8:魔王、先輩風を吹かす
フロイディヒ魔導学園で実施される行事は意外と少ない。
専ら学生には学問を修めてもらう事を優先してもらうためであるものの、やはり年齢が若い者たちが集まれば競い合い、評価されたい気持ちは机上だけでは満たされないとも講師は分かっていた。
そのため、秋には魔導祭と呼ばれる実践さながらの模擬対抗戦が開かれる。
三年生を主体として実施されるのだが、指名式挑戦者として各学年から数人が舞台に上がる事を許される。
魔導祭の存在は知っていたものの同学年で対戦できるのは三年までお預け、という無体にヒルデガルドは泣いたが、その鬱憤を晴らす如く毎年先輩を千切っては投げ蹴散らしてきた猛者だ。
学年差をものともしない彼女の勝率の鍵は何と言っても一撃必殺の大火力である。
彼女の特訓相手セルゲイが、年を重ねるごとに回避特化に性能強化されているのはその為である。
放たれれば最後、舞台上逃げ場も無く吹き出す熱気と、炙られた地は溶岩さながらの地獄。
舞台を整え直す講師が大変なので、それこそ終幕に相応しい場でしか使わないが、近年のフロイディヒ魔導祭名物となっている。
故に、かの啖呵を耳にした学生達の多くは挑戦者セシル・レミックを無謀と憐れんだ。
だがその背後に学園の歴史に名を遺すであろう秀才モーリス・ラゲールが控えていると聞くと、よもや勝機がと考えてしまう程、彼の力量もヒルデガルド同様に異彩を放っていた。
「私の手の内は既に知れてしまっているのよね、新技考えなくちゃ!」
「魔王が楽しそうにしてる」
「結界担当の講師が泣く姿が見えるわ」
早くも秋に向けて浮かれている様子のヒルデガルドを見る友人二人の視線はどこか冷ややかだ。
それを物ともせず、彼女はまずすべき事を羅列してゆく。
(セシル・レミックの属性と実力をまず把握しなくちゃね、それに)
ヒルデガルドの真なるライバルは、モーリス・ラゲールである。
セシル・レミックを前座として見ている訳ではないが、彼女の最終的な勝利宣言は彼を打ち倒してこそ成されるものであることは言うまでもない。
(フフフ、対策を二人分用意しなくちゃいけないのは大変だけど、良いわ楽しくなってきた!)
鼻歌を奏でそうになるほどヒルデガルドがご機嫌で投げ出したカードにすぐさまリリが反応した。
「よっし!私あーがり!」
「はぁ?!」
「またかよ!」
残された二人が突飛な声を出し悔し気に向けた視線を、彼女はさも愉悦だと笑い手を叩く。
これでリリが一番最初に上がるのは三回目だ。
「二人が引き弱すぎるのよ」
「つーてもなぁ」
「リリが強すぎるって思うわよこれじゃあ」
「イカサマなんかしてませんけどぉ?」
ぶつくさと負け惜しみを口にしながらセルゲイがカードを場に放るも、ヒルデガルドの手札には良いものがなく彼女の眉間に皺が寄る。
「パス」
「お、俺にも運が回ってきたか~」
憎々しい面持ちでヒルデガルドは札山から一枚カードを取り、手札を増やす。
一方先程までの情けない姿と打って変わって、少年は悠々とした面持ちで己の手札を見やる。
が、それも一瞬の事でしぶしぶと札山へと手を伸ばした。
「き、きたー!」
「うるさいわよ!」
「はーん、人の負け惜しみは耳障りが宜しくってよ~」
「は、腹立つー!」
高らかに笑いながらセルゲイが場に三枚のカードを投げ、残った一枚をひらひらと振って見せた。
安い挑発にこめかみを震わせながらヒルデガルドが更にもう一枚、札山から引く。
「フッやはり勝利とは私に相応しい言葉だったわ」
カードを見やった瞬間、不敵な笑みを添えて彼女が叩きつけるように三枚手札を場に出した。
これでどうだと相手を見やれば、彼は小紫の瞳を丸くして息を呑む。
その表情を見てヒルデガルドがさぁ手札を増やせと鼻を鳴らすも、彼はうっそりと笑みを浮かべ、最後の一枚であった己の手札を場に投げた。
「さぁ地べたを舐めろ、ヒルディ」
「ウッ!!!」
セルゲイがヒルデガルドの三枚に重ねたカードは、次の相手に三枚山札を引かせる効力を放った。
言われた通り、ヒルデガルドはテーブルに突っ伏して拳を叩きつけた。
三回目の最下位の泣きっ面をさも楽しいとセルゲイが笑って見下ろす。
「コレコレ~!この負け様を見ないと俺の心は洗われない」
「歪んでる!この男歪んでいるわリリ!」
「あなたの幼馴染よ」
テーブルの上に散らかったカードをさっさと片付けながらリリは身も蓋も無い事実を少女に突き付けた。
ヒルデガルドは口を尖らせ、頬杖を付けども誰も慰めなどかけてくれやしない。
「さぁ、約束通り生徒会入りだぜヒルディ」
「私は新技開発で忙しいの!」
「あの一年へのハンデっつーことだ」
「フン、なら仕方ないわね」
「此処で『貴方どっちの味方よ!』って言わないのが流石よね」
「新技の練習相手もどうせ俺なんだからな」
二人の戯言を他所に少女は窓の外へ視線を投げる。
もうすっかり雪は溶け切り、庭園は日々春の装いを着込むのに忙しい。
その中を眩い金糸雀色の髪をした小柄な少女が横切って歩く姿がヒルデガルドの眼に留まった。
「あら、貴女の金糸雀じゃない」
「私のじゃなくてモーリスのよ」
「ん?」
一人だけ視線の先を違えたセルゲイが何かを見つけたように声を上げた。
つられ、二人も彼の見ている方向へ顔を向けると、数人の女子生徒がセシルの背後から駆け寄り何かを投げつけた。
三人揃って息を呑むものの、当の本人は恐らく魔導具であろう、障壁を張ってそれを弾き返した。
「おおう…」
「弾くだけじゃなくて返すっていうのが中々に強かね」
「あの魔導具常時展開型?学生の身分でそれって贅沢なことね。
それか即時展開?でも紋も見えなかったし、既にどこかで展開しておいて待機させていた?
であっても衝撃が来ない限り障壁が可視化されていないのならかなり高度な魔導具じゃない」
「ブレねぇなヒルディ」
眼下で繰り広げられた諍いよりも少女が持っているであろう魔導具への興味の方が勝るのか、ぶつぶつと一人で思案を繰り広げている幼馴染を見てセルゲイが呆れた顔をする。
「可視化した障壁は一方向だけだったからやっぱり起動して待機させていたのだと思うけど…。
全方位、いや後方からと分かっていればその角度だけに障壁を回せば常時展開型も簡易化できる?
守備範囲を狭めれば待機時での魔力消費を抑えられるけどそれでは不足の事態に対応しきれないし。
もしや!既に魔導祭を視野に試験しているっていうの?!」
「怖い、此処まで飛躍するコイツが怖いぜリリ」
「あなたの幼馴染よ」
リリはセルゲイを見下ろして先程と同じ台詞を口にしながら首を振って見せた。
「複数弾を射手に返す障壁を選択しているのが攻撃的で評価高いわね。
あの導が実装されてからかなり戦場は変化したもの、アレは入射角度同反射だからその対策として」
「ヒルデガルド」
「何かしらセルゲイ」
「その話は長くなるか?」
「そうね、ここであれこれ推察も楽しいけど直接聞いた方が早そうね」
「そうじゃない、そうじゃないよ」
勢いよく席を立ち談話室を出て行こうとするヒルデガルドをリリが引き留めようとするが、寧ろうるさいから行かせてやれとセルゲイが目だけで制止する。
そのままヒルデガルドは長い髪を翻し、部屋から出て行き庭園へと向かった。
丁度、目的の人が肩に付いた土の残骸をさらりと払っていた。
「セシル・レミック!」
「!」
唐突に現れた少女に、相手は眼を見張るもののすぐに身構えツンと唇を尖らせた。
モーリスの傍にいた時よりもぐっと胸を張り、自分を大きく見せようとするもやはり小柄なためか愛らしさは拭えない。
「何よヒルデガルド・デイビア、わたしを嘲笑いに来たの」
「意味分からない事言ってないで先程の障壁を張った魔導具、興味があるから見せて頂戴」
「は?」
「聞こえなかったの?魔導具でしょう、先程の土塊を跳ね返した障壁は」
「…」
いかり肩からやや力を抜くもセシルが満足な返答を寄越しはしないのを、自らの言葉が足りないのかと思いヒルデガルドは更に言葉を重ねた。
「衝撃に対して可視化した障壁が一部方向のみで展開されていたのはそういう条件付けをしているの?
あと複数弾へ反射する導を選んだのは?
アレは衝撃の威力判定力は無いし消費魔力も多い筈よ、それをわざわざ選んだのはどうして?」
「学園は戦場でも襲撃を構える場所でもないのだから一方向で十分だとおも…。
な、なによ急に!良いでしょ別に自分の身を護る為にしか使っていないのだから!」
矢継ぎ早に投げ付けられた質問に答えるのも癪だと、再び小柄な身体を怒らせて少女が構える。
それを相手は鼻で笑いながら手を出し、早く実物を寄越せと軽く振って見せる。
「反射を付けた障壁を出す導を持ち込むのは禁止されているのよ、ご存じない?」
「っあなたに何の権限があって…!」
「生徒会よ」
「生徒会ぃ!?」
「いや此処で使うんかーい、まぁいいけど」
談話室から追ってきたセルゲイが階段上から気の抜けた突っ込みを投げ込む。
予期せぬ第三者の介入に、咄嗟にセシルが目を潤ませ肩を落とし、ひ弱な空気を纏う。
「因みに俺はマジもんの生徒会副会長なんで、よろしくね金糸雀ちゃん」
「先輩、あの…わたし…」
「自己防衛の為ってのは見てたからよーく分かってんよ?
でもこれを許していたらキリがねーんだって」
軽やかな足音で降りて来た少年は、困ったように笑いながら物を出せと手を差し出す。
セシルの瞳は最早涙が溢れるのではないかと言うほど潤み切っており、その華奢な肩が震えるのを見ると何ともセルゲイが悪者に見えてくるから不思議だ。
黙り込む二人の様子に何事かと足を止める通行人も出て来る始末だが、此処で見逃す事は出来ない。
「何も障壁がダメって言ってる訳じゃないのよ」
「あっ!」
しゃらりと、細く白い首筋をヒルデガルドの指先が撫でる。
その爪先には金色の鎖と、大振りのロケットが捕まえられていた。
取り返そうと手を伸ばすセシルの身体をヒルデガルドはその背で遮りながら、ロケットを開き中の導を素早くそして正確に読む。
(やっぱり基本構造は古くても軍用魔導具、実物は初めて見たわ!
ふーん成程、恐らく元は常時展開型の基本障壁だけどここの回路置き換えて反射障壁に改造ね。
ああ展開範囲選択はこの部分か、へぇ指向性の切り替えこうしてたの)
「綺麗に出来ているじゃない」
ぽつり、思わずヒルデガルドが呟くと空を掻いていた細い手と、背中に当たる勢いが萎んだ。
「手を入れるのが勿体無いけれど、構図は頭に入っているでしょうし」
腰に下げた杖を取り出し、迷いなくヒルデガルドが導を改訂してゆく。
細い光の線が幾つも伸びて消え、新たに降っては散る。
するすると編まれてゆく新たな導に、いつの間にかセシルがヒルデガルドの横から目を輝かせて手元を覗き込んでいた。
「…反射なしの障壁だと指向性付けるの、出来なかったのに」
「反射障壁こそ角度調整が肝になるから指向性と相性いいのよ、その分魔力消費馬鹿にならないけど。
基本障壁にもこの接続部と変換部を置けばある程度の範囲調節はできるの。
自己調節だけど、元々一方向への切り替えは手動だったから大して扱いに苦労はないでしょう?
魔力消費も少なくて済むし、面じゃなくて球体面になるから対地中障壁も可能よ」
「対地中ってどこに使い道があるのよ」
「現場では必須よ、自由落下程楽な無力化は無いんだし」
傍から見れば仲の良い先輩後輩が身体を寄せ合い、親密に魔導具を覗き込む微笑ましい姿なのに、急に話が物騒になってきたと現実に引き戻される。
それはいつの間にか引き込まれていたセシルもそうなのか、パッと身を離して恨めしそうにヒルデガルドを睨んだ。
相手は何の気にも留めないのか、改訂が終わった導に魔力を通し、美しい紋を二人の間に生み出す。
「これでどう?我ながら良い出来だわ」
「ふーん」
セルゲイが何気なく、ポッと水を指先から打ち出しヒルデガルドへ放つも、それはリンと音を立て障壁に阻まれ少女へは届くことは無かった。
無論、水がセルゲイへと跳ね返ることはなく、床を濡らすに留まった。
「まぁこれなら良いだろう」
「細かい動作確認は実技場で放課後にでもなさい」
そう言ってセシルの胸ポケットに魔導具を押し込み、ヒルデガルドとセルゲイは再び遊戯室へ戻っていった。
「魔王とその手下が先輩風吹かせてんの」
遊戯室に戻って早々、残っていたリリが二人に言い放った言葉に揃って肩を竦めて嗤った。




