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悪徳の罪人  作者: 森 神奈
悪徳の罪人

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第6話「友よ」


始まりは、理想だった。


大学の小さな教室。


夜遅くまで続いた議論。


腐敗を暴き、記事を書き、


データを集め、行政に提言する。


神埼 湊と友人は、


同じ未来を見ていた。


「俺たちが声を上げれば、変わる」


信じていた。




だが、現実は違った。


医療不正。


改ざんされたデータ。


後回しにされた治療。


間に合わなかった命。


湊の家族は、その犠牲になった。


謝罪会見は形式だけ。


責任は曖昧に処理された。


あの日、湊の中で何かが壊れた。


「制度は、腐る」


友人は違った。


「だから変えるんだ。中から」


署名活動。


議員との交渉。


市民団体の設立。


時間はかかるが、積み上げる道。


湊は首を振った。


「遅い」


彼は別の道を選んだ。


壊す道を。




現在。


警察は包囲を完成させつつある。


だが、その前に。


友人は拳銃を手にしていた。


震える指。


正規の手続きではない。


知人から借りた非公式の銃。


「警察より先に……俺が止める」


決意は、重い。




夜。


廃ビル。


割れた窓から月光が差す。


湊はそこにいる。


仮面はしていない。


足音。


友人が現れる。


銃を向ける。


「終わらせる」


湊は静かに見る。


「遅かったな」


「もう包囲されてる。逃げ場はない」


「逃げる気はない」


一歩、近づく。


銃口が揺れる。




「俺がいなきゃ、また腐る」


湊の声は静かだ。


「腐るたびに殺すのか?」


即座に返る。


沈黙。


風が吹き抜ける。


「必要な犠牲だ」


「誰にとって?」


答えはない。




友人の指が引き金にかかる。


だが、撃てない。


思い出が邪魔をする。


笑い合った日々。


徹夜で書いた提言書。


未来を語った夜。


「撃てよ」


湊が言う。


挑発ではない。


確認のように。




次の瞬間。


湊の端末が光る。


画面に映るデータ。


友人の過去。


学生時代、内部告発を握り潰した一件。


混乱を恐れ、表に出さなかった不正。


小さな罪。


だが、確かに“隠した”。


「お前も同じだ」


湊の目が冷える。


「選んだだろ。守る側を」


公開ボタンに指が伸びる。


「やめろ!」


友人の声が裂ける。


「お前が壊してるのは社会じゃない。人だ!」


湊は止まらない。


「罪は——」


銃声。


乾いた音が、廃ビルに響く。




沈黙。


湊の身体が揺れる。


胸を押さえる。


赤が、床に落ちる。


友人の手は震えている。


撃つつもりはなかった。


だが、撃った。


湊は壁にもたれ、ゆっくりと座り込む。


苦痛の中で、かすかに笑う。


「……選んだな」


友人の目に涙が滲む。


「俺は……止める方を選んだ」


遠くでサイレンが近づく。


包囲は完成している。




湊の視界が霞む。


それでも友人を見る。


かつて隣に立っていた、唯一の理解者。


「生きてるのの何が悪いのさ」


かすれた声。


その言葉は、もう強くない。


ただ、問いのように宙に浮かぶ。




サイレンが廃ビルを囲む。


赤色灯が壁を染める。


友人は銃を落とす。


膝をつく。


選択は、終わった。


第7話「悪徳の罪人」


血が、床を染めていく。


廃ビルの冷たいコンクリート。


遠くで鳴り続けるサイレン。


神埼 湊は、壁にもたれながら笑った。


「……やっと裁かれたか」


その声は、安堵に近い。


友人の手はまだ震えている。


落ちた拳銃が、乾いた音を立てる。


「違う……俺は……」


否定の言葉は、続かない。


湊はゆっくりと視線を向ける。


恨みはない。


怒りもない。


ただ、静かな終わり。


「生きてるのの何が悪いのさ」


かすれた声。


問いなのか。


言い訳なのか。


それとも——願いか。


呼吸が途切れる。


静寂。


ジャッジメントは、ここで止まった。




——死後。


目を覚ます。


風の音。


広がる、灰色の空。


目の前に流れる大きな川。


静かで、果てが見えない。


三途の川


その向こうに、巨大な門。


炎が揺らめく。


地獄の門


重い足音。


振り返る。


玉座に座す存在。


閻魔大王


赤い肌。


鋭い眼。


だが、その声は静かだった。


「己を正義と信じたか」


湊は、少しだけ考える。


そして首を横に振る。


「信じてない」


間。


「選んだだけだ」


裁く側を。


壊す側を。


誰かがやらなければ、と。


閻魔は目を細める。


「悔い改めれば、道もある」


川の向こう、かすかな光。


救済。


転生。


やり直し。


だが湊は、それを見ない。


背を向ける。


「救いなんていらない」


静かに言う。


「俺は、俺の選択でここにいる」


一歩、歩き出す。


炎の方へ。


熱は感じない。


恐怖もない。


ただ、決意だけ。


「悪徳の罪人は、俺だ」


呟き。


炎の中へ。


姿が、ゆっくりと溶けるように消えていく。




遠くで、閻魔が目を閉じる。


「選んだか……」


地獄の炎が、ひときわ強く揺れる。


正義を掲げた男は、


最後まで正義を名乗らなかった。


ただ、自分の選択を抱えたまま。


炎の中へ消えた。

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