01「末路」
聖暦6000年4月下旬 西方州の一角 森と草原の境界付近
「困ったわね」
思わず、そんな言葉が口をついて出る。実際、私は今困り果てていた。仲間二人も表情が冴えない。
私の名はエルブレイ・マターハ・ナーウ。他の二人はウイリーとラウル。三人とも、東方州では名を知られた冒険者だ。自慢ではないが、十年ほど前には種族の危機を救うきっかけを作り、英雄視されたこともある。
今回の依頼、当初は楽なものと思われていた。西方州で何か異変が起こったらしいという話を聞いたのが、今から3月余り前。それが何かを調べて欲しいという依頼が来たのが、その半月ほどのちのこと。要するにただの偵察で、いたって楽な仕事と思われた。
ところが、大陸を西へ向かうにつれ、そんな生やさしいものではないことが判った。エルフの死体や、西方から逃げて来たというエルフ達に、幾度か出くわしたのである。
彼らの話は皆、ほとんど同じであった。『大日本帝国』と名乗る人間の原種たちが、大挙して攻め寄せて来たというのだ。そいつらは凶暴な上に、エルフの魔法より強力な魔法を使うと言うのだ。
そいつらの魔法は、私たちの魔法とはまったく違ったものであるらしく、魔法反応がまったく無いと言う。にもかかわらず、エルフの魔法よりずっと遠距離から攻撃できる上、最も強力な魔法は、砦を一撃で吹き飛ばすほどだと言う。
おまけに、そいつらはエルフをひどく憎んでいるらしく、エルフと見れば、赤ん坊に至るまで皆殺しにすると言うのだ。そいつらのおかげで、西方州の王城は崩れ落ち、王も死亡。州都をはじめ、街はことごとく瓦礫の山となり、住民のほとんどは殺され、生き残った者もちりぢりばらばらだと言うのだ。
もちろん最初は信じなかった。いかに原種とはいえ、そんなにも強い人間など、いるわけがない。魔法を使える人間など、いるわけがない。エルフがかなわない人間など、いるわけがないと。
しかし、さらに西に進むにつれ、同じように逃げて来たエルフ達と、何度も出くわしたのである。中には息も絶え絶えな者、身体のあちこちに火傷を負った者、手足を失った者さえ何人もいた。
彼らの言い分も皆同じであったことで、私たちは戦慄した。信じざるを得なくなった。凶暴な人間原種どもが、この大陸に攻め寄せて来たことを。そいつらはとてつもなく強力で、西方州を事実上滅ぼせるだけの力を持っていることを。西方の、数十万のエルフを殺せるだけの力を持っていることを。
一時は、このままとって返して、東方へ報告に走ろうかと思った。しかしそれに、ラウルが異を唱えた。「信じてもらえない」と言うのだ。
「こんなことを報告しても、誰も信じる筈がない。笑いものにされるのが落ちだ」と言うのだ。
いかにもその通りだった。我々とて、逃げて来た者達をこの目で見ない限り、信じはしなかったのだ。こんなことを東方に報告したところで、信じてもらえる筈がない。良くて笑いもの、悪ければ気違い扱いされるのが落ちだろう。
ウイリーは、「逃げて来た者達を何人か連れて帰れば、ある程度は信じてもらえる」と言ったが、そこで私が、あることに気がついた。信じてもらえたらもらえたで、別の問題が有ることに。
もしこのまま、『大日本帝国』のことを何も調べずに帰ったら、「つまりお前たちは、その『大日本帝国』とやらに怯えて、逃げ帰って来たのだな? 人間に怯えて、逃げ帰って来たのだな?」と言われても、言い返せないことになる。
そんなことになったら、我々の評判は、それこそ地に落ちるだろう。「エルフが人間に怯えて逃げ帰って来た」などという噂を立てられたら、冒険者としては致命傷だ。
このままでは帰れない。とにかく、『大日本帝国』について、少しでも情報を集めねばならない。それゆえ、逃げて来た者達から聞いた情報を頼りに、『大日本帝国』の人間どもが住む地へと、たどり着いたわけだが……。
厄介なことに、やつらは一箇所に固まって住んでいる上、強いにもかかわらず、意外に用心深い。カーキ色の服を着、短い槍を持った雄人たちが、常に何匹も周囲を警戒していて、なかなか忍び込む隙が見いだせない。
かといって、やつらの集落を外から眺めてみても、ほとんど何も判らない。いや、やつらがいくつもの奇妙な道具を使っていることは判った。しかし、それがどんな物なのか判らなければ、結局何も判らないのと同じだ。
暗ければ何とかなるのでは、と夜の闇に望みを託してみたが───これもやつらの魔法なのだろうか。やつらは、信じられないくらい明るい灯りを持っていて、夜でも周囲を煌々と照らし出している。そんな灯りの中へ出て行けば、「見つけてください」と言っているようなものだ。
うかつに近づけない。こうなれば我慢比べ。やつらが少しでも隙を見せるのを待って、忍び込むしかない───。そう考え、もう四日待っているのだが、やつらはいっこうに隙を見せない。正直こちらの方が疲れてきた。一旦引き上げて、出直すしかないだろうか───。
そんなことを考え始めた、太陽が沖天を少し過ぎた頃だった───。疲れと焦りで、私たちの方に「心の隙」が出来てしまっていたのだろう。練達の冒険者らしからぬミスをやってしまった。
最も近くで周囲を警戒していた二匹の雄人が、二言三言言葉を交わした後、そばの天幕へと入っていく。「好機!」とばかり私たちは駆け出した。このわずかな隙に、内側へ潜り込んでやると───。
しかし、それは油断だった。そうでなくとも、軽率な行動だった。突然何かが飛んできて、目の前に転がったかと思うと、大音響と共に爆発。私たちは爆風に吹き飛ばされ、「罠にはまった!」ことを悟る間も無く、意識を失ったのだった───。
どれだけの時間が過ぎたのだろう。私が意識を取り戻したのは、全身に感じる肌寒さと、「エルブレイ! エルブレイ!」と呼びかける声のせいだった。
はっと目を開け、周囲を見回す。───私の左右で、ウイリーとラウルが、丸裸で杭に縛り付けられていた。二人とも、沈痛な顔をしている。自分の身体を見下ろすと、私も同じ状態であることが判った。
何があったのかははっきりしていた。私たちは『大日本帝国』に捕らえられたのだ! それもこんなに呆気なく! やつらがなぜ、我々をすぐ殺さなかったのかも想像がつく。やつらは我々を『処刑』するつもりなのだ! おそらくは、多数の人間どもの目の前で! おまけに、杖も他のアイテムも取り上げられてしまっている。これでは魔法が使えず、抵抗もできない!
なんということだろう! 冒険者などをやっている以上、いつか殺されるかもしれないことは覚悟していた。しかし、下等な人間どもに、『処刑』されるとは、なんたる恥辱か! 屈辱に歯噛みしていると、視界の隅で何かが動くのが見えた。
なぜ、すぐに気づかなかったのか───。あのカーキ色の服を着た雄人が一人、岩に腰を下ろして我々を見張っていたのだ。そいつは近づいてくると、ニヤリと蔑むような笑みを浮かべ、私の顔にペッと唾を吐いた。
「何ー!」
「きさま! 人間がエルフに何を!」
あまりの恥辱に私とラウルがそう叫ぶが、雄人は少しも動じず、無言のままラウルとウイリーの顔に、やはり唾を吐きかける。
怒りのあまり、もう声すら出ない私達3人。雄人はそんな我々を、やはり蔑むように見ると、何か小さな物を取り出し、口にくわえた。
それは笛だったらしく、「ヒュイイイーッ!」と鋭い音が響く。それを聞きつけ、しばらくすると、雄人たちが二,三十匹姿を現した。その内の二匹は、狼に似た獣を、それぞれ3匹ずつ引き連れている。
中から一匹の、年かさらしい雄人が進み出た。いよいよ我々を処刑するつもりなのだろう。しかし私は、不思議と恐怖は感じなかった。むしろ屈辱と、怒りのほうが強かった。
その雄人は、私たちをゆっくりと見回すと、誰に言うともなしに言い出す。
「人喰いの悪鬼どもも、こうなるとみじめなものだな」
『ヒトクイノアッキ』というのが何なのかは判らなかったが、こいつが我々を侮辱していることは解った。
「お前たち! 人間がエルフに、こんなことをしていいと思っているの!」
───負け惜しみの空威張りだということは、もちろん解っていた。解っていて、そうせずにはいられなかったのである。しかし、丸裸で杭に縛られたまま叫んでも、動じる奴などいない。そいつは無言のままこちらに近づくと、いきなり私の腹に拳を叩き込んだ。
「グエッ! ゲホゲホッ!」
激痛にぶざまな声を上げ、思わず咳き込んでしまう。恥辱で顔を真っ赤にする私。そんな私を怒りの眼で見ながら、そいつは叫んだ。
「そちらこそ、人間にそんな口をきいていいと思っているのか! ケダモノの分際で!」
一瞬とまどう私───その言葉の意味が解った時、私は腹の痛みも忘れ、大声で叫び出していた。
「け、ケダモノですって! ケダモノですって! 私たちが!」
「人間がエルフをケダモノと呼ぶのか!」
「そうだ。我々にとって、貴様らえるふはすべてケダモノだ」
「すべてケダモノだと! なぜそんなことが言える!」
「なぜかだと?! 決まっているだろう! 貴様らえるふが人間を喰うからだ!」
「エルフが人間を食べて何が悪いの!」
「人間は、神がエルフに与えた家畜なのだぞ! それを食って何が悪い!」
「なぜ悪いかだと……解らんなら教えてやる!! 仮に、だ………。貴様らえるふの中に、同じえるふを好んで喰う奴がいたとしよう。そいつをお前らは、えるふだと認めるか?」
「バカにしないでよ!………ってまさか!」
相手の言わんとすることに気づき、私は絶句した。
「───解ったようだな。そう、貴様らとて、同じえるふを喰うような奴は、ケダモノとしか見なさんだろう? それと同じで、我々は、人間を喰うような奴はすべてケダモノとしか見なさんし、扱わん」
「馬鹿な……エルフはケダモノではなく、人間はケダモノ。神がそう定められた筈だ! ケダモノを喰って何が悪い?!」
「そうだ! ケダモノの人間が、エルフをケダモノ扱いするというのか! エルフより絶対に劣る人間が、我々をケダモノ扱いするというのか!」
私が解ったことが解らなかったらしいラウルとウイリーが、そんなことを言い出す。しかしこの場でそんなことを言っても、負け犬の遠吠えにしかならない。案の定、相手はそれをあっさり否定した。
「えるふが人間より絶対に優る? そんなことを誰が決めたのだ?」
「神だ! 魔法が使えない人間は、エルフに絶対に劣るはずだ! 神がそう定められたのだぞ!」
「違うな。それはお前たちが、勝手に思っているだけだ。神が決めたことでもなんでもない」
ウイリーのバカ! こいつらにそんなことを言ったところで、通用する筈がないし、こいつらがエルフの神を恐れるなら、そもそもこんなことする筈がないじゃないの!
「それに、我々がお前たちに劣るなら、現状をどう説明するのかな? このあたりのえるふを、我々がほぼ全滅させた、その事実を?」
「そうだ、聞いてみたかった! 答えろ! 貴様らはなぜ、エルフと見れば皆殺しにする?!」
そう、私も聞いてみたい。なぜこいつらが、私たちエルフをそこまで憎むのか。
「簡単なことだよ。お前らも、えるふを喰う獣は皆殺しにするだろう?」
「なっ?!」
ラルフが叫び声を上げる。私も心中で叫んでいた。こんな簡単なことに、なぜ気づかなかったの! 私たちがこいつらを憎むのと同じで、こいつらが私たちを憎まない筈がないじゃない!
「その通り。我々から見れば、えるふはすべて人喰いのケダモノだ。皆殺しにして当然なのさ」
「殺すのが当然だと?! 皆殺しにされて当然だと?! 我々が!」
「そうだ、貴様らえるふにとって、人間を喰うのが当たり前なのと同じで、我々にとって、えるふは皆殺しにするのが当たり前なのだ」
「だから殺したって言うの───赤ん坊さえも!」
私たちが何を言ったところで、もう負け犬の遠吠えでしかないし、事実こいつらは、少しも動じていない。こいつらが私たちを憎むのも、もう当然と言うしかない。しかし、赤ん坊まで皆殺しにするのは、さすがに許せなかった。
「その赤ん坊が、成長すると人喰いのケダモノになる。それが判っている以上、我々は容赦しない。容赦する理由が無いからな」
「つまり、貴様らはこう言うのか! 何者であろうと、いかなる理由があろうと、人間を食べることは絶対に許さないと! 人間を食べる者はすべてケダモノだと! 人間を食べる者は、すべて皆殺しにすると!」
「そうだ」
「『人間を食べること』そのものが悪だと言うのか!」
「そうだ。やっと気づいたようだな───。貴様らすべてに、そのことを徹底的に思い知らせてくれるわ!」
「───善悪の問題じゃないわ! 人間を食べられなくなったら、私たちは飢え死にするしかないのよ! あんたたちは、エルフすべてに飢え死にしろって言うの!」
「そうだ、人間を喰うくらいなら飢え死にしろ」
「グ…ギャアアアアアッ!」
そいつが平然とそう言い切った時、私はわめき出さずにはいられなかった。
───駄目だ! こいつらにとって、人間を食べることは『絶対悪』なのだ! 『いかなる理由があろうと、絶対にしてはならない』ことなのだ! 人間を食べねば生きられない私達エルフを、こいつらはもう、絶対に許しっこない!
「に、人間を喰うくらいなら飢え死にしろだと! 人間を喰うくらいなら飢え死にしろだと! 貴様、それがどういうことか解っているのか! 我々エルフに『滅亡しろ』と言っているのと同じなのだぞ!『死に絶えろ』と言っているのと同じなのだぞ!」
「貴様ら人喰いどもの事情など知ったことか! 何度でも言ってやる! 我々は、それが何者であろうと、いかなる事情があろうと、人間を殺して喰うことは絶対に許さん! 人間を喰うくらいなら飢え死にしろ! 『人間を喰わなければ生きられない』と言うのなら、そんな奴等に生きている資格は無い! さっさと滅びてしまえ! 一匹残らず、死に絶えてしまえ!」
「きっ、貴様ァ!」
「どうせ同じことなのだから。貴様らえるふは、遠からず滅びる運命。死に絶える運命なのだからな」
「ななな、なにぃ?!」
ラウルが驚いている。しかし私は、もう驚かなかった。こいつらがそうするだろうことは、もう予測できたから───。
「そうだ、われわれ大日本帝国は、すでに決意した───。人間を喰う貴様らえるふを滅ぼすと。一匹残らず根絶やしにする、とな」
「に、人間がエルフを滅ぼすだと?! 神に選ばれし我々エルフを、下等な人間が滅ぼすだと?!」
「神に選ばれし………か。思い上がりもはなはだしいな」
「何だと!!」
「しかも、自分ではそう思っていないから、なおさら始末が悪い」
「貴様ァ!」
「はっきり言ってやる。お前たちは、神に選ばれしものなどではない。絶対に、そんなものでは有り得ない。ただ単純に、『今までのこの世界では、一番強かった』というだけに過ぎない」
「ただ強かっただけだと!」
「そうだ、と言っても、われわれ大日本帝国よりは、はるかに弱いがな」
「我々は、ただ強かっただけだと言うのか?! 強かっただけで、高貴でもなんでもないと言うのか?! ただ力を持っていただけで、あとは貴様ら同様の、下賤な存在だと言うのか?!」
「ちょっと違うな。お前たちは、この世界の人間よりはともかく、われわれ大日本帝国の人間よりは、遙かに下等な種族だ。無知で愚かで傲慢で見下げ果てた、クズのような種族だよ」
「え、エルフが人間より下等だと?! 貴様らが、我々より遙かに高貴な種族だと?!」
「そうだよ。さっきも言っただろう? 貴様らなど我々から見れば、そこらのケダモノとなんら変わらぬ、下等な存在でしかない。生きている資格も無い、クズでしかない」
「貴様ァァァァァ!」
「そして、お前たちえるふは、平気で人間を、殺して喰う。ゆえに、お前たちよりも強い人間たちが、この世に現れれば、その手で滅ぼされるしか無い。今、まさにその通りになったというわけだ───。お前たちはもうすぐ滅びる。一匹残らず、死に絶えるのだ。われわれ大日本帝国の手にかかってな!」
「に、人間がエルフを滅ぼすなど、出来ると思っているのか!!」
「そちらこそ、虚勢や負け惜しみはいい加減にするのだな───。貴様らも、すでに見たのだろう? このあたりのえるふは、もうだいたい全滅させた。それを知ってなお、不可能だと言うのかな?」
「エルフ全体で三百万人は下らないのだぞ! それを全滅させるなんて、出来ると思うのか!」
「大日本帝国には、一億人近い人間がいる。屈強な男だけでも、二千万人近くいるのだよ。三百万を皆殺しにすることくらい、出来ないと思うのか?」
「なっ、何!」
「もちろん時間はかかるだろうし、『一匹残らず全滅させる』のは、さすがに無理かもしれん。しかし、三百万の内二百九十万以上を殺して、『えるふという種族を滅ぼす』のは、難しくもない」
「う、嘘だ!」
「ここで死ぬお前たちに、嘘を言って何の意味が有る?───さて、無駄話は終わりだ。我らの同胞が味わった苦しみ、貴様らにも味わってもらうぞ」
「人間が味わった苦しみ?………ま、まさか?!」
「その通り、さて……」
そう言って見回す雄人───その視線が、ラウルの顔で止まった。
「まずはお前だ。貴様には『喰われて』もらう」
「に、人間がエルフを食べると言うのか?!」
『お前たちがエルフを食べるのなら、私たちが人間を食べるのと同じじゃないの!』私は心中でそう叫んだ。しかしそうではなかった。それを聞いた雄人は、ラウルの顔を思い切り殴りつけた。
「ふざけるな! 誰が貴様らなど食うか! 貴様らを食うくらいなら、我々は飢え死にするわ!」
それって意趣返しのつもりなの? お前たちは、エルフを食べるくらいなら飢え死にするって───。
つまり、『エルフより、自分たちの方が上』だって言いたいの? 『エルフはケダモノで、自分たちはケダモノじゃない』って言いたいの?
それじゃ、『喰われてもらう』っていうのはどういう意味よ?!
「貴様を喰う奴らは別にいる!」
そう言って背後を振り返る雄人───。その視線の先にいたのは、あの狼に似た獣だった。
「そ、そいつらにラウルを喰わせるっていうの!」
「そうだ、それも『生きたまま』な」
「なっ! やめろ! やめろ! やめてくれ! やめてくれぇー!」
泣き叫ぶラウルを尻目に、雄人が手下どもに命じる。そいつらは、ラウルを縛った杭を地面から引き抜き、その場に横たえる。あの雄人が、腰に吊った剣を抜き、その刃で、ラウルの腹を一気に切り裂いた。
「グギャアッ!!」
ラウルの腹が裂け、腸がこぼれ出る───。そこへ、あの獣どもが駆け寄った。
「グギャウワゴワグギャガワー!!」
聞くに堪えない悲鳴、見るに堪えない光景だった。あの狼に似た獣が、まだ生きたままのラウルの内蔵を、むさぼるように喰らっていく。私とウイリーは顔をそむけたが、雄人たちは何も感じていないようで、平然と声をかけてきた。
「どうだ? 目の前で仲間を喰われる気分は?」
「けっ、ケダモノー!!」
ウイリーがそう叫ぶが、それは当然のように、「顔をおもいきりぶん殴られる」という報復を呼ぶだけだった。
「まだ解らんのか! 貴様らに、それを言う資格は無いことが! 我々は全員、今の貴様らと、同じ思いをさせられたのだぞ!」
「!!」
つい先ほど私が悟ったことを、ウイリーも悟らされたらしい。愕然とした顔をしている。
そうだ、その通りなのだ。ラウルを獣に喰わせたこいつらを、私とウイリーが決して許せないのと同じで───。
「そうだ! お前たちも、仲間を何物かに喰われたら、その相手を決して許すまい! それと同じで、我々は、貴様らえるふが絶対に許せん! たとえ何十年何百年かかろうが、すべて皆殺しにしてやる!」
「くくく……」
私は、呪わずにはいられなかった。こいつらを召喚した西方の者達を、初めて心底から呪った。
いったい何という、愚かなまねをしてくれたの! 人間の原種、それもこんなにも強い連中を、一億匹近く召喚してしまうなんて! これじゃ、私たちエルフは本当に、滅びるしかないじゃない! 死に絶えるしかないじゃない! 皆殺しにされるしかないじゃないの!
悔しさと情けなさで、思わず涙がこぼれてくる───。それを見た奴等が、ニヤリと笑った。
「解ったか? 我々が全員、どんな思いを味わったか。お前たちえるふには、もう未来というものが無いことが。滅びるしかないこと、死に絶えるしかないこと、皆殺しにされるしかないことがな!」
雄人たちの顔に、あの嘲笑が戻る。長の雄人は、ウイリーに近づくと、その顔を覗き込んだ。
「さて、次はお前だ。我らの同胞たちの恨み、その身に受けてもらおうか」
「ど、どういう意味だ!」
「すぐに判る」
そいつはそう言うと、手下の一匹に命じる───。命じられた奴が走り去って、しばらく後───。見たことも無い着物を着た雌人たちが、7,8匹姿を現した。いずれも怒りの表情を浮かべ、柄の長い木槌のようなものを、手に持っている───。
「なんだそいつらは───。も、もしや?!」
「多分その『もしや』さ。この女たちは皆、貴様らの『牧場』で、『飼われて』いた者たちだ。彼女たちの恨み、その身に受けてもらう」
「ど、どうするつもりだ?!」
「もう解っているのじゃないか? 貴様はここで、文字通り『叩き潰される』のだ。彼女たちの手でな」
「なっ! や、やめろ! やめてくれぇー!」
「そう言われてやめるはずがないことくらい、解ると思うがな」
ラウルの時と同じように、手下の雄人たちが、ウイリーを縛った杭を地面から引き抜き、その場に横たえる。その両側に、木槌を持った雌人たちが、ずらりと並んだ。
「解っていると思うが、首から上は殴るなよ。すぐに死なせるのは、あまりにも慈悲深すぎる」
「もちろんです!」
「私たちを家畜扱いしたこいつらへの恨み、父や母や兄を喰ったこいつらへの恨み、絶対に忘れません!」
「よし、やれ!」
その言葉と共に、雌人たちが一斉に、ウイリーの全身を木槌で殴り始めた。
「グギャゴワギャグワー!!」
「ウ、ウイリー!!」
私はもはや言葉も無く、涙を流しながら、ウイリーの最後を見つめるだけだった───。
どれだけの時間が過ぎたのか───いや、実際にはわずかな時間だったのだろう。雌人たちが疲れて殴るのをやめた時、そこに有ったのは、ぐしゃぐしゃに潰れた血まみれの肉塊だった。形が残っているのは首から上だけで、あとは文字通りの『肉』に過ぎなかった───。もちろんすでに息は無い。
ラウルはと見ると、こちらは内蔵を獣に喰いつくされ、とっくの昔に絶命していた。
「貴様らー! ラウルに続いてウイリーまでー!」
私がそう叫んでも、
「ふん! 貴様らえるふの罪に比べれば、これでも慈悲深すぎるくらいだ!」
「こ、これで慈悲を与えたつもりだって言うの!」
「そうだ。可能であれば、もっともっとみじめで、残酷で、むごたらしい死に方をさせてやりたいところだが……あまり時間をかけるわけにもいかんのでな」
「くくく………」
「…さて、貴様には、こいつらよりさらに残酷で、屈辱的な目に合ってもらうとしようか」
「な、何?!」
そいつは私の問いには答えず、やはり手下に何かを命じる───。二匹の雄人が、細長いテーブルのようなものを運んで来た。
「降ろせ」
その言葉に手下どもが、縛り付けてあった杭から、私を降ろす───。私は抵抗しようとしたが、手足を縛った綱まではほどかれなかった上、元々雄人たちの力にかなうはずもなく、どうにもならない。
なすすべも無く、あのテーブルの上に、再び縛り付けられるしかなかった。それもおそろしく厳重に。
「こんなに厳重に縛って、私をどうするつもりなのー?!」
その言葉に、あの雄人がニヤリと笑う。すると、いつのまにかその背後に控えていた、別の雄人が二匹進み出た。どちらも頭と顔を白い布で覆い、分厚い一枚布で身体の前を覆う、見たことも無い格好をしている。
「この二人、いったい何者だと思う?」
「私に判るわけないわよ!」
「この二人は、大日本帝国の食肉業者なのだよ」
「な、何ー?!」
「そう、家畜の死体をばらして肉にする。それを仕事にしている者たちなのだ」
「ま、まさか?!」
「そのまさかだよ。これからこの二人に、貴様を肉としてさばいてもらう。もちろん生きたままでな」
「なっ、やっ、やめろー! やめてー! やめてぇ!」
「お前たち、解っていると思うが、できるだけ死ぬ時期が遅くなるようにするのだぞ」
「わかってまさあ。可能な限り、苦しみを長引かせてやりまさあ」
「さて、まずは生きたまま、全身の皮を剥いでやりますか」
な、なんて奴らなの、こいつらー! ほんの少しでも同情した、私が馬鹿だった! エルフは少なくとも、人間を生きたまま食べたりはしなかった! 生きたままの人間を、肉としてさばいたりはしなかった! いったいどこまで凶暴なの! どこまで残酷なの! こいつらは! こいつらはぁ! グギャアアー!!
「ぎゃああー いまにみでいろー ぎっどでんばづがぐだるぞー」
「ふん、いくらでも、負け犬の遠吠えを吐くがいい。天罰が下るのは貴様らの方だ」
生きながら肉屋にさばかれていくエルブレイを、あの年長の男───大日本帝国陸軍少佐・田原健人は、そう言って冷ややかに見つめた。
「こいつらを根絶やしにできる日が、一日も早く来て欲しいものだ」
ラウルは生きながら犬に喰われ、ウイリーは全身を叩き潰され、エルブレイは、生きたまま肉としてさばかれた。エルフにとっては高名な冒険者、種族を救うきっかけを作った英雄たちの───大日本帝国にとっては、傲慢な人食いのケダモノ三匹の───これが末路であった。
だが、エルブレイの認識も、田原少佐の認識も、実のところ誤っていた。大日本帝国に天罰が下ることは無かった。
エルフが死に絶えることは無かった。
しかしエルフ達にとって、それは本当に、「滅亡は免れた」というだけのことであった。
大日本帝国の男たちが、いつの頃からか考えを変えたのである。「こいつらを殺すのはもったいない。それよりも、自分たちのなぐさみものにした方がいい」と。
この日から二十数年後、「野生の」エルフは、文字通り「一匹残らず」根絶やしにされた。人間に捕らえられたもの以外、すべて完全に、この世から消えた。
見つけ次第殺されるか捕獲された上、「人間という家畜」を失って、もはや生きるすべが無かったのである。
捕らえられたエルフは、そのすべてが、ありとあらゆる尊厳を奪われ、獣に落とされた。
服を着ることも許されず、舌を切られてしゃべることもできない獣とされ、人間たちに「飼われる」ことになった。
ちなみに、文字の書けるエルフは、言葉を完全に奪うため、両手を手首から、両足を膝から切り落とされ、四つん這いでしか歩けない身体にされたという。
エルフ───人間を喰うことを当然と考えた、傲慢で愚かで独善的な種族は、大日本帝国という「別の独善」により、実質的に滅ぼされ、獣に落とされた。
大日本帝国の、軍の慰安婦代わり。大日本帝国の、金持ちの男のなぐさみもの。それが「エルフという家畜」に与えられた役目だった。
家畜にするために呼び寄せた相手に、逆に自分たちの方が家畜にされてしまうとは、なんという皮肉な運命だろうか。
そして、エルフが「人間より下位の立場から抜け出すこと」は、二度と無かった。
「再び人間より上に立つこと」は、それこそ永遠に無かった。
単に「獣」という立場、「家畜」という立場から抜け出すのにさえ、それから二百年を要することになる───。
エルフ3人組に、このような悲惨極まる、かつ猟奇的な末路をたどらせたことを、快く思わない人が多いようですが……。
実はこの3人には、報いとして、これでも到底足りないのです。
ピンガ様の原作の方を、読んでもらえば解りますが……。
自分たちを助けてくれた人間に対し、「エルフと対等になろうとした」というだけで、平然と恩を仇で返すような連中ですからね。
この数倍の報いを受けて、やっと因果応報と言えるのじゃないか。私はそう思っています。




