大将軍シェーラ本営文官の回想 ~一人で万を斬る~
「おじいちゃん、今日も何かお話ししてよ」
そう言われて、わしは目を細めた。
膝の上で跳ねる孫を見ていると、昔のことが、ゆっくりと思い出されてくる。
「そうさな……今日は、おじいちゃんが“戦場”にいた頃の話をしようか」
「わあ、楽しみ!」
おじいちゃんはな、魔力もなければ、体力もない。
家柄もなく、貧しい家に生まれた、ただの平民だった。
けれど、一つだけ、人に誇れるものがあった。
――計算だ。
数字だけは、昔から得意でな。
暗算も早かったし、量も距離も、頭の中で自然と並び替えられた。
もっとも、そんな力は役に立たないと言われていた。
「計算なんぞできても、剣も振れぬ者に何ができる」
そう笑われ、馬鹿にされたものさ。
人生が変わったのは――
大将軍シェーラ様に出会ってからだ。
ある日突然、「お前の計算力が必要だ」と言われた。
冗談だと思ったよ。嘘だとも思った。
だが、言われるがままに連れて行かれた先には、わしと同じように、計算や暗算を得意とする者たちが集められていた。
司令部付きの、文官だ。
兵士たちは言った。
「そんな連中、何の役にも立たん」
「前線にも出られぬ無位無官の集まりだ」と。
・・・・・わし自身も、そう思っていた。
だが、大将軍様は違った。
「君たち一人が、千人の兵を救う」
「その千人が生き延びれば、万の敵を打ち破れる」
「つまり――君たちは、一人で万の敵に匹敵する」
その言葉を聞いた時、胸が熱くなった。
初めて、自分が“必要とされている”と感じた瞬間だった。
戦が始まった。
わしらは司令部に籠もり、資料を受け取り、ただひたすら計算を続けた。
兵の数。
食料の量。
街道の距離。
輸送にかかる日数。
荷を運ぶ牛や馬が食べる草の量まで――。
一つ間違えれば、十人が死ぬ。
そう言われながら、三日三晩、眠らずに数字を追った。
なぜ、村や町の資料まで送られてくるのか。
最初は分からなかった。
だが、すべては「食わせ続ける」ためだった。
兵を戦わせる前に、生かし続けるための計算だったのさ。
ある時、大規模な戦が始まった。
かつてない数の兵が集められ、大将軍様は兵士たちに演説をされた。
士気を高めると、その足で、わしらの元へ来て、こう言われた。
「兵士たちは、体を張って戦場へ行く」
「君たちは、頭を使って戦場へ行く」
「それを忘れないでほしい」
わしは感激して、また計算を続けた。
正確に、速く、ひたすらに。
そして――
兵を飢えさせることなく、補給を途切れさせることなく、
大将軍シェーラ様の戦術は成功した。
勝利の知らせは、兵士からではなく、
大将軍様ご本人の口から、わしらに伝えられた。
それほどまでに、あの方は、わしらを評価してくださったのだ。
――だが、戦はいつも順調とは限らない。
ある時、わしは捕虜になった。
司令部が急襲を受け、多くの仲間が殺された。
生き残ったわしは、捕虜交換の交渉材料にされた。
相手軍の指揮官の1人が言った。
「平民の文官一人と、貴族の将軍では釣り合わない」
当然さ。
身分も、価値も、違いすぎる。
わしは、ここで死ぬのだと思った。
だが――
大将軍シェーラ様は、わし一人との交換を提案してくれたのだ。
信じられなかった。
信じられなかったが、交換の日、本当に、わし一人と、相手の将軍が同等として並べられた。
その場で、大将軍様は言われた。
「この者は、我が軍になくてはならぬ頭脳だ」
「無能な将軍一人より、はるかに価値がある」
・・・・・泣いたよ。
泣いて、泣いて、声が出なくなるまで泣いた。
捕虜として生き恥をさらしたことよりも。
無事に軍の元へ帰ってこれた喜びよりも。
大将軍シェーラ様に認めてもらえたことが嬉しくて。
戻ってから、わしはさらに計算をした。
計算して。計算して。計算して。
寝る間も惜しんださ。
平民で、何の肩書もないこの身を、“軍の頭”として扱ってくださったのだから。
あの時、大将軍様の”右腕”だと評判であった勇猛な将軍閣下が、ごくりと喉を鳴らしたのを、今でも覚えている。
わしのことをそれ以上と評価してくれたんだ。
大将軍シェーラ様が。
それほどの言葉だった。
「・・・・・これで、おじいちゃんのお話はおしまいだよ」
「ありがとう、おじいちゃん」
そこへ兵士がやって来た。
「第二補給局長殿。お時間です」
「おやおや、仕事の時間だ。ごめんね、坊や」
さて――
わしの今の戦場へ行くとしよう。
魔力がなくとも。
体力がなくとも。
家柄がなくとも。
この計算の力だけで、わしは今も、大将軍シェーラ様に仕え続けているのだから。




