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悪徳の罪人  作者: 森 神奈
悪徳の罪人

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第2話「喝采」


“ジャッジメント”という名前は、もはや隠語ではなかった。


ニュース番組のテロップに堂々と表示され、


ワイドショーは特集を組み、


SNSでは専用のハッシュタグが作られていた。


《#ジャッジメント支持》


《#腐敗を許すな》


フォロワー数は爆発的に増え、


切り抜き動画は英雄譚のように編集される。


「やっと本物が現れた」


「政治家も経営者も震えろ」


「ジャッジメント万歳」


喝采。


匿名の群衆は、仮面の男に期待を重ねていた。




薄暗い部屋。


複数のモニターに流れる称賛の言葉。


神埼湊は無言でそれを見つめている。


数字が伸びる。


再生回数。


登録者。


拡散率。


どれも冷たいデータのはずなのに、


胸の奥がわずかに熱を持つ。


「……」


指先が止まる。


別ウィンドウを開く。


そこに映るのは、


とある製薬ベンチャー企業の内部データ。


臨床試験結果の改ざん。


副作用報告の削除。


利益予測の虚偽報告。


画面の隅に、過去のニュース記事。


《副作用により複数名が重篤》


その記事の一文で、視線が止まる。


手が震える。


一瞬だけ、モニターが滲む。




「やっぱり、お前か」


背後から声がする。


振り返ると、そこに立っていたのは友人だった。


大学時代からの唯一の理解者。


共に“社会改革計画書”を書いた男。


「最近、目が変わった」


友人は言う。


「何を見てる?」


湊は画面を閉じる。


「腐ってるものだ」


「それを、全部壊すのか?」


沈黙。


「壊さないと、直らない」


友人は苦く笑う。


「直す方法もある」


湊は答えない。


ただ、静かに言う。


「生きてるのの何が悪いのさ」


その言葉は、誰に向けたものなのか分からなかった。




数日後。


世界同時配信。


黒い背景。


白黒の仮面。


「次の対象は――」


製薬会社創業者の名が告げられる。


同時に流される内部文書。


改ざん前後の比較データ。


隠蔽された死亡例。


世論は爆発する。


株価は暴落。


スポンサーは撤退。


取引停止。


創業者は会見を開く。


「誤解です」


だが、目は泳いでいる。




その夜。


速報が流れる。


《〇〇製薬 創業者、自宅で死亡。自殺とみられる》


ニュースキャスターは淡々と読み上げる。


SNSは再び沸騰する。


「やったな」


「自業自得」


「ジャッジメント最強」


喝采は止まらない。




暗い部屋。


モニターに映る“死亡”の文字。


神埼湊は、固まっていた。


呼吸が浅くなる。


指先が、わずかに震える。


想定していなかったわけではない。


逃げ道がないことも、分かっていた。


だが。


画面に映るのは、


自宅前で泣き崩れる家族。


幼い子供。


その映像が、過去と重なる。


白い病室。


無機質な天井。


機械音。


母の、冷たくなった手。


「……」


目を閉じる。


ほんの一瞬だけ、迷いが浮かぶ。


だがすぐに消える。


「選んだのは、俺じゃない」


低く、言い聞かせるように呟く。


「選んだのは、あいつだ」


再び、モニターを見る。


称賛のコメントが流れる。


《ありがとうジャッジメント》


《あなたは正義だ》


湊は静かに、画面を閉じる。


部屋は闇に沈む。


喝采だけが、残響のように耳に残る。



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