第1話「三十年後」
三十年。
街は変わった。
法律は整備され、
内部監査は機能し、
告発者は守られるようになった。
かつての混沌は、教訓として語られる。
教科書の一節。
ドキュメンタリーの特集。
討論番組の過去映像。
「あの時代は過激だった」
若者たちは、そう言う。
友人は老いた。
白髪。
深く刻まれた皺。
それでも、毎朝ニュースを確認する。
制度は確かに改善された。
だが、完全ではない。
巧妙化する不正。
法の隙間。
倫理より利益を優先する判断。
腐敗は消えない。
ただ、形を変える。
「……人間は変わらないな」
呟きは静かだ。
諦めではない。
理解だ。
その日。
世界同時配信の通知が走る。
《Global Emergency Stream》
画面が切り替わる。
黒。
ノイズ。
そして——
仮面。
白と黒の、無機質な造形。
低い声。
「――ジャッジメントだ」
空気が凍る。
若者たちは首を傾げる。
「誰?」
検索欄に打ち込む。
関連記事。
古い映像。
炎上の記録。
だが、実感はない。
遠い昔の話。
都市伝説。
一方で。
年配者たちは、震える。
息を呑む。
「あの名は……」
忘れたはずの恐怖。
夜ごと鳴り止まなかった通知音。
暴露。
逮捕。
自殺。
混乱。
画面の仮面は続ける。
「腐敗は続いている」
「制度は、眠っている」
「ならば——目を覚まさせる」
映像はそこで途切れる。
SNSは爆発する。
《本物か?》
《模倣だろ》
《また始まるのか》
ニュース速報が走る。
“ジャッジメント”名乗る人物、世界同時配信。
友人は、画面を見つめる。
指先が、わずかに震える。
声。
間。
言葉選び。
違う。
だが、似ている。
「……なぜ今さら」
三十年。
積み上げてきた時間。
遅く、確実に築いた仕組み。
それを再び、炎で照らそうとする存在。
窓の外。
夜が静かに広がる。
遠くでサイレンが鳴る。
歴史は終わらない。
終わらせたと思った物語が、
再び動き出す。
老いた友人は、立ち上がる。
今度は若くない。
走れない。
叫べない。
だが、知っている。
怒りの速さも。
炎の代償も。
そして——
時間の重さも。
物語は、地獄へ落ちるのか。
それとも。




