22:勝手にする
「キミが来ると分かってたからわざわざ引率係引き受けたんだよ?」
「愚かですね」
「あーあ、まさか開発部に行くとは思わなかった。
ヒルデガルドちゃんに手取り足取り教えて、俺のカッコいいところ見てもらえると思ったのに」
「代わりにモーリスの手取り足取り指導出来るじゃないですか良かったですね」
食堂の賑わいは落ち着き、少しピークを過ぎた時間。
開発部の魔導師達とあれこれ話し出したら止まらなくなり一人飯となってしまったヒルデガルドの元に、同じように訓練に熱中し過ぎたのかテオドールとモーリスが顔を揃えてやってきた。
お互い、姿を見た時は「何故こんな時間に?」と驚きを浮かべたが、テオドールの顔に笑顔が浮かぶのはそう時間が掛からなかった。
先に遅まきながらの昼食を摂っていたヒルデガルドの元にいそいそとトレーを持ってきて相席を陣取ったのだ。
彼が学生時代にはどうにか避けられていたのに此処で相対する事になるとは想定外だった。
他にも空いている席があるにも関わらず座るな、と目線で訴えるも、食事は楽しく摂りたい主義なんだと言われてしまえば同じ認識である少女が断る事のも難しい。
勿論モーリスがそんなテオドールを止める事はなく、ごく普通に後を追い、先輩の横に座る。
会話の切り出しは自然と何故こんなズレた時間に摂っているのかというものになったし、聞けば久々のモーリスとの手合わせだとテオドールが訓練時間を余計に掛けてしまい、他の学生達から一人遅れてしまったそうだ。
因みにヒルデガルドの見学受け入れ先である開発部の魔導師達は、「今ならいけそうな気がする!」と開発に夢中になっているため未だ昼食を摂っていない。
気分が乗ってやれる時にやるという雰囲気は、ベルリオーズギルドを思い出させて少し懐かしくもある。
だからこそついつい部外者という身の癖に遠慮もなしで他の学生を差し置き、職員の談義に交じってあれこれと意見や手伝いをしてしまったのだが。
ふと我に返ったように、学生を巻き込むのはと遠慮がちに先に送り出してくれた職員を気の毒に思ったヒルデガルドは、まず開発部へ軽食を運んだ後にこうして一人食堂で摂っているといった経緯だ。
(軽食を運ぶのを後にすれば相席しないで済んだだろうけど)
と、脳裏に後悔が浮かぶも、国の為に働く方々を蔑ろにするなど流石に出来なかった。
学生時代は周囲からの視線も煩かったし食事の時間もほぼ全学年一斉であったから、余計ないざこざを避ける為にもテオドールと接触をしないよう心掛けていたがここは王宮だ。
そこまででもないだろうと高を括っていたが、まぁこの男、顔だけはやはり良いのか、人が少ない食堂でも女性が良く声を掛けてきていた。
中には随分距離感が近い様子で接している女性も数人いたので相変わらず楽しくやっているようだ。
ヒルデガルドの呆れた様子を察したのか、テオドールは少し得意げな面持ちで少女を見やる。
「俺は顔の良い公爵家嫡男の癖に婚約者も居ないからね、人気なの」
「女性職員を呼び込む広告塔頑張って下さい」
「ヒルデガルドちゃんが入隊してくれればその役割をモーリスに押し付けるんだけどなぁ」
「モーリスは実働隊希望なの?」
ふと口数の少ないモーリスへ話を振れば、彼は緩やかな食事の手を止めて顔を上げる。
そこに浮かんでいたのはいつもの微笑みではなく、少し困惑したような表情だった。
見つめ返されたヒルデガルドが小首を傾げると彼は緩慢に口を開く。
「…ヒルデガルドさんは、嫌かな?」
「モーリスが実働隊に入るのに私の機嫌が関係する意味が分からない」
「えっヒルデガルドちゃん実働隊の男はダメなの?!」
「職責差別主義かと誤解を生むような言い方をしないで下さい。
責任ある大事なお勤めじゃないですか、生半可な実力で出来るものでもないし」
「まぁ魔導師って基本貧弱なの多いしね」
テオドール自身もそうじゃないのかと口に出したいところを飲み込み、ヒルデガルドは視線をテオドールからモーリスに戻した。
彼は自分の手元に視線を戻し、未だ晴れない表情をしている。
「自分がやりたいと思っているならそれで良いじゃない。
夢を現実にする努力をして、手の届く場所まで来たのは貴方が努力したからでしょう?」
ゆるりとモーリスが顔を上げ、真っすぐなヒルデガルドの視線を眩しそうに眼を細める。
「少なくともフォーレ先輩よりモーリスの方が真面目に勤めそうだから安心だわ」
「え?酷くない?俺だってちゃんと仕事してるよ?」
「同僚としてなら別に好きにしてろって思いますけど、守られる市民としてはちょっと」
「なら同僚になろうよー!」
「無理です」
「そっか」
小さく、嬉しそうに笑うモーリスの声色に二人がぴたりと下らないやりとりを止め、そちらを見る。
彼はいつの間にか浮かない表情を消して食事を再開していた。
「…ヒルデガルドちゃん、モーリスとライバルなんだよねぇ」
「何でもかんでも競うっていう訳じゃないです」
「いやそうじゃなくてさぁ…うーん」
煮え切らない様子でサラダを突き、テオドールが独り言ちる。
漸く黙ったかとヒルデガルドも止まっていた食事の手を動かし、もうさっさと済ませてしまおうと幾ばくか速度を上げて口に運んでいく。
「ねぇヒルデガルドちゃん」
「何でしょう」
「デートしようよ」
「しません」
静かだったのも束の間、ぽんと投げられた言葉を即座に打ち返せば、彼は分かっていたとばかりに苦笑を浮かべ残っているサラダを食べている。
「午後の訓練で俺がモーリスに勝ったらご褒美に、ね?」
「何故私を巻き込むんですか迷惑でしかない」
「そうでもしないと俺ヤル気でない」
「知りません関係ありません自己管理して下さい」
「よーっし!そうと決まれば腹ごなしにちょっと書類仕事してくるよ!」
「何も決まっていません!」
テオドールはそう言い残すとさっさと食事を済ませトレーを持って席を立ち、食堂を後にした。
何て自分勝手な奴なのだと憤怒を押さえるヒルデガルドとは別に、モーリスはいつも通りゆったりとした動作で食事を進めていた。
勝手に対戦相手にされた彼も気の毒だが、何も気にしていない様子なのは流石というか。
「…去年もあんな感じだったの?」
気まずい空気を感じているのはヒルデガルドだけなのだろうが、濁すように言葉を紡げば、彼は食事の手を止めずに答える。
「フォーレ先輩の中でご褒美を決めて、頑張ってた事もあるんじゃないかな」
「貴方に機嫌を取ってもらう事は無かったってことね」
「そうだね…デートするの?」
「する訳ないじゃない」
幾ら変えようと思っても、相手もそう感じてくれていないのなら話題も変えられない。
蒸し返された件を避けるようにヒルデガルドも食事を済ませ、モーリスが終わるのを待たないで立ち上がる。
「僕が勝とうか?」
ヒルデガルドがした退席の挨拶の代わりに投げられた言葉に思わず足を止める。
去年テオドールに絡まれた時、彼は一切手出しをする気配はなかったのに、どういう風の吹き回しだろうか。
というか、モーリスの言葉は随分と不遜である。
彼等の力量差はそれ程あるのだろうかはヒルデガルドも知り得ないし、そもそも興味がない。
ただ、何の意図を思って彼がそう提案してきたのかが分からず、怪訝な顔をするヒルデガルドを真っ直ぐに水色の瞳が見上げていた。
勝手に対戦相手にされたモーリスも、報酬にされたヒルデガルドもただテオドールの気紛れに巻き込まれただけなのだからそれに付き合う義理もない。
例え対戦を断れなくてモーリスが負けたって何の罰もなければ、ヒルデガルドが誘いを断り続けようとも一方的にテオドールが言い出している事なのだ、構いやしない。
にも拘らず、気遣いをしてくれる彼の人の良さが自分へ向けられている事がこそばゆくて、気が付けば少女はただ困ったように笑っていた。
「気遣いありがとう、でも自分でどうにかするから大丈夫よ」
そうとだけ答えてヒルデガルドは食堂を後にした。
心持ち、足もちょっとだけ軽くなって、午後の混迷する開発部を穏やかに見守れた。
翌日、見学最終日。
王宮魔導師の詰め所に顔を出すと他の学生が、昨日の訓練でモーリスが怪我をして今日は念の為休養していると聞いた時は何をしているんだと呆れた。
ただ、テオドールとも会う事は無かったので勝敗の結果は知れず、そしてもう会う事も無いだろうとヒルデガルドは内心ほくそ笑んでいた。




