18:考え出すと止まらない
「なんだかんだ言って結局ヒルデガルドはこうなるんだよねぇ」
「リリ、マジでごめん」
「でもリリだって興味あるでしょ、冒険者御用達魔導具の研究開発現場よ?」
「んーまぁねぇ…無いとは流石に言わないけど」
ベルリオーズ家の屋敷から一路、彼等は三人揃って冒険者ギルドの入り口へ向かっていた。
ギルド街は王都の規模に劣るものの市井とは違う賑わいや物珍しいものが露店には並んでいるし、行き交う人の恰好や雰囲気もどこか異世界のようで面白い。
ヒルデガルドやセルゲイは久し振りに来たな、という気持ちになるがリリは足を踏み入れるのも初めてなのか馬車を降りた途端に目をきらきらさせていた。
そんな恋人の様子を微笑まし気に見ている男はさておき、ヒルデガルドは資料や導図を入れた鞄を重そうに持ち直し一人鼻息荒くずんずんと歩いていってしまう。
すわどちらに付くかと普通であれば迷うのだろうが、そこは幼馴染だ。
慣れた様子でヒルデガルドの後ろ首を雑に掴み、リリの細い二の腕をそっと撫でた。
「行こうぜリリ、見るのはこの猪どうにかしてからじゃねーと落ち着かん」
「あ、うんそうね」
「猪って!猪ってなによ!せめてウリ坊とか可愛いのに例えなさいよ!」
リリが人混みに流されないようにしっかりとセルゲイの手を掴めば安心したのか、猪は捕縛を解かれどこか大人しくなって足並みを揃えて大通りを進む。
結局セルゲイが居ないと話が進まない事でも思い出したのだろう。
「でもヒルディ、研究開発って事は数日掛かるじゃない。
私と遊ぶ約束をお忘れになって?」
「研究開発という遊びでは?」
「私はそこまで勉強熱心じゃないわよ、商品開発なら別だけど」
きょとんと眼を丸くする友人にリリが辟易とした溜息を零す。
去年は普通に買い物に行ったり湖に遊びに行ったりとまともな交遊が出来たのにこの落差はなんだ。
やりたい事が出来たら本当に猪突猛進である、このヒルデガルドという女は。
同室の誼で慣れているリリだからまだ許してくれるという甘えがどこか透けて見えるのも頂けない。
むっと顔を尖らせたままの友人に、少女は視線を弱らせ肩を落とした。
「外向けにも開発しようと思っているのよ、そしたらそれ商品にして欲しいし」
「デイビア家で売らないの?」
「ウチの販路じゃ魔導具や防具は無理よ」
「んーどう思うセル?」
話を振られた男はやや視線を他所に投げ思案するも、リリよりも不満の色は無い。
伊達に長年幼馴染としてこの直進に振り回されてきていないのだ。
「出来次第だなぁ、でもヒルディの造ったもん売ってみたい感はある」
「確かに」
学友、しかも学園内で一位を獲れる程の能力を持った友人が造るものがどんなものなのかも気になるし、それを落とし込んだ商品を、友人である自分たちが取り扱うのは心が躍る。
学園での縁がこれからも続くのは当たり前だが、具体化するのはまた違った安心と期待がある。
まぁまずは彼等の御眼鏡に適わなければ全て夢想で終わるのだ。
ヒルデガルドは再び瞳に力を入れ、開かれた冒険者ギルドの扉の先を見据えた。
ギルド受付にある応接室に三人が通されるも、当たり前のように相手は来ない。
冒険者への依頼人でもなく、本人に権威もなく、高名な学園生といえまだ卒業もしていない。
そんな彼等を気にかけてくれる程世間は甘くもなく況や冒険者となればもっと手厳しい。
興味深そうに内装を見ていた二人も飽きたのか、緊張もやや解けた雑談をしている横で、ヒルデガルドだけは黙々と資料を見直していた。
やがて漸く、応接室の扉がノックされて二人の冒険者と使用人が入って来た。
三人がさっと立ち上がり礼を取る間に、使用人が茶のお替りを用意してくれていた。
「お待たせして申し訳ないね、私が開発部門副総括のエスターだ」
「私は魔導具開発者のリンゼよ、よろしくね!」
彼等の挨拶を皮切りに三人も顔を上げ名を名乗り、握手を交わす。
エスターと名乗った男は眼鏡に鷲鼻と、顔回りからはやや気難しそうな印象を受けるが、体形全体を見るととても柔らかそうだ、物理的に。
ただ肩書を思えば恐らく彼が此度の件を判断する責任者と少女たちは見た。
対して研究者であろうリンゼは白衣を纏ってはいるもののどこか草臥れていて、やたら明るい笑顔がいっそ狂気じみて見えるのは何故だろうか。
この場に足を運んだのは魔導具開発における意見をエスターに与える為とは予想出来るものの、もうちょっとこう、外向けの者を呼ぶことも出来ただろうに、彼等なりの若人達への牽制か。
自身の知っている健康的な冒険者の姿、ヒルデガルドの姉との違いにセルゲイが若干及び腰になる中、隣のヒルデガルドは気丈な態度で早速本題を切り出した。
「お時間を取っていただきありがとうございます。
今回、ベルリオーズ伯爵からのご紹介があった通り、学生の身分ではありますが魔導具開発に携わらせて頂けたらと思いご相談させて頂きました」
「うんうん!防具とか障壁用魔導具でしょ、っていうかアナタ冒険者用の見た事あるの?」
「姉が冒険者であった頃のものが家にありますが十年以上前の旧型です」
「なぁるほどね、んじゃまずこれ見てもらおうかな」
少女の返答に驚いて目を見張り、その横顔を注視したのは学生二人だ。
反して涼しい顔をしたままのリンゼは使用人に眼で合図を送り、木箱から魔導具と籠手を取り出させテーブルの上に並べて見せた。
ヒルデガルドが断りを入れ、まずは魔導具を手に取り見聞する。
(凄い、十年でこんなに変わるものなのね。
私が基本とした外仕様の障壁なんて紙屑装甲じゃない…でもやっぱり強度上げを優先している)
「流石ですね、冒険者の身を守らんと日夜研究されている皆さんの努力の結晶は美しいです」
「ありがとう!でも王都の方がもっと進んでいるよ」
「それは強度的なお話でしょうか」
「障壁の強度もそうだけど、魔導具自体の強度も段違いだよ!
まぁ向こうサンは素材が集まるからね土地柄的に」
「でもこの籠手に使用している皮は、ベルリオーズのダンジョンでは出現しない魔物でしょう?」
ヒルデガルドの指摘に、うっそりとリンゼが笑った。
「よくお勉強してきているわ、因みにその魔導具は三年前に作成した型よ」
「つまりもっと改良されていると」
「正直他所から見たら、多少、だけれどね。あなただったらどう改良するのかしら?」
社交辞令として聞いておいてあげようと言わんばかりの言葉だが、ヒルデガルドはその言葉を待っていたと言わんばかりに準備していた資料をリンゼ達へと差し出す。
「現在の外仕様障壁の強度を参考に組んであるものです」
「おや流石フロイディヒ魔導学園生、準備が良いね」
機嫌よくリンゼが資料を受け取り頁を捲る。
その目が文字や導図を追う速度は速い。
エスターはただ黙って、そんな隣の研究者を見ているだけだ。
「外仕様も三年前の冒険者用も、対魔導と対無機物への障壁出力値は同じとお見受けします」
「導を開いてもないのに言うねぇ」
「使用している魔石の質と配置からの推察ですが」
「いいよ、導を見る事を許そう!」
「リンゼ」
「エスター、彼女は既に十年以上前の型とは言え冒険者用魔導具を開いているんだ。
そして今現物を見てその差異を知識と照らし合わせ、認識との誤差を埋めている。遅かれ早かれだよ」
冒険者用の魔導具を開くのは、あまり人に言うべき事ではない。
それらに隠蔽式が組み込まれているのは、ギルドが秘匿している導や機密を漏らさないためだけではない。
ダンジョン内での起動が前提となっているため外で開けば何が起きるか分からない。
加え、それこそ機密に触れたものが市井に回り、悪用された場合は当人だけでなく導権利を所持していたギルドも罪に問われる。
それでも、彼女は冒険者用の魔導具を開き調べる力量と覚悟があり、ギルドに自己申告をした。
嫌疑を売り込みに変えようとするその姿勢を、リンゼは買ったのだ。
「アナタは何故冒険者用の魔導具を弄ろうと思ったのか、聞いても?」
「知人の生存率を上げたいと思ったからです」
「知人?恋人じゃなくて?」
「知人です」
「友人?」
「知人です」
好敵手ではあるが友人ではない、とヒルデガルドの意地がその瞳を胡乱気にさせる。
それを見たリンゼは面白そうに眼も口も弧にして、ふぅんと短く声を零す。
「知人の為に身を張るなんて、アナタ中々狂ってるね!」
「狂気を持て余して道を誤ったと謗られるくらいならば自ら飛び込む性格ではありますが」
「そういうのを馬鹿って世間では言うんだけどご存じ?」
「成果を出せば名誉でしょう」
ひたと少女を見据えていたリンゼの黒い瞳が、再び資料に落とされた。
彼女はインクで汚れた指先を、そっと導図に走らせて口元から笑みを消す。
「例え成果を形に出来たとして世に出せないよ、アナタの名前は。
ギルドだって余計な波風は受けたくない。開発者は冒険者未登録です、なんて悪評は隠すよ」
「それが何か」
「成果を出せば名誉」
「田舎ギルドの開発部が世間だと?」
「はっはー!アナタ言うねぇ!」
例えば、ヒルデガルドが発案や改良したものが冒険者たちの手元に届いたとしよう。
だが彼女の名前は彼等に、また他の土地のギルドに知られる事はない。
もし本当に彼女が名誉を欲しているのならば、卒業後に冒険者登録をして正式に冒険者として開発に携わればいいだけの話なのだ。
それをせず、今、学生の身分で、わざわざしなくてもいい苦労をしているのはそれこそ馬鹿の所業。
だが彼女の事を笑える者はこのベルリオーズギルドの開発部の、事情を知る一握りの人間だけだ。
真っ直ぐに自分を見る青紫の瞳をリンゼは見つめたまま、トンと書類を手の甲で叩き、口を開く。
「よしエスター、受けようじゃないか!」
「えええええええめんどくさっめんどくさっ!」
鷹揚に笑顔を添えて言い放つリンゼとは裏腹にエスターは叫びながら頭を抱え蹲る。
入室してきた時に窺えていた力関係が一転、大らかに笑うリンゼをがたがたと揺らして考え直すように説得しようとするエスターの様子は如何にも部下のようだ。
「まぁエスターも資料を見たまえよ~。
徒に強度を上げるだけじゃなく、受ける攻撃により障壁の出力を変えるのは面白い」
「え?バカなのでは?なんだって硬い障壁で防げばいいだけの話でしょ?」
「そういう力技ばっか考えるのが冒険者なんだよ、嘆かわしいよねぇヒルデガルド」
「…現場の声でしょうから」
少しばかり動揺してしまった意識を正し、ヒルデガルドがにこりと愛想笑いをしてみせるも、エスターは恨めしそうに少女を睨んでいるばかりだ。
事実、強度面ばかり上げて多様性を無視しているから軍用との差が開くのだ。
反射障壁などがいい例だろうに。
まぁ基本、ダンジョン内を少人数で戦う冒険者にとって反射障壁は、誤被弾の可能性も高く使いづらいのかもしれない。
対人戦争で用いられた際もそれで味方が被弾する事例が多発している。
そうこうしている間にリンゼは愛嬌ある笑みから毅然とした面持ちに顔を変え立ち上がり、インクで汚れた手を草臥れた白衣で拭ってから改めて少女へ掌を差し出した。
「改めて、共同開発責任者のリンゼだ!よろしく頼むよヒルデガルド」
「こちらこそご助力感謝いたします、リンゼさん」
どうやら貫禄のあるエスカーではなく彼女に裁量権があったらしい。
こうした腹芸は得意でないもののどうにか許可を得られ少女は内心胸を撫で下ろしその手を握る。
(あ)
目が合えば、ニカリと歯を見せて笑う彼女の、その歯にパセリが付いていることに気付いてしまったヒルデガルドは、その後折角見せてもらった最新型の冒険者用障壁魔導具の導図が頭に入らなかった。




