21:初日から精神的に削られた
会議室での説明を聞くには、まず初日は各受け入れ部門を順で見学し、翌日から希望箇所への終日見学を行い箇所の指示に従うというものらしい。
確かに一度や二度見るだけでは表面上の見学で終わってしまうが、各部門で学生を預かるとは随分大きくでたものだとヒルデガルドは思った。
ギルドでもそうだが、王宮魔導師の詰め所は機密情報を扱う場でもあるため部外者は立ち入り禁止だ。
幾ら今後の就職を見越してと謂えど学生を数日留めた上、人数を分散させるのは危険なのではないだろうかと見学側の立場では思ってしまうが、そこは受け入れ側の警備力を信頼するべきなのだろう。
(まぁ見せられないものは隠してくれるだろうし、此方が気にする話でもないか)
一息吐いて、視線を感じ顔を上げる。
視線を寄越していたのは隣のモーリスではない、各部門から出された魔術師の並びに座るテオドールだ。
彼はにこりと目を細めて笑うものの、入室してすぐの気安さを引き締め王宮魔導師の面持ちで横の同僚たちと言葉を交わしては視線を少女から外した。
(フォーレ先輩が王宮魔導師になってたとは知らなかった。
よほどモーリスの教えが良かったのか)
はたまた家の力かと皮肉を言いたいところだが、確かに昨年の魔導祭での戦闘は眼を見張るものがあった。
彼は光属性との親和性が高いのか、早々に目を潰されたお陰で指名対戦相手となったヒルデガルドも出すつもりのない大技を使ったりと大変だった。
由緒ある聖なる魔導祭で、「俺が勝ったらプロムのパートナーになってね!」とかふざけた事を抜かしやがるので初っ端から怒髪天にならなければ、もう少しヒルデガルドも落ち着いて戦えただろうも、この男を完膚なきまでに舞台から叩きだしてやろうという気概は高まった。
視界が塞がれ十八番も打てない中、彼女はならば全面をと大規模魔導を展開し、奴を舞台の上で炙りタップダンスを踊らせてから叩きだしてやった。
ヒルデガルドの炎を見越して浮遊する相手は多いが、実際対戦すると熱された地面からの上昇気流で操作が乱れそちらに気を取られがちになるのだ。
そこを土塊で叩き落とせばもう彼女の勝ち筋である。
しかしテオドールは立て直しが早かったし、土塊を打ち落とす空中応戦も的確だった。
視界を妨害したヒルデガルドがどのようにして土塊を操作し、狙いを定めているのか把握したように囮を生み出し、加えそこに阻害を組み入れているのだから堪ったもんじゃない。
誤射する度に此方の土塊操作が乱され、ヒルデガルドの視界が戻りそうになれば光源が辺りを包み継続して目を潰しにくる、という何とも長引かせたくない戦いを強いられた。
故に彼女は幾つか誘爆を起こし相手の退避先を誘導し、そこを背後から土塊で突き落とした。
その頃には残魔力も殆どないくらいヒルデガルドは疲弊していたが、熱された大地は長時間続くのが利点。
落とした相手は多少なりと冷めたものの灼熱の上で踊り狂うのだ。
そうすれば相手の魔導も狂い、解けた瞬間にミソッカスな力をありったけ込めて舞台から叩きだし、自らも障壁維持が難しかったため早々に舞台から降りた。
こんなふざけた相手に手間取るなど中々に屈辱であった。
テオドールのタップダンスを思い出して苛立ちを愉悦に変えようとしている内に説明が終わったのか、移動のために皆が席を立ち始める。
ヒルデガルドも資料を抱えたまま立ち上がり、学生の輪の中に早々に入っていこうとしたが、なんという事だろうか女子学生の一部が久々に会えたテオドールの元へと向かおうと流れを逆らう。
気が知れないと、避けようとした時にバランスを崩した彼女の腕をさっと掴む手があった。
「大丈夫?」
顔を上げれば思いの外傍にモーリスの顔があった。
少し驚いて、眼を見張るヒルデガルドに彼はにこりと笑って見せて、軽く腕を引く。
「まずは調整部だって」
「ええ、ありがとう」
体勢を立て直し会議室を早々に退出し、先導する魔導師の後を二人は追った。
自然とヒルデガルドの隣にはモーリスが歩いていた。
(私が鈍くさいのは分かってるけど、反応速度が全く敵う気がしない)
彼女の腕を掴んだ手は衣服越しでも硬さを感じた。
この夏の長期休暇中、モーリスはベルリオーズのダンジョンにも顔を出したようだが、他のダンジョンにも潜っていたのだろうか。
(魔導祭は魔導師の戦い、といっても近接戦が禁止な訳ではない)
それを見越して実践を重ねていたとしたら増々この男は脅威である。
ただでさえ昨年はクラスも異なり、更に彼は二年の講義には殆ど顔を出していなかったと噂では聞く。
実技場で偶に見かけることはあったものの大抵テオドールの実技を見ていた為、この一年でどれほど魔導の技術が伸びているのかは未知だ。
(今までの魔導祭でのモーリスが主体として使ってきたのは水属性だった。
火属性は不利と謂えど、それなりの火力なら押し勝つことはできる)
早打ちで威力の低い攻撃であれば水属性に軍配はあがる。
しかし燃え始めれば広範囲に影響しやすいのが火属性の特徴でもあるし、生半可な水で消せない熱量を蓄えて放てば火属性でも十分対抗できると言えるが、それを考慮しない男でもない。
(うーん読めない)
読めない、というのは弱音ではない。
だからこそ面白い、と沸々彼女の中に愉悦が沸き起こる。
自身が持つ情報からの推測、彼女が使える術の弱点を見つめ仮想敵の攻め方を考えつつ魔導の使いどころを再配置して組み上げてゆく時間。
新技をどのように使っていくのかも肝だ、さぁどうしてやろうと口角は自然と上がる。
見学中にそんな事を考えていたからだろうか、周りからはさぞヒルデガルドは調整や開発部門に興味を持ったのでは無いかと昼食中に話を振られた。
休み前にサーンス講師にも窘められたにも関わらず、違う事を考えていたとは到底言えず曖昧に微笑み返すに留めたものの、ギルドでの姿を見たモーリスはにこにこと同級生の言葉に頷いていた。
「ヒルデガルドさんは実働隊じゃなくて開発部の方が合いそう」
「鈍くさいからね」
「見学中もすごく楽しそうだったし、やっぱり王宮の設備は充実しているよね」
「ああ…あの設備は確かに、個人や地方では揃えられないわ」
圧倒的な財力差を見せられたのを思い出したのか、ヒルデガルドの眼が遠くなる。
別にベルリオーズギルドの設備が貧相だった訳じゃないが、便利な最新型を見るとちょっと物悲しくなる。
地元に戻ったらもっと自分の工房がみすぼらしく見えてしまう事だろう。
「研究開発するならやっぱり王都は魅力的でしょ?デイビアさん」
「まぁ王宮は王都の中でも特殊であるけど、大手の魔導具開発商家も中々だよ。
よ、よかったら今度ウチの設備も見に来るかい?」
「お気遣いありがとう、でも見たところで手が届かないからいいわ」
緩く首を振り誘いを断りつつ食事を進めようとすると、正面からモーリスがじっとヒルデガルドを見ている視線に気づき手を止めた。
あまりそう人の食事をまじまじと見るのは不躾だ。
批難の眼を向ければ、彼は小さく謝っては目を伏せ、自分の食事を再開した。
(モーリスも、私が卒業後に南に戻るってのは知っているのかしら)
そして、他の人間のように王都を離れる事を惜しんでくれるのだろうか、と。
咀嚼しては飲み込み、浮き上がった心が形を得る前に深いところへとヒルデガルドは押し込んだ。
午後からは実働隊の詰め所へと足を延ばす。
魔導師の実働隊は、ダンジョン探索や事件での調査を行うなど王宮外での活動をする場合、騎士団と行動を共にするためその詰め所が騎士団と隣接しているのだ。
かといって開発部や調整などの部門とそこまで離れている訳でもないのだが、そのせいもあってか魔導師の中でも社交性が高い人物が多いようだ。
行き交うローブも午前中に見学した先と違えば、その下に着けた装備品も異なるし、身体付きも違う。
一日の業務内容にも肉体基礎訓練が入っているのは特殊であろう。
「さぁ、それでは実働隊と言えば訓練場だろう!おいで」
引率役なのかテオドールが華々しい笑顔で皆を誘導し、先頭を歩き出す。
まさかあのポンコツ爛れた先輩が、この肉体にも精神的にも厳しそうな部門に配属されていたとは。
知らなかったのはヒルデガルドくらいなのか、同級生女子はただただテオドールに浮かれ切った様子であるし、モーリスも平然としていた。
「此処が訓練場だよ。
実働隊は魔導師と謂えど戦闘力が求められるし、自衛も出来なければならない。
そのために魔導だけでなく肉体の訓練もしっかりと行っているよ」
「女性の方もいらっしゃるのですね」
一人の女学生が見る先には複数人の女性魔導師がローブを外し、武術訓練を行っていた。
厳しい顔つきながらも凛々しいその姿は美しく雄々しい。
それは見慣れている筈のテオドールもそうなのか、少し目を細め眩しいものを見るようにして頷く。
「そう、でも彼女達は元騎士団の人が多いんだ。
魔導の技術を高め此方に配属替えを希望して着任してね、お陰で女性実働隊の武力が凄い伸びた」
「素敵ですね、互いに影響し合えるのは」
「俺もそう思うよ。
だから運動が苦手な子でも臆せずに実働隊においで!何なら俺が手取り足取り教えてあげるし!」
テオドールが片目を楽し気に瞑り微笑みかけるが、沸き立つ女学生の奥に居たヒルデガルドだけは、さも不快だと眉間に皺を寄せて軽薄な男を睨み返していた。
絶対にこの部門だけは選択しないでおこうと心に誓った。
詰め所が離れているのもきっとこの為なのだとヒルデガルドは思えるくらい、その後の実働隊の演習見学もねちねちとテオドールが絡んでくるのが鬱陶しくてならなかった。




