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4:貴様は守護霊か


 騒動を挟んだが、やっと一年生最初の筆記試験結果が廊下に張り出された。

羅列された名前の中に自身や友人を探し、そしてその順位を満足げに見る者や肩を落とす者と様々だ。

賑わう生徒の波間、ヒルデガルドはじっと口を閉ざしそれを見上げていた。


(一位 モーリス・ラゲール、二位 ヒルデガルド・デイビア)


得点は未公表であるが、あの論述配点分は差がある事を彼女は分かっていた。

他で挽回できるのではないかと一縷の望みを抱く自分も居た。

だが、その自信は、彼の整った書字が脳裏を掠める度に勢いを失くした。


『す、すごいやモーリス』


丁度復学したばかりのサティがたどたどしく彼の名を呼び、その成果を讃える。

声のした方へ青紫の瞳を向ければ、壁を見上げる穏やかな横顔が垣間見えた。


『サティの筆記はこれから挽回だね、まぁまだ実技もあるし一緒に頑張ろう』

『うん、ありがとう…ぼく、頑張るよ!』


サティへと顔を向けたため、モーリスの後頭部しか見えなくなった。

だが、会話をするサティの笑顔を見れば、彼がどれほど泰然とした心強い存在であるかが窺えた。


これがモーリス・ラゲールとは、知力だけでなく人柄も優れているのだと、学年全体、いや学園全体に周知される切欠であり、ヒルデガルドの憤悶の始まりであった。


以降、サティが親鳥を慕う雛のようにモーリスの後をおたおた追い掛ける姿が随所で見受けられた。

別に件の負い目があり守護を求めている訳ではない。

ただ元より彼がそういう性質、引っ込み思案な人間だったというのもある。

加え、どうにも鈍重で、何もないところで転んだり物を引っくり返しては、その度にモーリスが彼へ穏やかに手を差し伸べていた。


こうも優しくされれば十五歳を過ぎた少年と言えど甘えも出よう、頼りにしよう。

気付けば、何時だってモーリスのすぐ後ろにはほわほわとした笑みを浮かべたサティが居た。

暫くは周囲も温かい目で彼らの友情を見守っていたが、あまりにも何時までも親離れせず自ら発言もしないサティへの見方も変わってきた。



 それは夏季休暇を控えたある日の学園付属図書館、放課後にヒルデガルドが訪れた時だった。

彼女は寮で読もうと考えていた書籍を借りようと、迷いない足取りで一画に向かった。

さっさとそれを手に取り軽く中を改めると顔を上げ、関連する書籍名を流し見ては、さて夏の間は何を読もうと思案しながらゆっくりと歩く。


ふと、書棚が切れた先、大きい机の角で肩を寄せ合い本を開いていたサティとモーリスの姿を見つけた。


(また人の勉強見てる)


図書館でモーリスの姿を見る時は、大抵サティか、それ以外の数人を含めたグループで勉強をしている。

別に教え合い支え合う事をヒルデガルドがとやかく言うつもりはない。

けれど、正直モーリスは自分の勉強をいつしているのだろうと思う程の頻度なのは、如何なのかとは思う。

憎らしい事にそれでも彼の成績を、実技含め、一度でもヒルデガルドが打ち破った事はなかったが。


もやりとした何かを胸に抱えヒルデガルドが一人眉間に皺を寄せていると、微かに彼等の声が聞こえた。


『風の第三章、六節の導は今でも見直され改定される事もある』

『え?どこのことかい?』

『ほら、こっちの十年前出版された教本に記されているのと見比べてごらんよ』

『ん?んん?』

『変換部回路がこう…道筋が変わっているだろう?』

『え?変わってる?あ、本当だ…でもあんまり変わってないね』


気が付けばヒルデガルドは彼らの傍らに立ち、その姿を睥睨していた。

先に気付いて顔を上げたのはモーリスだ。

それに暫く遅れて、弾かれたようにサティが顔を上げ、目を見開き身体を仰け反らせた。


『わっ!で、デイビアさん…!』

『すまないね、うるさかったかい』

『いいえ、別に?』


少女は長い柘榴色の髪を払うと、視線を迷わせるサティを睨んだ。


『ただ、ちょっとサティ・アルヴァン、貴方もうちょっと自分で考えるべきではなくて?』

『え…』

『事象をこうも提示されるだけでも過分なのよ。

 学びとは、自ら気付き、書を開いて推察し、根拠を調び並べ、確信を得てこそ実るもの。

 貴方何故モーリスにそこまで指摘されてるのに思考を止めるの?』

『え、え?』


ひらり、その白い指先で彼らの開く教本の一節を叩けば、おのずと曇天の瞳と青紫の瞳がぶつかる。


『十年前と導が大して変わってないと何故貴方は思ったの?

 この変換部を見て先日学んだ授業を思い出しはしない?』

『あ』


サティは何かを思い出したように傍らに積み上げた教本を引っ張り出し、開く。

そこには先日の講義で見た、変換部動作の安定性向上に関する歴史が記されていた。


十数年前に開発された変換部は数多の導に用いられ、その行使を安定させるものの、一部の導回路では魔力方向に融通が利かず、導が複雑化してしまう点も問題であると講義で学んだ。


安全性か難易度か、人々が下した選択が今に繋がっているのをこの一節は物語っている。

そして特に、議題に上がった風の第三章六節は今もなお安定性以上に美しさを求められないかと、数多の魔導師が各々改変をしている特殊な導でもある。

況や、ヒルデガルドも自己流に試行錯誤を繰り返し工夫を凝らしている内の一人だ。


『先人が残した導の変遷をなぞるだけでもそれが分かるの。

 更に、改訂として世に認められる程、美しくそして効率的な導を生み出す名誉も。

 それが分からないとは言わせないわよサティ・アルヴァン』

『は、はい…』

『好奇心と審美眼、感性を失う恐ろしさにもっと気を配りなさい』

『そういうデイビア君も、この導を弄っているのかい』


ふとモーリスが穏やかにヒルデガルドに問い掛けた。

何気に、彼から少女へ問い掛けを投げられたのは初めてだった。


『魔導師の卵たるもの、当たり前ですわモーリス・ラゲール。

 かという貴方も挑んでいるのではなくて?』

『動かした事は無いけれど考えた事はあるよ。

 ただ、効率化に重きを置きすぎて紋としてはあまり美しくないと言われてね』

『装飾過多であれば良いという訳でも無くてよ。

 効率化、という事はもしや変換部を戻した導を?』

『そう、邪道かな』

『いいえ、六節の安定性は属性追加で補えると私は考えるもの』

『二重導にしてまで変換部を置き換える利点があると?』


『わ、わぁ…』


唐突に始まった二人の会話に入っていけないサティが思わず上げた声で少女は意識を彼に戻した。

図書館の中だというのに、少しばかり声も張っていたようだ。

物音すらしない静けさに身じろいで、ヒルデガルドは背筋を伸ばす。


『兎に角サティ、私が言いたいのはね、貴方はもっと存在を示しなさい。

 あまりにもモーリスの影に隠れて唯々諾々としているから、陰で守護霊って言われてるわよ』

『守護霊』

『私達が卵で居られるのは三年間だけ。

 やがて殻を出て自ら歩めと言われた時に実体がなければ困るのは、誰でもなく貴方』

『…』


忠告はしたわよ、と少女は一息を置き、穏やかな表情で黙っていた男を見やる。


『勉強の邪魔をしたわね、モーリス・ラゲール』

『キミが家名まで呼ぶのは癖かい』

『偉そうだって?礼儀を抱けど学園は平等よ』


暗に、侯爵家嫡男である彼との身分差を指摘されたのかとヒルデガルドが尖る。

それを誤解だと彼は緩く頭を振りつつ否定し、口を開く。


『キミの根底にある敬意は伝わっているよ。

 ただ、僕の事を名前で呼ぶのがサティしか居なかったから嬉しかったんだ』

『暢気な…』


早々に周囲から一目置かれてしまったからか、彼の言う通りモーリスを皆家名で呼ぶ。

何とも気にしていないように傍から見ていたが案外年齢よりも幼げな事を言うではないか。

落ち着いた雰囲気があるからか、よりそう思えてしまったヒルデガルドは下げた肩を中々戻せなかった。

漸くして手に持った本を何とか抱え直し、姿勢を正した。


『守護霊を鍛え上げるのに精進しなさいな、モーリス。

 夏季休暇明けの試験ではそんな貴方を超えて見せるわ、首を洗って待っていないなさい』

『サティは守護霊じゃないよ』

『そうね、ごめんなさいサティ』

『あ、うん…』


折角踵を返し立ち去ると共に格好良く焚きつける言葉を吐いてみせたのに、ヒルデガルドが思っても無い返しをモーリスにされた。

かと言って彼の言葉を無碍にするわけでもなく正しく受け止め、思った通りにすんなりと彼女も打ち返す。

この空気に戸惑ったのはサティだけだった。


この一幕があったからかは定かではないが、夏季休暇を終えた頃からサティは少しずつ前に出て自ら発言するといった変化を同級生に見せた。

しかし何もないところで転ぶ癖は何時までも直りはしないのだが、手を差し伸ばされる前に立ち上がった。


そしてさも当然のように、張り出された夏季休暇明けの試験結果にはモーリス・ラゲールの名が燦然と最上位に刻まれていたのだった。



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