第1話「ジャッジメント」
ニュース速報の赤い帯が、夜のリビングを横切った。
《汚職疑惑の〇〇議員、内部データ流出により辞職》
キャスターの声は落ち着いている。
だが画面の向こうは騒然としていた。
公開されたのは、非公開契約書。
裏金の流れ。
圧力の証拠。
消されたはずのメールログ。
そして最後に映った映像。
黒い背景。
中央に立つ、仮面の男。
白と黒の対称的な仮面。
感情を持たない目。
歪んだ笑みを象った口元。
低く、静かな声が響く。
「これは裁きではない」
一拍。
「これは、選択だ」
その動画は一夜で拡散された。
再生回数は天井を知らず、
SNSは炎上と喝采で二分される。
“ジャッジメント”
それが、彼の名だった。
翌日。
辞職会見で、議員は汗を拭いながら言った。
「データは捏造です」
だが誰も信じていない。
証拠はあまりに具体的だった。
検察が動き、
党は切り捨て、
世論は冷えた目で見つめる。
テレビのコメンテーターが言う。
「法を越えた私刑は危険です」
別の出演者が言う。
「でも、誰も手を出せなかった問題を暴いた」
街頭インタビュー。
「スカッとした」
「怖い」
「でも必要かも」
正義と恐怖が、同時に芽吹いていた。
暗い部屋。
複数のモニターが並ぶ。
ニュース、SNS、掲示板、海外メディア。
すべてが彼の手の中にある。
キーボードを打つ指は、迷いがない。
だが止まる。
画面に映るのは、辞職した議員の家族。
涙を流す妻。
無言の子供。
わずかに、呼吸が乱れる。
そして小さく呟く。
「……必要な犠牲だ」
モニターの光が仮面を照らす。
数日後。
再び動画が公開される。
今度は短い。
「腐敗は、罰せられなければならない」
「裁かれない罪は、繰り返される」
「私はそれを許さない」
最後に、仮面の奥から声が落ちる。
「生きてるのの何が悪いのさ」
その言葉は、怒りでも、涙でもなかった。
ただ、静かな肯定だった。
世間は震える。
ヒーローか。
犯罪者か。
だが湊は、どちらでもない。
ただ、選んだだけだ。
夜。
誰もいない部屋。
仮面が机の上に置かれる。
ゆっくりと手が伸びる。
仮面を外す。
初めて映る素顔。
疲れた目。
だが揺るがない瞳。
彼は鏡を見る。
そして、自分の名を口にする。
「……湊」
画面が暗転する。
その瞬間、
“ジャッジメント”は誕生した。




