9:その導をガベルと名付けよう
「監督不行き届きだわ」
「セルゲイ先輩の監督はデイビア先輩でしょ」
生徒会に引き込んだ張本人が居ない生徒会室でヒルデガルドが呟いた言葉を、すげなく生徒会長が返す。
この太々しさ、流石は一年セルゲイの下で仕事をしていただけあるなと納得しつつ、中々片付かない資料の山を見て何度目かになる溜息を吐いた。
生徒会室に隣接する資料室を上へ下への大捜索をしているのは、とある私闘が発端だ。
先日ヒルデガルド達も直接目にしたが、新入生のセシル・レミックへのいじめを許しておけない、と彼女の親衛隊男子共が一念発起した。
事ある毎に少女の周りを固め、他の女子が目線をくれるだけでも喧嘩腰の過剰反応。
お陰で今モーリスの周辺は元々彼に声を掛けようとしていた女子も相俟って二重で騒がしい。
お前ら何しに学園に来ているんだと一掃してやりたいのは講師も同じなのか、叱り散らせどまた集まる。
まるで埃のようだと淀んだ眼でヒルデガルドは見ていたが、奴ら今度は陰で衝突を始めやがった。
これに手を焼き引っ張られる事となったのが、新任の生徒会長である二年生ソフィー・ヴィアルドである。
前任のセルゲイに『座ってりゃいいだけだから生徒会長なんて!な!』と強引に丸め込まれた女だが、確かに前年は他が良く働いたのでセルゲイはほぼどんと構えて座っていればいいだけだった。
加え、彼が副会長を担うというのだから心強いのもあっただろう。
安請け合いはしないに限るとヒルデガルドは己の身を棚に上げて思った。
そして今現在、セルゲイは仲裁巡回という名のサボりだ。
ヒルデガルドが生徒会室に来た時既に奴の姿は無かったので、監督不行き届きと言われるのは腑に落ちないが、仮にも先輩である自由人の手綱を遠慮なく採れる人材としての自覚はあった。
さて生徒会長が陣頭指揮を執り、何を資料室で探しているのかと言えば、私闘に関する過去の記録だ。
実技で魔導を訓練する学園にも関わらず、意外にも、校則で私闘は禁じられていない。
魔導祭では講師が結界を張って観覧者に被害が及ばぬよう細心の注意を払うにも関わらずだ。
改めてソフィーにその点を指摘されてヒルデガルドは意味が分からなかったし、ある意味盲点だったと雷を打たれた気持ちだった。
(つまり…私はいつだってモーリスと決闘出来た!)
しかし今のようにあちこち悶着が起きている中で、一応生徒会の端くれとして所属している身が、いざさぁ決闘だ!なぞ言い出せる訳もなく。
ただただ何故もっと厳密に校則を読み込もうとしなかったのかと後悔が募るばかりだ。
そんな後悔を嘲笑うように、彼女の傍らにまた数年分の業務日誌が積まれた。
重厚な音がまるでその人物の背後に浮かび上がるようだ。
青紫色の瞳を歪ませヒルデガルドが睨み上げた先、彼は屈強な胸を張り、少女を睥睨する。
「デイビア先輩があの金糸雀を放っておくからいけないんですよ」
「何で私が!」
「さっさとお得意の溶岩ぶちまけて黙らせて追い出せば良いでしょう」
「そういう問題じゃないでしょう?!」
辛辣な言葉を吐きつつも、学園で学ぶ空気が悪くなったと感じているのは彼だけでないのか、他の数人の役員も首を密かに縦に振っていた。
ヒルデガルドだけは、その空気を許さないと強く首を横へと振る。
「学びたいと此処に来たのは彼女自身よ、それを周りが阻むなど論外よ」
「そうは言っても、彼女、ラゲール先輩にも付き纏っているでしょう?」
他の女生徒が口を尖らせながら過去の業務日誌を捲る。
生徒会にもモーリスの信者がいたのかと内心驚きつつ、ヒルデガルドは言葉の勢いをやや落として続けた。
「問題がすり替っているわ、排除に動こうとするのはあまりにも幼稚で自己中心的。
それに、モーリスに絡むのなら私だって同じでしょう」
「先輩は…なんというか、違うじゃないですか」
「相手にされてないって?」
「そんなこと言ってませんよぉ!」
尾を踏んだかと飛び退く生徒を鼻であしらい、彼女は長い髪を手で払った。
「先輩は、その、切磋琢磨をしようって気概が感じられますし」
「彼女だってモーリスに師事を受けているだけじゃないの」
「えー?!いっつもにゃんにゃんしてるだけですよぉ!」
「にゃんにゃん」
思いも寄らない表現に、ついヒルデガルドは反復してしまった。
師弟関係ににゃんにゃんとはどういう事だ。
武術か、何かの韻語だろうか。
思考が停止した面持ちの先輩を見て、ソフィーが軽く手を叩き周囲の注目を自身に引っ張る。
「私たちは生徒会、自己よりも多数の意見を見る眼が必要だけれど、まずは平等に!
ここはフロイディヒ魔導学園、崇高な学び舎よ。
意欲ある者全てに智を与える場であるため我々は尽くすの、お分かりかしら?」
「はい!」
「良い返事ね、そして良い筋肉よ」
「はい!!」
先程ヒルデガルドを睥睨していた筋肉が忠犬のような声音でソフィーに返事をしているのを横目に、さっさとこんな無駄な仕事終わらせようと頁を捲った。
その時だった。
「大変です!!大人数での決闘が、中庭で!」
「ふっざけんじゃないわよ!一頁も進まないじゃない!!」
遂に怒髪天に来たのか盛大に椅子を蹴倒してヒルデガルドは立ち上がると、さっと杖を取り出し窓から外へと繰り出した。
後輩の「学園内では飛行禁止ですよ!」という声も聞こえないのか、聞いていないのか、彼女の影はあっという間に紋の滓かな光を残して見えなくなった。
生徒会室に駆け込んだ生徒は、何故此処にヒルデガルドが居るのだと目を瞬かせ、残された生徒会役員は皆揃って額に手を当て天井を仰いだ。
「…これ、私の、監督不行き届きかしら…」
一方、乱戦模様の中庭では一撃も被弾しないで渦中を叫びながら行き交う男が居た。
かの魔王の特訓に付き合わされた影響で、避け特化に身体能力と魔導を成長させたセルゲイである。
「やめーーーー!やっめーーー!!!ここに副生徒会長っいまーーす!いるのー!」
しかし四方八方から飛び交う魔導は留まる事無く、それはまるで小規模の戦場のようであった。
砂埃に塗れ、火の矢が飛び氷の礫が降れば、地は裂け風が巻き上がる。
あちらこちらで障壁の光が弾け、呻き声がするのをセルゲイはいよいよ危険だと判断し、救援信号を上げようと杖を上に掲げた。
「双方!散れぇ!!」
一陣、ど真ん中に空砲が叩きつけられる。
吹き下ろしの猛烈な風は意思を持つように生徒たちを回転草の如く真ん中から押し退けた。
ぽかりと開いた中央に柘榴色の髪を翻し、一人の少女が空から降り立つ。
乱れた制服の裾をさっと払い、彼女は凛と青紫色の瞳に静かな怒りを燃やし、一人ひとりを一瞥する。
「此処は中庭だ!実技場でも、況や決闘場でもない!
お前達は場を弁える事も出来ない学無しの能無し共か!このフロイディヒ魔導学園で何を学んだ!」
睨む視線の先に、呆気にとられたセルゲイを見つけたヒルデガルドは顎をしゃくり言い放つ。
「セルゲイ!モーリスとセシルを呼べ!!直ちにだ!」
「お、はい」
転がる様にセルゲイが立ち上がり校舎の中へと駆けてゆく。
彼の手と同じように、ヒルデガルドも二人へ向けて呼び出しの旨を綴った伝書を魔法で飛ばしながら、周囲への喝を忘れはしない。
「お前達は其処に直れ!杖を下げろ!でなければ全員私がブチ上げる!」
「やべぇマジ下げろ」
「あれ、去年の魔導祭でフォーレ先輩にガチギレしてた時と同じ口調じゃん…」
「ブチ上げるって何?どこに?お空に?」
ざわつきは収まらないと分かっているが、戦意は消えつつあると目を配りつつも警戒を怠らず、ヒルデガルドは即座に障壁とブチ上げが出来るように幾つも導を待機状態にして紋を幾重にも纏い構えていた。
「ヒルディ!」
「な、なに?!この人数!」
呼ばれ、振り返ればセシルを肩に担いで駆け寄るセルゲイとその隣をモーリスが走ってきた。
急な招集にかそれとも担がれたからか、目を回し混乱しているセシルとは裏腹に、モーリスはさっと周囲に目を配らせてからヒルデガルドにそっと耳打ちをしてくる。
「デイビアさん、今何重に動かしてるの?凄い数だね」
「貴方ね…」
人が行使している魔導の数など今は問題では無かろうに。
あまりにも暢気な会話にみるみるヒルデガルドから覇気が消えるも、魔導は消さないのは流石だ。
それを楽しそうにモーリスは目で追い、一人何か頷いていた。
「去年一瞬では分からなかったけど、成程。
ブチ上げる時にやっぱり相手の魔導阻害組み込んでいるんだね」
即座にヒルデガルドが魔導を消した。
この男、もしや紋から逆算して導を推察したのというのか。
(し、しくじった…!
こんなところで手の内を晒すなんて、何て愚かなのヒルデガルド・デイビア!)
しかも十八番だ、自分なりの工夫も凝らした初見一撃必殺の技だ。
出来上がるまで何度セルゲイや実兄で実験した事か。
「も、もしや、それすら予定調和だったというの…!?」
「何がかい?」
この騒動を予見しながらも放置し、乱闘騒ぎにヒルデガルドが駆け付けると踏み、更に言えば彼女が何かしら魔導を行使すると考えていたのだろうかこの男は。
(末恐ろしい、これが、これこそが私の好敵手!)
一人武者震いをする少女を不思議なものを見るような眼でモーリスは見ていた。
その奥で、セルゲイが早く呼び出したなら話を進めろと胡乱気な視線を少女へ寄越す。
「まぁ…それは、今はいいわ。
まずはセシル・レミック!」
「な、なに」
「率直に問うわ、貴女は此処に学びに来ているの?それともにゃんにゃんしに来ているの?」
「にゃんにゃん」
真剣な顔をして放たれたヒルデガルドの言葉を、思わずセシルが反復する。
あれこの流れ、生徒会室でも見たなとヒルデガルド本人も思った。
新しい違いはセルゲイが噴き出し笑ってる姿だけだ。
「貴女を妬み苛む人は、そう思ってる傾向にあるそうだけど実際はどうなの?」
「にゃんにゃん…」
「え、かわ」
噛み砕くように反芻するセシルの愛らしさにどこからともなく声が上がった。
その感想への同意はさておき、貴女の答えはとヒルデガルドの視線が促す。
彼女は一度くっと唇を噛み締めてモーリスを見上げる。
「わ、わたしは、確かに、リースお兄さまの姿に憧れてこの学園に来ました。
でもそれは!わたしもお兄さまのように…魔導を深く学びたいと、思って」
「素晴らしいと思うわ、学びへの意欲ある者こそ学園に通う意義がある」
しっかりとした声音に、俯きかけていた少女の顔が上がる。
震えるような若葉色の大きな瞳を、青紫色の瞳がしなやかに見つめ返していた。
「教えを請いたいからモーリスの傍にあるのか、違う目的なのかを疑われていたようだけど?」
「そ、それは…その、確かに、そういう目的も、ありました」
「セシルちゃん!」
「それでもセシルちゃんは可愛い!」
「お黙り外野!」
決死の覚悟で告白する少女に周囲から悲喜交々の声が上がるのを一喝し、今度はモーリスへとヒルデガルドは向き直る。
「で、モーリスは?」
「僕も魔導を学びたいから学園に来たよ」
「そうじゃねーんですのよ!」
今までの流れを汲んでいるのか、汲む気がないのか。
思わず荒れた言葉を自制するようにヒルデガルドが頭を振り、溜息を零す。
モーリスは暢気に小首を傾げつつ言葉を続けた。
「学びたいから来ているし、セシーも他の子も、僕に質問があるなら答えるだけだ。
別ににゃんにゃんしに来ている訳ではないよ」
「はー…だ、そうよ!外野ぁ!」
セシルには悪いが、何時までも周りにハッキリしないこの男が元凶だと思って欲しい。
己の好いた人を憎んでくれと、ヒルデガルドがそっと彼女を盗み見たら、彼女は思いの外嬉しそうにモーリスを見上げて微笑んでいた。
こうして悪魔公の大裁きにより一大ブームとなった悶着騒ぎは沈静化した。
なお結局、生徒会の奮闘空しく校則に私闘禁止は追加されず、ヒルデガルドは学園内で禁止魔導の飛行をしたとして反省文を書かされた。




