彷徨える看板娘〜巻き込み甘酢餡掛け、戸惑いを添えて〜
※この日記は、"村会からのお知らせ文書(臨時回覧)"の裏に書かれている。
こんにちは!あたしスフレ。
妖精族の女の子。
村外れの草原のそれまた外れにあるレイジの家に居候してる。
あ、レイジっていうのは、魔法使いの人間の名前。
レイジは風の魔法使いで、優しくて、誠実で……
うん、ごめん。惚気。
だって、あたしたちは、恋人同士だもの!
これはそんなあたしたちの日常のひとコマ。
そうそう。この紙なんだけど、余白が多くてすっごく勿体無いの。
でもいっぱい書けるから、そういう意味では、だいっかんげいー。
でね。今日はね。村にひとりで買い物にやってきたところから。
なんか入り口でウマのヒトに止められて、花屋さんに連れてかれちゃったんだけど――
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花屋さんは、前来た時から変わらず、なーんにもお花が無かった。
緑一色、葉っぱは綺麗で元気だけど、華のない植物たち。
「それで、スフレちゃんは村に何の用なんだい?」
これはこの花のない花屋の店主、アルさんの発言。
アルさんはレイジの師匠。飾らない態度のいいヒトだけど、失礼はないようにしなくちゃ。
「レイジがね。今日誕生日っていうから、サプライズプレゼントが欲しくてー!」
「なるほど……。それでレイジと別行動なんだね。」
アルさんは、ウマのヒトと違ってすんなり納得してくれた。
ウマのヒトは「規則だからねー」ってレイジと一緒じゃないと村に入れてくれなくて……。
ごねてたらここに連れてこられたのだ。
ちなみにヒトの村の周りにも結界があるから、こっそり乗り越えても普通にバレる。
この辺は妖精の村もそうだし、どこも同じかなー。
「そうかー、それならレイジに連絡するわけにもいかないねぇ。
じゃあ、僕が身元の引受人になろう。
見知ってるとはいえ、何も無しで出入りさせるわけにはいかないだろうからねぇ。」
アルさんの言葉に、ウマのヒトはホッとした顔になって、何やら書類を書いてもらって帰っていった。
その間?書類を見せて貰えるわけでもないから、お店の植物の葉っぱの感触を楽しんでた。
柔らかくてふかふか。
よく育てられてる、ってことかなー。
詳しくないから、実際のところはよく分かってないけど!
「……で。スフレちゃん。プレゼントの目処はついてるのかい?」
お店から出るウマのヒトに手を振られ、あたしも手を振りかえしてたところ、アルさんに尋ねられた。
うん。そう。そこが問題なの。
「アルさん、相談させてぇ……、こほん、そこを相談させてください。
そうだ、レイジはお茶よく飲んでるから、それが良いかな?」
「そうだね。レイジは紅茶好きだね。
なら、この村で珍しい茶葉を一番もってるのは、自慢じゃ無いけど僕だ。」
頼もしい。
目をキラキラさせて、アルさんを見つめる。
「でもねぇ……。
レイジってかなりしっかり者だろう?
好きな茶葉は切らさないし、僕のところにあるのは、大体彼、揃えちゃってるんだよね。」
あー、そっか。確かに。
戸棚の奥に、色んな匂いの葉を見た気がする。
「だからね。きっと違うものがいい。
紅茶繋がりなら、なにか紅茶に合うお菓子でも買うのはどうかな?
広場の露店に色々売ってるはずだよ。」
「なるほど。ありがとう!アルさん!
あたし見てくるねー!!」
「はいはい。
……あ!村を出る前に、またここに寄ってね!
連れてきてくれた彼が困るからー!!」
後ろから追いかけてきたアルさんの声。
くるっと回って受け止めて、叫び返す。
「はーい!分かりましたー!
行ってきまーす!!」
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……迷った。
アルさんの店を出た5分後には、すでに来た道を見失ってた。
まぁ、先に目的を果たして後で探せばいいかーって、思ってふらふらしてたんだけど。
そしたら村の外れで、気になる露天を見つけた。
何故か何もないところに、ぽつんとある。
降りてみると、それは小さなパン屋さん。
小ぶりの木箱、その上に並べられた素朴なパン。
パン自体はいくつかあるのに、全部種類は同じ。
箱の上には、パンの他に容器がひとつ。
中に棒状に細く切ったパンが刺してあった。
試食かな?
ひとつ取り出して、頬張る。
……あ。これ美味しい。あたし好み。
目を閉じてもぐもぐしながら、味と匂いを楽しむ。
「こらっ!」
怒られた。
目を開けると、ヒトの……、男の子?
レイジやアルさんと比べると、背丈がだいぶ低い。
髪の色は、レイジより黒くない。灰色がかってる感じ、瞳も同じ色だった。
「それは客の試食用。ここは無料食堂じゃない。」
「あたし、お客だよー?」
「金持ってるのか?」
「……あ!」
――かんっぜんに、忘れた!
うー、鳥籠から袋を持ってこようと思ってたのにー!
「金を持ってないやつは客とは呼ばないんだよ。」
まさに正論。ぐうの音も出ない。
ぐぅう〜
……いや、ぐうの音はちゃんとでた。
もとい、あたしのお腹の音だけど。
「よほど腹が減ってるのか?仕方ないな……。」
「ちが!違うから!
パンは食べたいんじゃなくて、持って帰りたいの!」
「金持ってないんだろ?」
確かにそうなんだけど……
なんか無いかなー、と身体や頭を触る。
指にリボンが触れるけど……。
あー、ダメ。これはあげれない。
ほんと何もなかったから、あたりを見渡す。
けれど、周りもあたし同様、本当に何もなかった。
「ヒト、来るのここ?」
「悪かったな。場所を借りれなかったんだよ。
どこも伝手がないとダメで、不要だったのがここだ。
何で俺じゃダメだって言うんだよ。」
「……大人じゃないから?」
「うるっさいな、ちび妖精。
金を持ってないんだから帰れよ。」
鳥籠の袋、あれを取りに帰れたら、とは思うけど。
出たらまた入るのに苦労すると思うんだよねー。
試食のパンの残りを齧りながら考える。
戻すわけにいかないし、これは不可抗力。
「ねー。ここにお客さん連れてきたらさ。
そのパン一個くれる?」
「あ?まぁ、連れてくるのが客で、ちゃんとまとまった数売れるんならいいぜ。」
やった、交渉成立。
「オッケー、じゃあ約束だよー。」
それじゃ、と、パンの残りを口に放り込んで、再び宙に舞う。
あ、でもこのお店、どう案内したらいいんだろ?
そう思った矢先に、並べてた木箱の上にいいものを見つけた。
店の名前らしき文字が書かれた、小さな木の板。
まさにぴったり。ちょうどいい!
「これ、借りるねー!」
◇◆◇◆
(挿絵: 強奪したスフレ(使用ツール:ChatGPT Image Generation))
◇◆◇◆
ばっと手に持って、一気に上昇。
なんかぎゃーぎゃー聞こえた気もするけど、
すぐお客を連れて戻れば良いはず。
あたしもお腹空いてるし、はやく済まそー。
口の中のパンを飲み下しながら、あたしはヒトのいそうなところを探して、しゅっと翔んでいった。
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(後日の気付き)
おっと、サプライズの予定だったんだから、準備をまんま全部見せちゃダメなんじゃない?
あー、でも、それだと日記にならない……?
じゃあ、同じ日の、あたしのじゃ無い日記を上から貼ればいいんじゃない?
ラフィの日記、見せてもらったんだよねー。
あなた最初の印象こうだったわよ、的な感じに。
あの時見た日記の内容を思い出し魔法で……。
うんうん、記憶が呼び起こされてきた。
ちょっと文章硬いけど、いっか。
貼って隠すだけだし。
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《張り紙:ラフィの日記(写し)》
リンデル村、かぁ。
私は、1人ベンチに座ってぼーっとしてた。
王都行きの代わりの馬車が来るのは、夕方。
ほんと、なーんにもすることがない。
かなり新しい村、森を切り開いて作られた開拓村のひとつ。
王都にも近いし、地理的な要因から開拓で生まれた村々をつなぐ要所となりつつあるところ。
この前授業で習ったそこに、乗合馬車の故障で寄ることになるなんて思ってもみなかった。
もう10年もすれば、王都の近所とさして変わらないくらい発展するらしいけど……。
いまは田舎。ど田舎じゃ無いってだけで、見るところもなさそうなただの田舎だった。
旅行カバンもあるし、いかにも何もなさそうな村をうろつくのも面倒。
……このまま、時間潰すしかないかなぁ。
暇すぎたので、最近やっと習いはじめた魔法の復習をすることにする。
私の属性は、炎。
女生徒には珍しいのもあって、結構自慢。
視線を少し横に向ければ、ふたつに縛った長い髪が揺れてるのも見える。
その色は赤茶色。家族はみんな茶色。だから火の属性は半ば予想してたんだけど。
学校に行って、確定したら、その嬉しさもひとしお。
思い出して、指をくるくるさせながら、ふんふんと上機嫌になっていたら……
「こんにちはー!ひまー?」
「うわぁっ!?」
いきなり、後ろからかけられた声に淑女らしからぬ悲鳴をあげてしまった。
振り返ると、そこにいたのは……
「え……?」
宙に浮かぶ小さい女の子。
小さな手足、小さな顔、人形のような可愛い服、そして背中から生えた翅。
長い金髪は、強い魔力を宿して輝いていた。
ーー妖精族
この辺に出る、って聞いたことはあった。
私たち人が、森を開拓する中で出会った異種族のひとつ。
小さな体躯に翅、そして高い魔力。
種族の魔法使いともなれば、ひとつの村をも灰燼に帰すほどの能力があると聞く。
何度か小競り合いも聞いたことがあって、その度に散々な目に遭わされた、らしい。
事実、髪に結んでるリボンからも、強力な風の力も感じる。
人との関係は、中立。敵対してないけど交流は殆どない。王都にも年に1,2回使者が来る程度。
そんな森の奥に住む、神秘的な……、可愛いけど厄介極まる要注意種族、だったはず。
その、知識があればこそ。
どう動いたらいいのか分からず、固まる。
その間に、その妖精の子は、あたしの正面に回り込むと叫んだ。
「ねぇ、パン買わない?」
その、あまりに生活に馴染んだセリフ。
緊張感と対極の話題に、硬直が解けた。
「ちょ、……え、ほんとに妖精?こんなところに?なんで?」
攻撃してくる感はまるで無いけど、防御の魔法を展開する準備だけは怠らない。
……まだまだ練習中だから、無事発動できる確率は低いけど。
「買い物に来たんだよー!でも財布忘れた。」
その妖精は、楽しそうに間抜けな失敗を説明してくれた。
「……ダメじゃん。」
気づいたら、呟いていた。
気が抜けた拍子に準備した魔法も霧散する。
怒るかな、と一瞬身構えたけど、妖精の子は楽しそうにニコニコしてた。
人懐っこい?話したいだけ……みたいかな?
見ていたら、触れて欲しそうに、小さな看板を顔の前に掲げる。
少し視線をずらしたら、その視線の先にも看板を持ったまま回り込まれた。
なんか、標的にされてるみたい。
雰囲気的に大丈夫そうだし、諦めて普通に話すことにする。
「なにそれ?何の看板?」
その聞いて欲しそうなモノ、看板に触れた途端に、持ってた看板を渡された。
手にとってひっくり返してみても、見た目通り。明らかに、露店かなんかの看板。
書かれた文字は……
「ヤルバ村のパン屋……?あなたパン屋さんなの?」
読み上げただけ。
ヤルバ村というのも、どこだか分からなかった。
妖精の村の名前?って思ってたら、彼女は首を横に振った。
「違うよ?でも、お客さん連れてきたらパン貰えるの。」
「バイトね。さては、無銭飲食でもした?」
村にいるって事は、少なくとも人間のルールを守る気はあるはず。
機嫌を損ねた瞬間に襲われる事はないだろうと踏んで、境界を図るのも兼ねて少し踏み込んだ言葉にする。
「してないよ?でもパンは要るのー。」
言った瞬間に、彼女のお腹が、ぐぅうーと可愛らしい音を立てた。
手で押さえて恥ずかしそうにする姿に思わず口元が綻ぶ。
「なるほど。必要性はよーく分かった。」
悪意や試す感じの含みは全くない。
本当にただ、言葉の通りみたい。
危険性は無い、そう踏んで緊張を解く。
「あたし馬車待ちで、別に暇じゃないんだけど。」
答えを予想しつつも、最後の足掻き。
「そーなの?でも時間があるなら、パン買って欲しいなー。」
そのお願いは、買ってくれるまで付き纏うよ?って顔をしながら、発せられた。
「妖精か……。学校の話のネタには、ちょうど良いかなぁ。」
自分を納得させるのも含めて、言葉にしながら立ち上がる。
実際、話のネタとしては最上級。持って帰れば、かなり食いつきは良さそう。
「いいわ。一緒に行ってあげる。
高いパンじゃないんでしょ?」
聞くと、にっこり笑って指をひとつだけ立てた。
「確かー、銅貨ひとつ!」
「やすっ!それ大丈夫なの?」
思わず叫んでた。
いくらこの辺が物価安いって言っても、あまりに破格。
「あれ?みっつだった?忘れちゃったけど。」
私の反応に焦ったのは彼女の方だった。
わたわたと小さな手足を動かして言い訳してる。
「いい加減ねぇ……。本当に大丈夫?」
思わず、と言った感じに口を突いて出た言葉に、妖精はしっかりこちらをむいた。
少なくとも耳のほうは、高性能みたい。
「うん。味は美味しい。たぶん安いよ。だってあなたくらいの男の子がお店してる。」
「……へぇ。それは、興味あるわね。」
商売をする同年代。
看板に手で弄りながら、思う。
こんなところに同級生なんていないだろうけど。
離れた故郷の村を思い出す。
魔法という長所が見込まれて、学び始めた私と、故郷に残る兄弟。
まだ全然、大成なんて出来てないけど。
今頃みんなどうしてるかなぁ。
「それで、何処なの?案内して。」
「やった、お客様ゲット!」
告げた瞬間。彼女は小躍りして喜んで、空中をくるくる回りだした。
そのテンションは、買うと言った瞬間の王都の物売りを思い出して……。
なんか、神秘の種族とかそう言うベールが剥げてく気がする。
気が抜けた感じに眺めてると、彼女はすっと上空に上がって……。
……きょろきょろしてる?
「ちょっとー?どうしたの?止まって。」
声をかけたその瞬間、妖精の子はググッと顔の直近まで近づいてきた。
そして、困った顔で口を開く。
「どうしよう。道わかんなくなっちゃった!」
「え。ええー!?」
道を忘れた案内人、彼女はそんな矛盾した生き物だった。
◇◆◇◆◇◆
「どの辺から来たのよ。貴女。」
「えーと、最初お花屋さんから出て、それからお店がたくさんあるところに行って……」
彼女の話は、申し訳ないけど、全然要領を得ないものだった。
「市場?西の出口?太陽の沈む方?どのへんかなぁ?
この辺の地理感覚ないから分かんないのよねー。」
歩き回るしか無いかな、って思いながらも。
なんか引っかかるキーワードがあってくれないかなぁ、って思って口に出す。
……反応なしかぁ。
がらがらと鞄を引く私に比べて、妖精は随分と身軽。
ヒュンヒュンと先行しては、振り返って私の到着を待ってる。
「そこの通り、ちょっと広いんじゃない?
ちょっと覗いたら、そのパン屋のこと何か思い出さない?」
先に行って、見つけて案内してくれてもいいんだから、って念を込めて言葉を飛ばす。
もちろん通用しないんだけど。かけた言葉をそのまんま受け取って、彼女が翔んでいく。
素直なところは、可愛いと言えば、そうかも。
看板を持ったまま、通りを上から下から、器用に人の間をすり抜けて翔んでる。
時折上空で立ち止まるのもあって、まるで空飛ぶ看板状態。
その看板娘だか娘看板だかは、通りを隅々までぐるっと一周してから、視線をいっぱい引き連れたまま、私の元に戻ってくる。
「思い出した?」
成果は聞かなくてもわかる。
だからこれは、まだ歩く必要があるの?って意味を含めた確認。
「んー……、ごめん。分かんない。」
帰ってきた言葉は、こっちも予想通り。
ふらふらと飛びながらも、通りの方を気にしてるから、真剣に思い出そうとはしてくれてるみたいだけど……。
しかし、彼女の近くにいると、注目が集まっててむず痒い。
この辺では珍しい王都の学生服を着たままだし、変な風に記憶に残るのは避けたかった。
「……しばらく歩くしかないか。」
ため息混じりに呟く。
すると、妖精はすまなそうな顔で、私の周りをクルクルと回った。
ちょっと可愛いかも知れない……。
「しっかたないわねー、貴女。
そんなんじゃ、呼び込み失格じゃない。」
「呼び込み?お客さんを見つけてって言われただけだよ?」
彼女の自覚の無い発言に、肩をすくめる。
彼女は、この妖精は、単純さから言って危険性は無い。
わざとなんじゃ無いかと思うくらい隙が多かった。
「それを呼び込みっていうの。
これで。そのパンとやらが美味しくなかったら、文句言うわよ?」
触れられるんじゃ無いかって距離に手を近づけても、全然逃げない。
これ、大丈夫なんだろうか?
無防備すぎる気がするんだけど……。
でも、村を潰せる魔力を持ってるかもって考えると、おいそれと捕獲を試す気にはなれなかった。
「大丈夫ー!あたしは、お気に入り!
いいお店だよ?」
彼女は呑気にも、空中でくるくる回って、看板を回してアピールを決める。
看板として見れば、よく動いて目立って、有能かも知れない。
「でも、場所わかんなくなったんでしょ?」
「う、それはそう……。」
突っ込んだら、目に見えてしょげた。
可愛い。
なんか、近所の犬を見てるような気分になる。
「あ、でもきっとこっち。見覚えがある気がする!」
「……本当かなぁ?」
立ち直りも早い彼女。
その後ろを、ガラガラと鞄を引っ張りながらついて行く。
なんか、手のかかる妹ができたような、ペットに引っ張られてるような……。
この妖精の案内について行くのは、何とも言えない不思議な感覚だった。
◇◆◇◆◇◆
ついた先は、市場だった。
パン屋があるとすれば、確かにここが第一候補。
……だけど。
彼女が、頭を抱えて唸ってるところからすると、
多分ここじゃ無いんだろう。
なのに、ここに惹かれてきたと言うことは……
「貴女、食べ物の匂いに釣られただけなんじゃないの?」
言ってみたら、ショックを受けた。
少なくともそんな顔をして、お腹を押さえた。
……いや、単にお腹が鳴るのを抑えてるだけかも。
ひらっと翔んで、市場に背を向けた彼女の後ろ姿に、涎を垂らしてるイメージが張り付く。
思わず、その背中をちょいちょいと突いた。
「なんか買ってく?」
「え、ほんと!?」
こっちを向いた彼女の顔は、完全に肉をあげた時の近所の犬そのもの。
目がキラキラしてるし、翅がすっごい反応してる。
違うのは、涎の垂れ方が少ないとこくらい。
そんなキラキラな彼女は、突然止まって、翅がしおしおになった。
んー、何か心配事……?
「ガッツリ食べなければ、パンくらい入るわよ。」
多分これかなって思って、当てずっぽうで言ってみたら、的中したらしい。
キラキラが戻って、空中でクルクルと回転した。
「何がいいの?」
「おにく!」
聞いたら即答が返ってきた。
妖精って、お菓子とかじゃ無いんだ……。
ますます、彼女のイメージが犬に近づいていく。
「一択なわけー?この辺って別に肉の名産というわけじゃないわよね?
むしろ近くの湖の魚かフルーツの方がおすすめなんじゃないの?」
この辺の名産を思い浮かべながら、聞いてみる。
「んー、何処でも売ってるし、変わり映え無いよ?」
返答は、案内人としては仕事を遙か森の向こう側に放り投げた発言。
「そりゃ、ここに住んでる貴女はね。
観光案内……、というわけでも無いのか。ただのバイトだったわね。」
思わず仕事ぶりに文句をつけてから、そういえば妖精に人間の村への義理は無いかって考え直す。
せっかくだから、私としては話のネタになるものが欲しいけど。
この子に聞いても、多分ろくな答えが返ってこない。
「……まぁ、いいか。私は私で欲しいもの買えばいいし。
あんたの欲しいのはどれなの?」
尋ねた途端、彼女は猛スピードで空中を駆けていった。
探すそぶりすらなく、ピタリとお店の上空で停止すると、声を張り上げた。
「ここだよー!あたしが欲しいのコレ!
パンもいいけど、お肉も好きだよー!」
……めちゃくちゃ目立ってる。
市場の中で一際注目を集めて、彼女のすぐ下のお店の店主も満更でもなさそうだった。
そんな感じに、翔ぶ広告な彼女と暫くウロウロして、余計なものも多分に買って……。
私達が市場を後にしたのは、予定の倍以上の時間と食べ物を費やした後になった。
なお、彼女のおすすめは、何故か不思議とハズレはなかったことを記録しておく。
◇◆◇◆◇◆
最後にやってきたのは、高級な店が並ぶ区画。
多分、村のお偉いさんとか、お金持ちが集まってるところだろう。
ここは間違いだろうと思って踵を返し始めたら、
なんか彼女がふらふらと翔んで、あたりを確認しだした。
身なりの立派な、貴人たちの間を物怖じもせずに縫って翔んで、ここでも注目を集めてた。
……いちまいって、銀貨のことじゃ無いわよね?
私、そんなパンを買えるほど裕福じゃ無いわよ?
そう心配になり始めた頃、彼女は離れた時と同じようにふらっと帰ってきた。
「ここ?」
聞いてみたら首を横に振ったので、安堵する。
「見覚えあるけど、違うよ。ここじゃない。」
「まぁそうよね。
看板の様子的にも、この辺よりもうちょっと素朴というか、質素よね。」
今更ながら、彼女の吊り下げてる看板を見て思う。
あからさまな手書きだし、高級感はかけらも無い。
「そうそう。質素だし、パンも一種類しか無いんだけど。
おいしいんだから!」
言い訳なのか、反論なのかよく分からないけど。彼女が自信満々に宣言する。
それよりも気になったのは……。
「一種類しか無いわけ……?初耳なんだけど?」
「あれ?そうだっけ?
でも、美味しければ別にいいんじゃない?」
さらりと言い放つ彼女。
確かに。たくさん種類あっても全部買うわけじゃ無いけど。
けど、最初から一種類だけというのはまた、思い切りの良い割り切りだと思った。
「……まぁ、逆に興味は湧いてくるわね。」
苦肉の策なのか、こだわりの極地なのか知らないけど。
そういうのは嫌いじゃ無い。
「あー!いた!!お前ー!!」
響いた怒鳴り声に振り返る。
そこに居たのは、走ってきたのか肩で息をする少年。
黒髪で黒目の、どこにでもありふれた容貌。
「あ、良かった合流できた。お客さん連れてきたよー!」
スフレが飛びついたことで、その子がパン屋の少年なんだろうって思う。
「おまえな!店の看板を持っていくな!
それ置いとかないと、物を売っちゃいけない決まりなんだ!散々探し回ったんだぞ!」
「ごめん!しらなかったー!
……でも。それならパン残ってるよね?
まだ買える?」
「おまえな……。」
外から見てる分には、妖精と少年のやりとりは微笑ましい。
ええ、見てる分には。
「苦労してるわねぇ……。」
その呟きに少年が反応して私を見た。
多分、それで向こうも状況を察したんだろう。
どちらからともなく笑って、顔を見合わせる。
「俺は、カイ。ヤルバ村の出身。この前、パン屋にようやっとなったところ。君は?」
差し出された手を握る。
男の子の手は分厚くて硬い、でも暖かだった。
「わたしは、ラフィーア。ラフィって呼ばれてる。
出身は、王都の方。学生。魔法使いの卵よ。」
出身を素直に言いかけて、そこまでの関係でも無いかって思ってぼやかす。
「あたしはスフレー!妖精族だよ!」
そこに、件のお騒がせ妖精が割り込んだ。
手の甲に小さな拳の感触を感じる。
「「はいはい……。」」
口に出た言葉は、私も彼も同じ。
吊り橋効果、じゃ無いけど、疲労感の中に妙な親近感を感じる。
「お客さんだろ?ならついてきてくれ。
まだ一種類しかできないけど、オヤジに太鼓判を押されたとびきりのやつを持ってきてる。」
話題を切り替えたのは、彼の方。
一種類しかないパンの秘密、それはあっさり明かされた。
その仕草や態度は、何となく故郷の兄を彷彿とさせる。
「道中、スフレからね。めちゃめちゃ宣伝されたわ。
彼女のお気に入りみたいよ、それ。」
「お客に好かれたいところなんだがなぁ……。」
「まずは売れるところからじゃない?
ひとつ買って味見してあげる。」
王都だとまず無い、男の子とのフランクなやり取り。
彼と移動しながら、久々に田舎娘に戻った私は、彼といろんな話を弾ませた。
小麦の話、気候の話、害虫の話、土と雨、風の匂いについて。
王都の子たちじゃついてこれない、そんな話に存分に付き合ってもらい……。
今回限り、って思ってたのに、何故か手紙の送り先なんかも交換して別れた。
ヤルバ村のカイ、か。
現地を訪れることは、おそらくないけど。
また田舎の話がしたくなったら、彼に手紙を送ればいい。
カイのパンは、思ったよりもずっと小麦の香りがして、美味しかった。
あれなら、おすすめも納得の出来。
あぁ、そうそう。
市場で買いすぎた品はスフレに渡した。
喜んでクルクルしてる彼女に、食べ物なら何でも喜ぶんじゃないの?って疑う。
妖精って、意外と即物的?彼女が特別?
友達にこの話をするにしても、こんなの信じてもらえるかが大分怪しい。
そういう意味では、期待は完全にハズレ。
だから、彼女が持つのに苦労するほどの量を分けたのは、ちょっとした意趣返し。
……あるいは、奇縁を繋いだお礼かな。
何にせよ。
あたしの思わぬリンデル村の訪問はそんな感じで幕を閉じた。
わざわざ出発を見送ってくれたカイは、あたしに気がある……?
なーんてね。
[newpage]
あーあ、明後日には学校に戻らないと……。
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「……なるほど。
それで、パンを貰ってきたんだね。」
あたしから経緯を聞いたアルさんが、お茶のカップ片手にうんうんと頷いてくれる。
彼の前には、パンがひとつ。
3つパンをもらったから、ひとつはお裾分けした。
「酷いんだよー。ラフィとカイでずっと話してて、あまり構ってくれないの。」
「何を話していたんだい?」
「街と村の話かなぁ。それに小麦とか土の話。あと流行り物とか、生活の違いとかかなぁ。」
「スフレちゃんも混じればよかったのに。
妖精の村の話とか、みんな興味あったと思うよ?」
「村はね……。ちょっと、場所とか秘密にしてるから……。
それに、ぱらぱらとお客さんがやってきてたし。」
「へぇ、入り口と、全く反対にあるところなのに。
そりゃ、スフレちゃん、上手くやったねぇ。」
「へ?あたし、上手くできてたの?
連れてきたのラフィひとりだけだよ?」
「看板を持ったまま、パンのことを話しながら村を一周したんだよね?
それはさぞかし目立ってただろうから。ちゃんと宣伝になってたさ。」
アルさんは、お茶に話しかけてるみたいに眺めて、カップを揺らしながら話を続ける。
「だからこそ、パンを3つもくれたんだと思うよ。
……ま、理由はそれだけじゃないかも、しれないけどねぇ。」
思い返せば、確かにカイはずっと嬉しそうだったかも。
……あれって、そーゆーこと?
「……そういえば、ラフィちゃんからもなんか貰ったのかい?」
「うん。ドライフルーツ。買ってたやつをどっさり分けてもらった。
このパンによく合うよーって。」
「おや、それはお土産が豪勢になったねぇ。」
「うん!レイジを驚かせられるかなー?」
「ははは……、それなら心配ないよ。最初っから充分だね。」
そう言って、パンをひと齧り。
悪くない、という言葉が聞こえたような気もした。
「しかし、そんなに持って帰れるのかい?
レイジの家までは結構距離があるだろ?」
「うん。それは大丈夫!魔法があるから。」
「あ、ひょっとして人化魔法かい?
アレは、今はやめた方がいいよ。
出てった人と入った人の記録が合わないと、警邏の人たちが困るからね。」
「えー……、じゃあ、どうしよう……。」
パンだけならともかく。ドライフルーツも抱えて、となると、かなり重量があるから、レイジの家まで運ぶのは辛かった。
「心配しなくても、そろそろ迎えが来るよ。」
アルさんが、ぽつりと呟いた。
その直後――
「師匠、スフレ見ませんでしたか?」
お店の扉が開き、まるで呼び出されたかのようにレイジが現れた。
突然過ぎて隠れる暇も無かったから、まともに顔を合わせてしまう。
あー、サプライズがぁー。
がしがしと頭を掻く。
髪が溢れて、レイジみたいにうまく掴めてないけど。
「スフレ!出かける時は一声かけてから行けと言ったろ?」
そうだった!
出発時点で、既に良くなかったかぁー。
「……多分、ひとこと言って出てきても、なんかの理由付きで来たと思うけどね。」
さらっと、そんな声をかけられた気がして、アルさんの方を振り向いた。
けれど、彼はそんな素振りもない澄まし顔でレイジを見てるだけ。
気のせいかなぁ……?
「スフレ!聞いてる?」
正面に向き直ると、目の前にレイジの顔があった
「あ、ごめんー!今度から絶対そうするー。」
笑って誤魔化しながら告げる。
そうすると、レイジの顔はあまり納得いってなさそうな表情を浮かべながらも引いていった。
あたし自身、あんまり自信ないから無理もない……。
「……それで、えっと、誕生日のお祝いがあるんだけど。」
話題を切り替えて、手に入れた包みを彼に渡す。
「わざわざ朝来て、村を翔び回って準備したみたいだよ。」
「あはは……」
アルさんの入れてくれたフォローに感謝しつつも苦笑い。
なにせ銅貨の袋さえ忘れて無ければ、1時間で終わった話だから……。
袋から出したパンを出して、摘むレイジ。
……あれ?ちょっと迷ってる?
「ごめんね。苦手だった?」
「レイジのいつも買う種類のパンじゃ無いね。
でも、せっかくの機会だ。試してみるといい。
……必然性がなくたって、寄り道はきっと楽しいからね。」
横からふわっと飛んでったアルさんの言葉。
それに後押しされるみたいに、彼はパンをひと齧りした。
「……うまい。」
「やったー!」
サプライズは失敗だけど、喜んでくれたなら、全てを覆して大成功。
そうじゃないかもしれないけど、あたしがそう決めたし、あたしの心は大賛成してる。
くるくると、レイジの真上を翔び回って……。
あ、勢い余って。彼の頬にーー
……ぶつかっちゃう。
「ん……」
「……おっと、危ないぞ。」
……手のひらで、抱き止めてもらっちゃった。
だから。
その手にあるパンの齧りかけをひとちぎり。
「もーらい。」
……うん、やっぱり。とっても美味しい。
レイジといっしょに、味わえた気分で。
まるで焼きたてみたいに、暖かい。
ーー顔を見合わせて、微笑む。
緑いっぱいのお店。
そこに降り注ぐ昼下がりの午後の日差しは、見守ってくれてるみたいな暖かさだった。
※本作はpixivにも投稿しています。
※ 同キャラ同世界の別の短編「一粒チョコの秘密包み手作り風 〜シロップなんて添えてないんだから!〜」もあります。
※スフレとレイジの初めての出会い(ややシリアス寄り)はノクターンノベルズにて。
※挿絵は、AIイラストです。(使用ツール:ChatGPT Image Generation)




