第6話「撃てない夜」
夜は、異様に静かだった。
ビルの屋上。
遠くに街の光。
風は弱い。
主人公は立っている。
黒い仮面はまだ着けていない。
手の中の重み。
冷たい金属。
呼吸が浅い。
震えている。
怒りでなく。
恐怖でなく。
現実で。
「……本当にやるのか」
自分に問いかける声。
標的は決まっている。
医療データ改ざん事件の中心人物。
法では裁かれなかった男。
罰金で済んだ責任。
今も業界に残る影響力。
情報は揃っている。
動線も把握している。
計画は完璧に近い。
だが。
指は、まだ動かない。
背後から足音。
友人だ。
息を切らしている。
探して、探して、やっと辿り着いた。
「やめろ」
短い言葉。
それ以上はいらない。
主人公は振り向かない。
「来ると思った」
「壊したら戻れない」
声は震えているのは友人の方だ。
「まだ引き返せる」
「別の方法がある」
主人公は静かに答える。
「戻る場所がもうない」
その言葉は、嘘ではない。
制度は守らなかった。
裁判は救わなかった。
家族は戻らない。
信じていた構造は崩れた。
彼の中で。
「お前が戻れないと思ってるだけだ」
友人は一歩踏み出す。
「俺はまだここにいる」
「一緒にやれる」
主人公は、初めて振り向く。
目は赤くない。
泣いてもいない。
ただ、決まっている。
「一緒にやった結果がこれだ」
言葉が刺さる。
友人は黙る。
反論が、見つからない。
沈黙。
夜風が二人の間を抜ける。
時間は止まったように感じる。
撃てば、全てが変わる。
撃たなければ、何も変わらない。
少なくとも、彼にはそう見える。
指がわずかに動く。
震えは止まらない。
それでも。
決意が、震えを押さえ込む。
この瞬間。
物語は分岐を終える。
理想の“if”は閉じる。
本編へと接続する。
友人は、立ち尽くす。
止められなかった。
理解はしている。
だが、受け入れられない。
夜は、音を飲み込む。
遠くで、サイレンが鳴る。
まだ撃っていない。
だが、もう戻れない。




