甘かった。突然近くで爆発が起こり、私たち3人を吹き飛ばした。姉の手から離れた赤ん坊が地面に叩き付けられ、けたたましい声で泣き出す。

 さほど遠くない木陰から、数匹の雄人が姿を現すのが見えた。姉がそれに向け杖を振り上げるが、次の瞬間その身体は、何か目に見えぬ力で、思い切りはじき飛ばされた。倒れたその姿に私が駆け寄った時、姉は全身のいたるところから血を噴き出し、すでに事切れていた。


 姉を殺したらしい雄人に向け、私も杖を振り上げる───。だが次の瞬間、私は右腕に激痛を感じ、杖を取り落とした。見ると右腕に穴が開き、血が噴き出している。───それに驚く間も無く、今度は左の太ももに、何かを突き刺されたような衝撃と激痛を感じた。

 立っていられず、その場にくずおれる───。自由になる左手で杖を拾い上げようとするが、その前に、やはり目に見えない何かが、杖を遠くへはじき飛ばした。


 大日本帝国のしるしである、あのカーキ色の服。それを着た雄人が数匹、油断の無い仕草で武器を構え、私に駆け寄って来る。

 一匹が私に武器を突き付け、別の一匹が、まだ泣いている姪に近づく。どうするつもりかと、思わず見つめると、そいつは躊躇することなく、槍先で姪の身体を貫いた。


 思わず私の顔が歪む。こいつらは、エルフと見れば赤ん坊でも容赦無く殺すとは聞いていた。しかし実際にそれを見たのは、これが初めてだった。噂に聞く「大日本帝国の凶暴さ・残忍さ」を間近で見せつけられ、私は思わず叫び出していた。


「あんたたち! そんなに私たちエルフが憎いの?!」


「ああ、憎いとも。貴様らすべて、赤ん坊まで八つ裂きにしても、まだ足りないくらいな」


 私に武器を突き付けている雄人が答える。


「なぜそんなに私たちを憎むのよ?! 私たちをなぜ、皆殺しにするのよ?!」


 長年の疑問をぶつける私に、そいつは顔を歪めて言った。


「……なぜ憎いかだと? なぜ皆殺しにするかだと? 解らないなら教えてやる! 貴様らえるふが、人間を喰うからだ!」


「人間を食べるから?! ただそれだけの理由で、私たちを皆殺しにするって言うの?!」


「ただそれだけだと………充分過ぎるほどの理由だ!!」


「なぜ?!!」


「貴様らは大抵そう言うな。………『自分にとって当たり前のことには疑問を持たない』それは人間もえるふも同じのようだな」


「どういう意味よ?!」


「なぜ想像してみない? 我々とお前たちの立場が逆なら、どうだったかと」


「………!!」


 その言葉に、私は愕然となった。


「そうだ、我々人間が、えるふを常食とする種族だったら、やはりお前たちも、我々を滅ぼそうとしただろう。お前の家族や友人が、何者かに喰われたら、お前はそいつを心の底から憎んだだろう。決して許そうとはしなかっただろう。そうは思わないか?」


 言いたいことは解る。でもそんな理屈、受け入れてたまるもんか! そうだ! そもそもそれは、人間とエルフが対等の場合のみ成り立つ理屈だ! そんなことがあってたまるか!! 人間がエルフと対等だなんて!


「……エルフと人間を一緒にしないで!! 人間を食べることは、神が私たちエルフに許したもうた、神聖な権利なのよ!! 神が許したもうたことを人間が禁じるなんて、許されると思うの!!」


「ほう? つまりお前たちはこう言うのか?『えるふが人間を殺して喰うのは、許されて当然。人間がえるふを殺すのは、許されなくて当然』だと?」


「当たり前よ! 神がそう定められたんだもの! 人間は、エルフのためにこの世に存在するんだもの! 人間とはエルフのための生き物、家畜として、神がエルフに与えた生き物なんだもの! 神がエルフを創造された時、エルフになれなかった出来損ない、それが人間なんだもの! 人間がエルフを殺すなんて! 許されるはずがない! 人間がエルフと対等になろうとするなんて! 神が許すはずがない!」


「『神が定めた』だと? ハッ、馬鹿馬鹿しい」


「なんですって!」


「はっきり言ってやる。その『神が定めた』とやらは、お前たちの先祖の捏造だ」


「ネツゾウ?」


「『でっち上げ』ということさ」


「で、でっち上げ?! 神の教えが、私たちの先祖のでっち上げ?!」


「そうだよ。お前たちの言う『人間を食べることを、神がえるふに許したもうた』とやらも、『人間はえるふのための存在』とやらも、すべてでっち上げだ。何もかも、お前たちの先祖が、自分たちに都合のいいように、でっち上げたでたらめなんだ。自分たちの行いを正当化するための、『えるふが人間を食べるのは当たり前』と思わせるための、卑劣で醜い大嘘なんだ。そのことは、首を賭けてもいい」


「あんたの首なんかもらったって嬉しくないわよ! 私は信じない! 神の教えが先祖のでっち上げだったなんて、絶対に信じない!!」


「だろうな───さて、無駄話は終わりだ。朝の3匹も含め、貴様の仲間はもうすべて殺した。貴様もここで死んでもらうぞ」


「『すべて殺した』ですって! 姉と姪だけでなく、ルーファもエラもタフィも、すべて殺したですって!」


「ほう、この女と赤ん坊、貴様の姉と姪だったのか。目の前で家族を殺されるとは、いささか不憫だな」


 露骨な嘲笑を浮かべて言うそいつに、私の中で何かが切れた───。




───わけのわからぬ叫びと共に、エルフの女が、大日本帝国の男に襲いかかる。いや、襲いかかろうとする。しかし所詮は、無駄な足掻きに過ぎなかった。次の瞬間、銃剣に心臓を貫かれ、女の身体はその場に崩れ落ちた。


 二度、三度とけいれんを繰り返し、すぐに動かなくなる───。それを冷ややかな目で見ながら、男は『念のために』と言うように、女の首を切り落とした。すでに死んでいた赤ん坊と母親の首も、念のために切り落とす。それを見た部下の一人が、呻くように言った。


「しかし軍曹殿、人喰いとはいえ女子供を殺すのは、なにか悪いことをしているような気分になりますね」


「その気持ちは解るが、しかし間違えてはならんぞ───。誰でも知っている筈だ。女子供の姿をしていても、こいつらは人喰いの悪鬼なんだ───。鬼畜米英どころじゃない。人間を殺して喰うことをなんとも思わない、正真正銘の鬼畜なんだ。こいつらは何としても、根絶やしにせねばならん。たとえ一匹でも生き残らせたら、こいつらに喰われた、我らの同胞が浮かばれん」


「解っています」


「さあ、さっさと帰るぞ。今日は久しぶりだったが、次もそうだとは限らん。最近は見つかること自体珍しくなったとはいえ、明日またえるふが現れんとも限らんからな」


「はい!」


 去って行く大日本帝国の兵士たち────。彼らは知らなかった。いや、この世界の誰一人、永遠にそれを知ることは無かった。


 皇紀2625年10月12日。この日、一つの種が『絶滅』したことを。この世界で生まれたエルフ達が、すべて完全に死に絶えたことを。『日本』と一緒に別の世界に飛ばされたエルフ達も、とっくの昔に皆殺しにされていることを。この世界でエルフが生きて見つかることは、もう永遠に無いことを。


 エルフの歴史は、この時終わった。


『この世界最大の大陸を、6000年にわたって支配し続けた種族』の、これが末路であった。

『自分たちよりもずっと強力で、なおかつ自分たちとは相容れることの出来ない存在』を、自分たちの世界に呼び込んでしまった、「無知で愚かで、傲慢で独善的で、なおかつ不運で哀れな種族」の、これが終焉であった。


 この日、この世界最大の大陸は、名実共に、大日本帝国のものとなった。


 完全に、人間のものとなった。

 ここに書かれたとおり、この世界のエルフたちは『人間を、知的生命体を殺して喰うこと』を、悪だとはまったく思っていませんでした。罪だとはまったく思っていませんでした。


 かといって、彼らに罪の意識を持たせることなど、最初から不可能でした。

 エルフたちにとっては、『自分たちにとって当たり前のこと』をしているだけなのですから、罪悪感など持ちようが無かったわけです。


 自分たちが、悪だという自覚が無かったこと。自分たちのしていることが、罪だという自覚が無かったこと。それこそが、この世界のエルフが犯した最大の罪でした。


追伸

 念のために言っておきますと「『日本』と一緒に別の世界に飛ばされたエルフ達も、とっくの昔に皆殺しにされている」のは、if編だけでなく本編でも同じです。

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