第5話「Hell」
世界同時配信。
カウントダウン。
数千万の視聴者。
政府も、企業も、メディアも、
全てが待機する。
仮面が映る。
若きジャッジメント。
沈黙。
そして、口を開く。
「私は裁かない」
ざわめき。
想定外。
処刑宣言でも、制裁強化でもない。
「暴露はする」
「だが、断罪はしない」
画面が切り替わる。
膨大なデータ。
契約書。
資金移動。
内部メール。
改ざん履歴。
すべて、暗号化解除済み。
「データは全公開する」
「判断は市民に委ねる」
世界が息を呑む。
「私は神にならない」
「支配しない」
三十年前、超えてしまった一線。
選ばれなかった道。
それを、彼は選ばない。
過激派のチャットは混乱する。
《なぜ罰しない?》
《弱い》
《逃げだ》
だが同時に、別の声が上がる。
《これは民主だ》
《判断は私たちの責任だ》
《逃げ場がない》
裁きの主語が変わる。
“彼”から、“私たち”へ。
その瞬間。
映像が一瞬だけ乱れる。
ノイズ。
赤い揺らぎ。
炎。
誰も気づかないほど、短い。
だが確かに映る。
地獄。
果てのない炎。
鎖をつけたまま立つ男。
かつて命を奪い、
自らを裁いた者。
彼は、微笑む。
嘲りではない。
安堵でもない。
ただ、選択を見届ける笑み。
「選べ」
声は小さい。
だが、響く。
玉座の奥。
巨大な影。
**閻魔大王**は静かに目を閉じる。
裁きは下されない。
今日は。
地上が、自ら決めたからだ。
炎は荒れない。
鎖も鳴らない。
ただ、見守る。
地上。
配信は終わる。
混乱。
議論。
告発対象の企業は記者会見を開く。
市民団体が動く。
検察が動く。
株主が動く。
遅い。
だが、多数の手が関わる。
責任は分散しない。
共有される。
老いた友人は、静かに頷く。
「……それでいい」
完璧ではない。
腐敗はまた生まれる。
だが。
裁きが一人に集中しない世界。
怒りが神を生まない世界。
それは、三十年前より、確かに進んでいる。
夜。
空は静かだ。
炎ではなく、星が瞬く。
地獄は閉じない。
だが、開きもしない。
最後の言葉。
地獄は、選択のない世界だ。
だが人間には、まだ選択がある。




