7:金糸雀は高らかに鳴いた
時系列がやっと三年次に戻りました。
「あの子の名前はセシル・レミック、侯爵令嬢よ。
既に今年の入学生一の美少女と謳われ持て囃され、同学年を中心に骨抜きの男子がわんさか沸いてる。
天真爛漫、自由気儘で愛らしい金糸雀がそのまま人間になったのかっていうような振る舞いで、ね」
「ふーんそうなの、ところでリリ、予習で教えたところが試験に出たわよ。
勿論解けたでしょうね?」
「もーそれは完璧!愛してるヒルディ!流石よ!」
何やら難し気な顔をして諳んじていたリリがパッと表情を華やかに変え、隣を優雅に歩く頼れる同室者の腕に抱き着いた。
それを見下ろしながら小首を傾げるのは、ヒルデガルドを挟み反対側を歩いていた少年だ。
「え?出たっけ?」
「ランプツィヒの公開論戦よ、貴方にも解説したわよセル」
「あんな教本の余談みたいな小話が何で試験問題に選ばれるのか!」
「今年で二百周年だし、その論点である導が三年の初頭講義で扱われるからね」
「これから勉強しますで良いだろー!」
「一年目からの傾向を見ていれば予見出来る内容じゃない」
フロイディヒ恒例、新学期早々の筆記試験には今年度に学ぶ内容に関連した問題が出る。
予習している者には訳ない程度の難易度だが、構えていない者には中々ハードルが高い。
一年目にヒルデガルドを初めとした多くの学生が苦心した論述問題も同じだ。
しかもその時は、最近王都で発表された導の改訂についての意見を交えて論じろとされたのだから、入学に向けて移動に時間を使っていた地方学生はさぞ情報格差を恨んだ事であろう。
辛うじて毎日学術新聞を読んでいたヒルデガルドはその改訂について知ってはいたが、そんな最近の事象までが試験に出るとは思わなかった。
講師陣の底意地の悪さにちょっと引いたものの、元来の負けん気強さが勝った為、二年目からは対策をばっちりかっちりしている。
(フフン、しかも今年の私は一味違うわ!
何たって既に三年講義の内容も一通り独学で終えているもの!)
そう、昨年のライバルの行動を発端にし、彼女は昨年一年更に勉強へ時間を費やした。
流石フロイディヒというか、付属図書館の選書は豊富で質が良く、行き詰った疑問点は講師に尋ねる事で解決出来た。
実家で学んでいた時には出来なかったこの迅速な疑問や課題への応答は、バッチバチにヒルデガルドの知識欲を満たし、よりすくすくと伸ばしていったのだ。
(僅かな時間差とは言え、塵も積もれば相当な差になるものよね。
この恩恵を知ってしまうと地元に帰るのが惜しく思うわ)
「お、来た来た、来たぞヒルディ」
セルゲイが喪失感に傾いでいたヒルデガルドの肩をパシパシと叩き報せるのは、先日の筆記試験結果の順位表を持った職員の訪れだ。
彼は賑わう学生達に一瞥もくれず、手慣れた様子で壁に大判の紙を押し付ける。
水平に紙の上部を止め、さっと巻かれていた結果が伸ばされ学生達の眼に触れた瞬間、どよめきが起きた。
「…嘘」
「え、こ…こんなことって、あるの?」
「っヒルディ!!」
リリが声高に少女を呼び、その身体を思いきり抱き締めた。
横からの大きな力に揺らされ倒れそうになるヒルデガルドを、反対側からセルゲイが支えつつ、ぐりぐりとその柘榴色の髪を撫で繰り回す。
「やったじゃんかよぉヒルディ!念願の、本当の一位だぜ?!」
「おめでとお!おめでとぉヒルディ~!!うわーん私が泣けてきた!」
「ちょっとセル、語弊があるわ」
「何だよ、ちゃんとモーリスの名前もあるじゃんか!」
「私の真横にね」
結果表の一番上、一位の横にはヒルデガルドの名と、モーリス・ラゲールの名前が整然と並んでいた。
下を見れば二位は飛ばされ、次席は三位から始まっていた。
つまり今回の試験で二人は同率一位、ということだ。
「何でよぉ!論述だってあったじゃない!同率とかあり得る?!」
傍から見れば華々しい結果だが、これに納得が行かないのが本人である。
セルゲイにぐしゃぐしゃにされた髪を更に自分で掻き乱し咆哮を上げる姿に、祝言を贈ろうとしていた同級生たちの脚が止まった。
「おかしい、絶対おかしい…見直しは二回したし迷った問題は無かった。
論述回答を読み返しても流石私としか言えない出来だったのよ、それを…それをぉ!」
「わぁ凄い!流石リースお兄さまですね!」
何故このタイミングで声が聞こえてしまったのだろう、と周囲は思った。
せめて、せめてこの今にも噴火しそうな少女がどこかで怒りを撒き散らし落ち着いてからでも良かったのではないだろうか、と。
膨れに膨れ上がった火口に火種を投げ入れた少女の周りからそっと人が捌け、彼女の隣に佇む少年の姿も露になった。
「ありがとう、ちょっと時間ギリギリだったから心配だったんだ」
「それでもこの結果を得られるリースお兄さまは流石ですっ」
「モーリス・ラゲール!!」
良く通る声音は一陣の風を起こすように、周囲をまた一歩後退させる。
自然と割れた人垣の道は、煌々と瞳滾らす少女と凪いだ面持ちの少年を繋ぐ。
「随分余裕ですわね!」
「見直す時間もないくらい、回答時間ギリギリだったよ。
デイビアさんは?」
「ちゃんと二回見直しましたわ!」
「流石だね、去年に引き続き一位おめでとう」
「デイビア…?リースお兄さまと同じ、一位の?」
セシルがそろりと掲示板、順位表の名前と仁王立ちの少女を見比べる。
怪訝な視線を受け、少女は柘榴色の髪をさっと手で払い、胸を張ってモーリスに引っ付く金糸雀を睥睨した。
「不満そうね、奇遇な事に私もよ」
「デイビアさんは不満なの?」
「当たり前でしょうモーリス・ラゲール!
ライバル同士が同率なんて!どこの仲良しこよしよ!」
ヒルデガルドの言葉に吹き出したセルゲイをリリが叩く。
どうやら拮抗する力量の例えが思いの外幼稚で面白かったようだ。
「リースお兄さまの方が先に名前が書かれているもの、お兄さまの方が上よ」
「キイィ!私が地味に気にしているところを的確に突いてくるとは!」
「出た、本当にあんな金切り声出す人居るんだって声」
「ダメよ見ちゃ、伝染しちゃう、言いたくなっちゃう…」
少女の圧力からモーリスを庇うが如く華奢なその身を乗り出したセシルの一言が引き出した、お決まりの声に周囲から小さな笑いとざわめきが起きる。
群衆のその楽しむ視線に気を配る事はなく、金糸雀はキッとヒルデガルドを見上げた。
「あなたは負けたの!だからお兄さまに近づかないで!」
「貴女に何の権限があって勝敗を決するというの?!
私の闘志を消す事が許されるのは私だけよ!そもそも負けては無いし!」
「同じ一位だからね、お揃いだ」
「だからなんで貴方はそう暢気なのよ!」
モーリスがのほほんと不用意に入れた合いの手にもキチンと噛み付きつくのは流石だ。
ヒルデガルドが放つ勢いに負けじと肩を張る少女に、青紫の瞳が再び向けられる。
「そういえば、貴女、私を好敵手として見合いたいのだったかしら?」
「ん?」
「良いでしょう、一年生であるにも関わらず三年生に喰いかかるその勢いや良し。
どうぞ啖呵を切って御覧なさい」
「え??何で?」
「火蓋を切らずに点火はされなくてよ!さぁかかってきなさい、お前の敵は此処よ!
この私、ヒルデガルド・デイビアを打ち倒すと咆哮を上げてみなさい!」
「り、リースお兄さまぁ…」
困惑からか身体を萎ませ、モーリスにしがみつくセシルは可憐そのものだ。
庇護欲を高まらせる男どもさえも叱咤するように、少女は鼻を鳴らし柘榴色の髪を一閃、翻す。
「フン、声を失った金糸雀など、まだ剥製の方が腐らずマシだわ。
モーリスの愛弟子としてその醜態恥ずかしくないのかしら?」
「わ、わたしがリースお兄さまの、愛弟子…」
ちろりと見上げた先、モーリスは穏やかな水色の瞳を弛め、にこりと微笑みをセシルに返した。
少年の笑みを受けて少女の頬に薔薇色が差す。
傍から見ていたセルゲイは、この男分かってやってるのかどうか怪しいなと内心不安に思う一方、勇気を与えられたかのように少女は明るい金髪を揺らし、若葉色の瞳を輝かせて敵と見合う。
「リースお兄さまの愛弟子と呼ばれるなら、わたしはっお兄さまの名誉を守る!」
「私がモーリスを打ち倒すのと、貴女が私を打ち果たすの、どちらが先になるかしら?
この結果を見なさい、今私と彼は並んでいるわよ」
「っお兄さま!」
ヒルデガルドの熱が移ったのだろうか、先程まではか弱くひ弱な雰囲気を纏った守るべき少女が、凛と瞳を輝かせその顔に決意を刷いて少年を振り返る。
見上げられた少年は瞳を瞬かせ、ゆるりと小首を傾げてみせた。
「何かなセシー」
「秋っ、秋の魔導祭までにセシーを鍛えて下さい!大衆の前で、わたしがあの人を負かせてみせます!」
「マジか」
「あの綺麗な髪がチリチリにされちまうぞ」
白魚のような指を向けられた少女はうっそりとその唇を歪め、堪え切れんとばかりに哄笑する。
「魔導祭?あなた、まずその舞台に上がれるとお思い?
金糸雀の脚には高すぎるのではなくて?」
「わたしには翼があるもの、リースお兄さまという心強くて頼もしい翼が!」
決死の覚悟を秘めた可憐な少女と、それを睥睨する強者の立ち合いは、さながら魔王と勇者。
互いに熾烈な視線を交わすのを周囲が呆れと、少しの高揚を抱いて眺めていた中、モーリスはと言えばやはりいつも通り凪いだ穏かな様相で佇んで二人を見ていた。
こうして、一年生のセシル・レリックと三年生ヒルデガルド・デイビアの関係は決まった。




