第3話「境界線」
最初は、明確だった。
裏金。
改ざん。
隠蔽。
誰が見ても「黒」だった。
だが三件目から、変わり始める。
新たな標的は、地方の実業家。
違法ではない。
だが倫理的に問題がある投資構造。
合法ギリギリの租税回避。
労働環境の黙認。
証拠はある。
だが、罪か?
モニターの前で、神埼湊は動かない。
「……黒だ」
自分に言い聞かせるように呟く。
公開。
拡散。
炎上。
株価急落。
企業は謝罪。
法的処分は、なし。
SNSは割れ始める。
《やりすぎじゃないか?》
《合法なら問題ないだろ》
《ジャッジメントも暴走してる》
だが同時に、
《甘い顔するな》
《グレーを許すな》
《腐敗は小さいうちに潰せ》
支持も消えない。
むしろ、過激な声が増えていく。
「次は誰だ?」
「全部暴け」
喝采は、要求へと変わっていた。
夜。
友人が部屋に立つ。
「最近の標的、明確な違法じゃない」
湊は視線を外す。
「違法じゃなくても、腐ってる」
「腐ってるって、誰が決める?」
沈黙。
友人は、まっすぐに言う。
「お前は、誰に許されたんだ?」
その言葉は、刃のように静かだった。
湊は答えない。
ただ、モニターを見つめる。
「……誰にも」
小さく、心の中でだけ返す。
だが口には出さない。
警察庁内。
特別対策室。
複数のモニターに並ぶ通信ログ。
「IPの分散は高度だが、癖がある」
「同一ルーティンの暗号化パターン……三件目から変わっている」
捜査は、静かに進んでいた。
顔はまだ不明。
だが、範囲は絞られつつある。
次の標的。
過去に軽度の情報操作を行った地方議員。
違法性は薄い。
だが、世論誘導の履歴は残っている。
湊の指が、送信ボタンの上で止まる。
一瞬だけ、迷い。
だがその背後に浮かぶのは、母の横顔。
病室の匂い。
「小さな嘘が、誰かを殺す」
送信。
世界に流れる。
翌日。
抗議デモ。
「私刑反対」
「言論の自由を守れ」
同時に、
「徹底的にやれ」
「ジャッジメントを支持する」
社会は、二つに裂ける。
境界線は曖昧になり、
誰も自分がどちら側か分からなくなる。
夜。
湊は一人、部屋に立つ。
モニターを消す。
暗闇。
静寂。
ふと、鏡に映る自分を見る。
仮面をつけていない顔。
「俺は……」
その先は出てこない。
代わりに、いつもの言葉が浮かぶ。
「必要な犠牲だ」
小さく、呟く。
その声は、前よりも少しだけ固い。
境界線は、もう見えない。
だが彼は、前に進む




