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6:先輩とは必ずしも先学ではない


 モーリス・ラゲールの抜擢、或いは献身は、瞬く間に広まった。

あの講師室で話を聞いたヒルデガルドが喋ったからではない。


金髪金眼のやたら綺麗で目立つ顔面の先輩の隣に、突如黒髪の涼し気な秀才が侍る様が散見されたからだ。

彼等が一年目に交流をしている姿など見た事もない。

あまりにも予想外の組み合わせに二年生だけでなく三年生もどよめいた。

新入生達はただ眼福だと並び立つ先輩達を眺めていたようだが、それぞれの為人を知る人間は一体何が起きたのか、これから起きるのか気が気じゃなかった。


そして当然の如く、周りは事情を知っているのではないかとサティや、何故かヒルデガルドに仔細を求めた。


『ええい!本人に聞けばよろしいでしょう?!』

『だってラゲール君、二年の講義に顔出してないし』

『デイビアさんなら事情を聞きに行ってそうだし』


わざと音を立ててヒルデガルドが机を叩く。

群がっていた少年少女たちが一斉に強請る声を止め、眼光炯々とする青紫の瞳にたじろいだ。


『私、図書館に参りますので失礼いたしますわ』


彼女は幾つかの書籍をひったくる様に掴み抱え、早足で教室を後にした。

一歩を踏み出すたびにやり場のない怒りがふつふつと身体の奥底から湧き出しては巡る。

玩ぶ熱が自然と呼気に交じり、眦が上がった。


(私だって、別に、本人の口から聞いた訳じゃありませんですし?!)


ヒルデガルドは何故、好敵手の名前が試験結果に記載されていないのかを講師へ聞きに行っただけで、聞かされたのはそれが本人の意思であることと簡単な事情背景だ。

本人は確かに同じ空間にいたものの、ヒルデガルドに何かを言い募る事なんか無かった。

口を開いたのだって、不当に少女が講師に怒るのを宥めるためだけだった。


(この私が、相手に、されていない…?)


脳裏を過った考えに足が止まり、思わず縋るように書籍を両手で抱き締めた。

その丁度、図書館から二人の人影が出て来た。


『ん? あ!ヒルデガルドちゃんじゃーん!』

『げぇ』


この軽薄で如何にも実際頭も軽いですと言わんばかりのペラペラした浮かれ声。

顔を顰めるヒルデガルドを気にも留めず、相手はにこにこと楽しそうな笑顔で此方に近づいて来た。


『ひっさしぶり!相変わらず可愛いね、冬休み何してたの?

 ってゆーかもう昼休みなのにご飯は?これから?一緒に行こうよ!』

『ええい手を伸ばすな触れるなあっち行きなさい!』

『んはははこの勢い、恋しかったよ~』


あっという間に眼前に迫り怒涛の勢いで言い募り、まして手を伸ばして肩を抱いて来ようとするテオドール・フォーレをヒルデガルドは後退し身を捩り逃げる。

何ともその動きがちょっと鈍くさいのに、口の回転と視線の勢いは反して鋭利だ。


『あーあ、折角ずっと傍で勉強見てくれるならヒルデガルドちゃんが良かったな~俺。

 そしたら絶対落とせる自信ある』

『仮想でも妄想でもやめて下さる?!

 誰があなたみたいなすっとこどっこいに時間を潰すなんて真似をするものですか!』

『めっちゃ喧嘩売られてるじゃんモーリス』

『売った喧嘩を雑に人へ投げるんじゃねーですわよ!』

『俺は愛だけ受け取りたいの』

『キイィ!腹が立つ!顔が良いだけに腹が立ちますわ!』


二人のやり取りをのほほんと笑って眺めているモーリスだったが、ふと笑みを薄めて少女を見る。


『すっとこどっこいなんて久し振りに聞いた』

『何よ、先輩相手に使う言葉じゃないっていうの?』

『おーいモーリス、野暮はキミだぞ』

『野暮』


ヒルデガルドが構えたのを察したテオドールがモーリスを横目で見降ろし、窘めた。


『ヒルデガルドちゃんは、正しく俺が痴情の縺れで裸で逃げ出したところを見たからね!』

『成程、それで』

『二言で終わらされる内容じゃなくなーい?』

『終わらせたいモーリスの意図を汲みなさいよ』


呆れた眼をする少女をまた楽しそうに男は眺め機嫌よく、彼女が胸元に抱いた本を指先で弾いた。


『キミにだけ許している俺の意図を汲んでくれるのなら、ね?』

『ただの不名誉!ちょっとモーリス!早くこれを食堂に連れて行きなさいよ!』

『昼休憩は各自で取る様にしているんだ』

『だからさっきから貴方放任してるの?!同級生が絡まれているのに?!』


きょとりと目を丸くするモーリスを見て、ヒルデガルドは息を呑んだ。

自分が彼なら何処かで先輩とは言え不貞の輩を押し退けて守ってくれるのではないか、と。


(この私が…この、ヒルデガルド・デイビアが何腑抜けた考えを…!!)


煌々と瞳を唐突に燃やし、彼女はテオドールを睨み見据える。

その目に捉えられた男はモーリスよりも目を丸くして、見た事も無いような表情をしていた。

怯んだところをすかさず、柘榴色の髪を払って少女は胸を張って口を開く。


『この私の輝きを正しく測れず愚かにも近づくようなら、そのご自慢の顔が焼け落ちる覚悟をなさい。

 私はヒルデガルド・デイビア、南の火輪。

 メッキが溶け落ちる前に退きなさい、テオドール・フォーレ』


気炎をあげた啖呵に相手は声も出ないのか呆然としていた。

それを鼻で笑い、彼女は強い眼差しを平然とするモーリスに差し向ける。


『確かに貴方は学力面の補佐であって先輩の従者では無かったわね、失礼したわ』

『いいや、ところでその書籍は面白かったかい?』


モーリスがヒルデガルドの抱えた書籍を指さし、何食わぬ顔で尋ねる。

少女はどの本の事だろうと思っていくつか掲げては彼の様子を見たが、ずっと微笑んでいるばかりで、結局どれの事を指しているのだかさっぱり分からない。


『どれの事?』

『全部』

『…貴方も読んだの?』

『いや、まだだね、時間が其処までは無くて。

 教本の補足になりそうかい?』

『………』


少女が読んでいた書籍は、三年の教本に記載された導に関する論文や回路節の解説書だ。

つまり、モーリスが先に三年の内容を教本で学んだのを、歯痒くも追うようにヒルデガルドも独学で紐解き始めていたのだった。


二年の学習も殆ど終わっていない中で先走るとは、要領が悪いとは彼女自身も思っている。

それでも憤懣やるせなかったのだ、何かせずには居られなかったのだ。


『モーリス・ラゲール』

『何かな』

『貴方は風のような人ね。

 掴み所が無く、自由に見えて、けど気が付けば人の傍らに寄り添って常にある』

『詩人だねデイビアさんは、初めて言われたよ』

『兄が趣味で作家をしているの。

 ねぇモーリス、覚えておきなさい、風が無ければ木は揺れず、そして炎も燃え上がりはしない』


詩的な表現を好むのは勝手に兄のせいにして、ヒルデガルドは不敵に嗤う。


『今年、一年間は、僭越ながらこの私が、一位を守っておいてあげるわ。

 貴方のライバルである、このヒルデガルド・デイビアが!!光栄に思いなさい!』

『凄いね、デイビアさんなら出来るよ』

『え?モーリス分かって言ってんの?皮肉なら右ストレートで顎粉砕じゃん』

『お黙り外野ァ!』


茶々を入れて来たテオドールを一喝し、自分も過った「おやこれは喧嘩を売られたのか?」という考えを頭を振って散らす。

いけない、此処で火花を散らしたって今年は彼と勝負できる場は無いのだ。

場外乱闘はヒルデガルドの美学に反する。


『フン、貴方がフォーレ先輩で手一杯の間に私は更に己を磨くのよ。

 今に見ていなさい!』

『ヒルデガルドちゃん…それ完全に負ける奴の台詞…』


雑音を無視して彼女は颯爽と図書館へと入っていき、敗者になどならない!と意気込みまた更に書籍を借りては読み漁り学んだ。


モーリスに直接言い放ったからか、これ以降頭も心もすっきりとした状態で勉強の進みは思いの外捗った。

偶に息抜きのように、幼馴染のセルゲイが生徒会の仕事で忙殺され泣きついて来たのを助けたり、友人リリの実家に泊りに行ったりと学生らしい遊びも挟んだが、継続的な努力の甲斐もあり二年の講義範囲は余裕を持って受ける事ができたし、何なら卒業間際で慌てている寮の先輩を助けるのにも予習は役立った。


これを冬の長期休暇中という短時間に、しかも一人でやってのけたモーリスは凄い。

自らが行動を真似て改めて尊敬をしつつも、妙に湧き出てしまう同情心を、彼が納得しているのだから私が慮るのは不躾だと幾度蹴散らした事だろう。


因みにその年の卒業プロムは、公爵家の財力あってか例年よりも豪華だった。

が、生憎ヒルデガルドはパートナーとして申し込んでくるのを断ったのに、踊ろうとしつこく誘ってくるテオドールを避けるのに忙しくて全く堪能出来なかった。

加え、此度の祝賀の立役者であるモーリスとも大して顔を合わす事は勿論、話すことも無かった。



こうしてまた冬が来て、長い休みを挟み、春が訪れるのであった。



次から時系列が現在に戻ります。やっとです。

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