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19/22

19:その指先で形を求めて


「何か今更になって分かった」

「何が?」

「王都のギルドじゃなくてウチのギルドにお前が売り込みかけた理由」


帰り道、全てを語られていなかったセルゲイが憔悴した面持ちでため息交じりに弱々しく呟く。


「伝手と立地よりも自分の名前が漏れないのを重視したのか」

「当たり前じゃない、我が身ほど可愛いものはないわ」

「よくゆーわ」


反応がお気に召さなかったのか、今度は拗ねた様子を見せる幼馴染にヒルデガルドは苦笑を零す。

水臭いと思われようが、冒険者用の魔導具を開いたなど彼にも言える訳なかった。


ヒルデガルドだってずっと魔導具としてではなく数少ない姉の遺品として扱ってきた品物だったのだ。

何か起きたらと、わざわざ屋敷から離れた納屋で一人、息を詰め細心の注意を払って事に及んだのはそれこそ東から戻ってきて数日後である。

そこからリリが訪れるまで、寝る間も惜しんで導図や資料を纏めなおした。


彼女自身、どうして此処まで意欲が傾いだのかは分からない。

未知の領域だったからかもしれないが、もっと、何か違うものに突き動かされた気がする。


(きっと、これが形になる頃には分かるのかもしれない)


内面で静かに跳ねる高揚を愛おしむようにそっと自分の胸を撫でた。



 こうしてヒルデガルドの日常に、ベルリオーズギルド通いが加わった。

呆れながらもリリも一緒にベルリオーズで今年は過ごす事にしたのか、ヒルゲイと共にヒルデガルドをギルドまで送り届けた後恋人同士で街や郊外で時間を過ごしているようだ。

南にヒルデガルドと遊ぶために来たであろうリリだが、学生最後の夏を恋人の故郷でのんびり過ごせるのも結果的に悪くはないのだろう。

毎夜、今日は何処に行った、アレが面白かったから王都でも流行らせたい、セルがどうしただの、飽きずににこにこと嬉しそうに話しているのがなんとも年頃の少女らしく可愛らしい。


一方、ギルドの奥まった場所にある魔導具開発部門でヒルデガルドは毎回笑顔とはいかなかった。


「冒険者の実態からすると性能高くし過ぎても扱い切れないんだよヒルデガルドくん」

「結局道具だ、消耗品だ。原価率って言葉を耳にした事はあるだろう商家の御息女なんだから」

「え?あっ!!そっかこの変換部使ったから動くのね?!すっごーい!!

 やーーー助かる!新人が頭良くて溜まってた仕事が片付く!ごめんねこっち手伝わせて!!」


見たところ、リンゼは三十代半ば頃であろうも部門では上座に座って仕事をしていたし、抱えている案件量が他と違う事もあってヒルデガルドの研究に付きっ切りとはいかない。

持ち込んだ導図を冒険者用魔導具を参照にして組み直し、改訂案を見てもらおうと待っている間にわやわやと他の研究員から声を掛けられ、持っていた導図を見られては文句を言われそんなことよりと雑務を投げ掛けられる始末。


個人でしか研究をしてこなかったヒルデガルドには、他人にペースを崩されるのが中々に堪えた。

しかし彼女が頼み込んで場と知識を借りているのだからと我慢をしているし、何なら普段の傲慢さは猫を被って誤魔化しているつもりである。


「使いこなせる冒険者が使えば良いのですよ先輩」

「私の才に付ける値段ですもの、安い訳はありませんよ」

「ちゃんと訓練場での動作確認をしてからですよリンゼさん!!え?私?!行く訳無いでしょう?!

 それこそ他の研究員や冒険者に依頼を…分かりましたそっちは私が手配しますから導図の確認を!」


猫を被っているつもりである、本人的には。

だが皮の下でギラギラと臨戦態勢をとって構えているのをひしと他研究員は把握していた。


普段学園のように髪を下ろしているのが邪魔だと思うくらい開発部門は忙しない。

ヒルデガルドがその長い髪を三つ編みに結って通う頃には、導図段階から魔導具付与へと研究は進んでいた。

勿論リリは呆れながら王都へと戻った後である。


「むぅ…!この魔石じゃ導図が収まらない…!!質が!質が足りない!」

「複数使っても一つに纏めた時より抵抗値上がるし、魔力消費が大きくなっちゃうねぇ」


リンゼはニヤニヤと笑いながら頭を掻き毟る少女を眺めていた。

計算上ではベルリオーズで算出される魔石に導図は収まる筈だったのだが、試験用に用意されたのはその品質が随分と劣るものであった。

実家に支援を求めて品質を上げた魔石を購入するべきか、いやでも言えない、と声に出来ない苦悶に唸る少女を横目にリンゼが導図を見やる。


「ここの回路は肝だものねぇ、どうするヒルデガルド?」

「…仕方ないでしょう、奏を重ねる前提で導図を組みなおしますよ。

 クソっ原価計算からやり直しになるなんて…時間足りる気がしない…」


顔を上げ、溜息と共にペンを握るヒルデガルドにリンゼが目を瞬かせる。


「あの子の属性が分からないからあんまり奏数増やすつもりなかったのに…チッ!

 でもどうせ彼も一緒だろうから供給させれば…ん?おや?これはいけるのでは?」


ぶつぶつと恨めしい顔で呟いていた顔が一転、急に物凄い速度でペンが動き周る。

見る見る間に、罫線しかなかった導図に美しくも複雑な回路図が描き出されてゆく。

土と水は元々あったが風や光、複数属性が綿密に絡み合い補助し合うその導は、傍で見ていたリンゼも息を呑むほどに壮麗であった。


「どうせなら…うん、そう…やりたいこと入れてやる…もうこれアイツしか使えないのでは?」


ヒルデガルドがリンゼへと提案した障壁は、属性数を極力減らし多くの人間が使える魔導具に仕上げる前提で組まれたものだったが、今彼女が組み上げているのは、誰に使ってもらうのかがもっとはっきりと、そして限定された謂わばオーダーメイドレベルの魔導具導図であった。


タン、とペンを立てるとすぐさま彼女は腰に下げていた杖を取り出して魔力を通した定着を始める。

次々と導図に魔力を通してゆき発動確認と紋の様子を眺めていたがふとしまったとばかりに顔を顰めた。

ヒルデガルドは光属性とは不和であり、導図を組み上げる事は出来ても試験する程の魔力が足りない。

どうしたものかと深まる眉間の皺を笑うようにリンゼが喉を鳴らす。


「分かった、分かったよアナタの熱意が本物だってこと。

 土の魔石も私の財布から出してあげるし、その導の試験も手伝ってあげる」

「!」


ぱっと顔を向ける少女に深くリンゼは頷き、彼女の手元から複数枚の導図を手に取り起動させる。

浮かび上がり重なり合う紋が生み出す図案の美しさは、導図の時点で分かっていたつもりだったが、実際に浮かび上がらせ目にするとまた違って見える。


「アナタが生み出す導は綺麗だね、魔力の注ぎ甲斐もある」

「…ありがとうございます」

「その知人とやらは果報者だ」


紋の軌道と放つ輝きを瞳に映したままリンゼが呟いた言葉に、ヒルデガルドは何と返したものかと口を閉ざす。


別に、頼まれた訳でも何でもないし、親しい友でもない。

彼は好敵手だ。

唯一無二の、ヒルデガルドが超えるべき、未だ越えられない壁だ。


一方的だった関係が、先日の談話室を皮切りに少しだけ、変わったような気はするが。

だからと言ってお節介を焼いている理由も、彼女自身よく分かっていない。


モーリスは、穏やかで人当たりがよくて、優しく他を助け自らを差し出す事になんも躊躇いがない。

でも言いなりで厭世的な訳ではなく、運動が苦手で冒険者など務まらないであろうヒルデガルドをきちんと止めるくらいは、分別もあるくらいに自己はあるのだ。

その一方、見てみたかったからとしなくてもいい冒険者登録をしてダンジョンに踏み入るような、矛盾。


ヒルデガルドが負け惜しみで言った、自分が勝つまで死ぬなという言葉など、きっと気に留めてない。

そう思ったらこその意地なのかもしれない。


でもそれは嘘じゃないのだ、ただ負けで惜しんだだけではない。

ちゃんと聞いていて欲しい、此方を向け。


(…私、まるで駄々っ子だわ)


ふと過ったのは談話室での一幕。


大泣きしたセシルではない、話をしたいと希った彼の肘沖に置かれた手だ。

形を探すように、もどかし気に揺れ動く肌色が妙に網膜に焼き付いて離れない。

きっと、二人して、歳に見合った駄々の捏ね方を知らなかったのだと、今なら思えた。

彼の涙に心臓が高鳴ったのは、どこか共鳴したものだったのだろう。


貴方も、同じなのね、と。


「うん、いいねぇ!」


リンゼの弾んだ声にはっとヒルデガルドは息を吸い込み思考を引き戻した。

彼女は黒色の瞳をきらきらさせ、頬を染め興奮した面持ちで導図を掲げて見せる。


「この改訂版、私用にも売ってくれない?!専用に調整したーい!」

「ま、まずは魔導具に付与して試験してみないと!」

「おーし!そうと決まれば購買部に発注表書くよ!書いてね!署名は任せろ!」

「署名だけ?!」


リンゼは積み上げられた書類の合間から文箱を引っ張りだし、そこに入っていた発注表を少女の胸に押し付けてはすぐに導図へと意識を戻してしまう。

押し付けられたヒルデガルドは抗議の声を上げるが相手はどこ吹く風である。

しかも、モーリス用に組んだ導図を既に自分用に書き換えようとしてくれるものだから勘弁してくれと慌てて止めなければならない始末だ。

導を起こすなら別の導図用紙にやって欲しい。



しかしこうして本格的にリンゼの協力を得られての魔導具付与は、知的好奇心をバチバチに満たす程楽しかった。

何せギルドの魔導具開発部門でも一目置かれているリンゼの手際の良さもその付与の技術も圧巻で、本格的な設備で行う魔導具付与に立ち会うのは初めてだったヒルデガルドは大興奮である。

進捗を見に来ていたセルゲイの声なんか聞こえないくらいにリンゼときゃいきゃい騒ぎ合って夢中で開発に勤しみ、あっという間に試験用魔導具は完成した。



「え?モーリス来てたの?」


そんな日の夜、ベルリオーズ家の晩餐室でセルゲイが事も無げに告げた言葉に目を瞬かせた。

セルゲイは肩を竦めて首を振り、これだからと呆れた様子を見せる。


「ダンジョンに用があったみたいでな、受付でバッタリ。

 ついでだしとヒルディんところにも連れて行ったんだけど、まぁーお前らはしゃいでて…」

「だって凄いのよリンゼさん!導図読みも早いけど、付与の方も凄い的確で丁寧で!

 あの速さで書き込みが出来るってやっぱり本職は違うのね!勿論設備じゃあ及ばないのもあるけど」

「個人でもあれだけ魔導具開発用具持ってるお前から見てもすげぇんだなー、当たり前だけど」

「そうよ!それに上等な魔石まで用意してもらっちゃった!」

「あーはいはい良かったな」


魔導の話になると四割増しで煩くなる幼馴染を慣れた様子でいなす相手に、ヒルデガルドは勿体ぶるように指を振り舌を鳴らしてみせた。


「言っておくけど開発はそれだけじゃないのよ?

 今回、障壁魔導具について研究した結果をもとに新技開発までやってるんだから」

「げぇ」

「ギルド内の訓練場での試運転は私立ち会えないから、その間はそっちに専念するのよ!

 そのために幾つか障壁魔導具も拝借してきたし」

「おい待て、まさかお前の新技って」


にやりと口元を歪める少女に、セルゲイは己の天命を嘆き空を仰いだ。

翌日から、ベルリオーズ家の庭では息子の悲鳴が賑やかに響くようになった。



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