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2:回顧、それは敗北の記憶


 王国領土中央よりもやや北よりにある王都にその学園、フロイディヒ魔導学園はある。

魔導の才ある者であれば貴賤問わずに門戸を開く気風もそうだが、専門性と教育内容の高さは国内、いや大陸内でも最高峰の学園であると称される学び舎だ。


簡単にだが『魔導』について触れておくと、この世では遍く命が体内に魔力を有する。

特に人類がその力、体内の魔力回路を使用し力を行使するには綿密な操作を必要とした。

例えば暖炉に火を付けるような日常的な力であろうと、右手でお役所へ提出する収支報告書を書き記しつつ、左手ではせっせと機織りをするようなものだ。

要は大変、日常使いするには不便であった。


しかし彼らの先祖はどうにも便利にしたかったのか、法則を落とし込んだ『導』と呼ばれる道筋を作り上げることにより一部の魔力行使を簡略化した。

特に出来の良い『導』は、使用時に魔力が通い浮かび上がる紋さえも芸術と称されるようになった。


こうして文化として学問として確立したものを『魔導』と称し、学び舎が創設されるに至る。


さて、フロイディヒ魔導学園は三年間のみ通える。

年齢は問わない、とされているが専ら魔力行使訓練時にも安全を期し、身体の成長が落ち着く十五歳前後から通う者が多い。


三年間のみ、というのはそのままで、落第しようとも最大三年間しか在学を許されない。

己で踏み入れた道にも関わらず、諸事情で志半ばで倒れる者も屡々居るには居るが、まぁ数は多くない。

その少数に決してなるまいと生徒は日々研鑽を積み重ね、自身を、そして学友と互いに切磋琢磨し高めてゆく。


未だ見ぬ学園では、さぞ美しい群像劇が繰り広げられているのだろう、と心を弾ませていたのが幼い日のヒルデガルド・デイビアであった。


彼女は南の穀倉地帯に程近い、長閑ながらも活気に満ち溢れた地方都市の出身だ。

その領地を治めるのが彼女の父でありデイビア伯爵である。

彼は中々商才にも長けた人間で、今では爵位に見合わぬ財を成している。


片田舎ながら、物資にも人材的にも困る事が無かったヒルデガルドは十分に学び育ち、満を持してフロイディヒを受験した。

最高峰と名高い学園の入試試験に緊張はしていたものの案外余裕であった、ほぼ満点ではなかろうか。

そんな期待に膨れた胸へと飛び込んで来た合格通知を、当然と受け取りつつも、はて、と彼女は首を傾げた。


『この私が主席合格者ではなくて?

 新入生代表の挨拶についての先触れが無くてよ?』


封筒を逆さにしても、糊代全てを引っぺがして一枚の紙に開きなおしても、期待していた言葉は見当たらなかった。

名門学園が、主席合格者への賛辞も新入生代表挨拶の願いについても忘れるとは到底思えない。

しかし、しかしだ、万が一の可能性もある。


問い合わせようと思ったのは一瞬。

仕方ないわね此方が気を利かせて準備しておきましょう、の傲慢さと高揚が生み出す物質が脳内を駆け巡っては思考を占めた。

そうして、胸にしたためた学園生活への希望と夢を、物理的に共にして十五歳の早春、彼女は入学式へ参じた。


『新入生代表、モーリス・ラゲール君』

『はい』


吃驚した。

これぞ眼玉が飛び出る心地か、と思った。


自分の隣の男が呼ばれていやがる。

私じゃなく、隣の、この、のほほんと頭に鳥でも乗せてそうな暢気男が。

豪奢で華々しく、遠目からも映えるであろう私ではなく、この黒髪にぼやけた水色の瞳の男が、一人、軽やかな足音と共に壇上に上がってゆくではないか。


何故だ!


もう挨拶など右から左に聞き流した。

やけに少し低くて穏やかな声が、余裕ぶってると感じられてはその憤怒に油を注いだ。

パチパチと脳内で火花が散るようだった。

きっとあの瞬間、自分の瞳は実際に火花を放っていたのではないだろうかと、今でも思う。


しかしヒルデガルドは、屈辱とはこれほどの激情を伴うものなのかと初めての感情に嬲られながらも、うっそりと口元を上げたのだ。


上等だ、ああ上等だ!

流石最高峰の魔導学園だ、この才気溢れる私を差し置いて上に立つ奴が居るとは!

私達は出会うべくして出会ったのだ!


そう、貴様が私に唯一見合う好敵手モーリス・ラゲールに。

打ち果たすべき敵であり、切磋琢磨し鎬を削る事を許す存在だ!


故にあの日、まだ雪がちらつく春の訪れが遅々とした渡り廊下でヒルデガルドは言い放った。


『モーリス・ラゲール!貴方を私のライバルとして認めてあげるわ!!』

『え?キミは誰?』


そりゃそうだ、初対面でしたわと出鼻を挫かれつつも怯まず礼を取る。


『私はヒルデガルド・デイビア、貴女のライバルになる女よ』

『初めまして』

『礼儀正しいわね、それで?』

『ありがとう、それで?』


ヒルデガルドは困惑した。

愛読書では、好敵手は相見えた瞬間に互いをそれと認識し、眼光炯々と睨み合うものだ。

何か違うぞと小首を傾げるのも負けた気がして、引かない彼女の代わりに立ち止まっていた周囲が引いた。

この女ヤベぇぞ、と。


『おいヒルディ、初っ端から飛ばすなよ!』


一人、やや後ろでゲラゲラと腹を抱えて笑っていた男が間を取り成し、その場は解散となった。

勿論その無礼な男こそ、三年目にも何か起きるんじゃないかとヒルデガルドを人波から伺っていた、セルゲイ・ベルリオーズ伯爵令息だ。

彼は隣領地の伯爵家の嫡男であり、幼い頃からヒルデガルドとは家族ぐるみで付き合いがあるため気を置かない間柄である。



そして今年もセルゲイはヒルデガルドと同じ組だ。

今も他人の席に勝手に腰掛け、呆然と窓の外を見ている彼女の眼前で手を振っている。


「回想は終わったか?」

「まだ入学式直後よ、お黙り」

「もうどこまで遡ろうと現実は変わんねーよ」

「くっ…!いけしゃあしゃあとお前は!」


憂鬱な気分すら長続きさせてくれない幼馴染を怨嗟に塗れた眼で睨めば、彼はわざとらしく肩を竦ませ、手にした丸めた紙でぱしぱしと机を叩く。


「だ~か~ら~さ~、もういいじゃん終わり終わり!お前の宿敵は今年もポンコツで手一杯!

 別の青春で楽しもうぜ?最後の一年じゃん」

「最後の一年だから余計悔しいのよ!」


紙が生み出す軽い打撃音を掻き消すような轟音で机を叩く。

それを相手はまたゲラゲラと笑いつつ、丸めていた紙を開いて見せた。


「その悔しさを生徒会で晴らせよ、有能さを見せつけてやれ」

「三年目の生徒会なんて執務室でカードばっかりしてるようなもんじゃない、嫌よ」

「ヒルディがいねーと俺ばっか負けるんだよぉ」

「私を食い物にしようなんて良い度胸ね!」


叩き落とした紙がひらりと床に落ちる。

それをゆったりと拾い上げた友人が、苦笑を浮かべて二人に近づく。


「アレ見たら流石にヒルディが気の毒になってきたよ」

「同情されるのもされるので、釈然としないわ」

「だって随分な先制攻撃だったじゃない」

「攻撃?」


薄墨色の髪を手で流し、友人リリは口を開いた。


「ほら、去年フォーレ先輩とモーリスが一緒に居たから判りづらかったけど、彼人気じゃない。

 それを一撃必殺!先手必勝!まずは一番上からブチのめす!みたいなさぁ」

「???」

「リリ、リリ、こいつ分かってねぇ」


セルゲイが呆れたように頭を振っているが、ヒルデガルドはそれも意味が分からず困惑する。

先程からリリは何を言っているのか仔細は分からないが、とりあえず自分はあの金糸雀に攻撃されたという事なのだろうか。


「私があの金糸雀にライバル視されたという事かしら?」

「絶対分かってないのに分かってる風な事言ってる」

「面白いから良いんじゃない」


こそりと二人が呟く声も、思案に落ちたヒルデガルドには聞こえない。


「無作法ね、宣誓もなしに好敵手として見做すなんて」

「どこの作法よ」

「コイツが好きな冒険小説」


形式美を無視した点を批難しつつ、止める者無き思考は冷静に回り続ける。


「大体、一年と三年じゃあ土台同じ舞台に上がろうにも無理があってよ」

「お?モーリスの手助けがあってもか?」

「キミなんか自分が相手をせず弟子で十分だって事?」


その高速回転に合いの手で差し込まれた棒が、けたたましい音を立てて爆ぜて火花を上げた。


「ちょっと何よそれ!私を誰だと思っているの!」

「いけいけ!」

「それでこそ私達のヒルディ!」

「そうよ!私こそがヒルデガルド・デイビア!今年こそ主席の座を頂く者!」


立ち上がり高々と誰にでもなく言い放つ堂々たる姿は、彼女の派手な外見もあって、まるで舞台女優のように見事であった。

その傍ら、廊下で囁かれた言葉が幕間の静けさに刺さる。


「なぁ見たかよ」

「モーリスにくっついてたあの一年だろ?見たみた」

「よくやるよな、休憩の度にさぁ」

「さっきなんかトイレにまで一緒付いていこうとしてたぜ?」

「どっちの」

「モーリスの」


「…………」


思わぬ差し出口に沈黙の幕が落とされ、ヒルデガルドは音もなく着席をした。

思った以上にあの金糸雀はポンコツそうだと、背負うモーリスの重荷に誰しもが憐憫を抱かざるを得なかった。



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