17:軍用じゃないからセーフ
一年ぶりに袖を通す黒色のワンピース、少女の豊かな髪を梳き結い上げるのは母の手。
終われば今度は場所を交代し、少女が母の白髪交じりの髪を優しく結い上げる。
使用人に任せるべき髪結いをわざわざ自分たちで行うのは、亡き姉を偲んでだ。
彼女は一等、人の髪を弄って遊ぶのが好きだったから。
昔は母が姉の髪を弄り、姉が幼い妹の髪を弄り、妹はただずっとおしゃべりをしていた。
いつまでもそうやって遊んでいるものだから中々仕度を終えて降りてこない女達を、兄が毎回呆れた顔をしながら仕度部屋まで呼びに来ていた。
「ほら、行こう」
少年期の面影を残した気弱そうな顔の兄が扉に身体を預け、あの時と同じ頃合いに母と妹を迎えにきた。
もうすっかりと二人の仕度が終わっていると知っていても。
東部最大の都市、モルヴァでは毎年この季節に慰霊祭が執り行われる。
今から約十二年程前この地にあるダンジョンでスタンピードが発生し、多くの市民、冒険者、貴族、軍人が犠牲になったのを国家主体で悼み、忘れまいとしているのだ。
式典は貴族、市民で分かれて数日に渡り行われる。
この日は伯爵以下の爵位持ち遺族向けの式典が広場で開かれていた。
モルヴァはダンジョンが王都よりも都市部に近い場所にあるため、必然と魔物討伐は市街地戦となった。
平野部であれば大規模魔導を行使し、その波濤を人間側が押し留め返す事も可能であろうが、都市部の中での戦いとなれば周囲への影響を鑑みて策を変えなくてはいけない。
必然と冒険者に馴染み深い、少人数編成での対魔物戦とはなるものの、倒しても倒してもキリがない。
倒す前に別の魔物が襲い掛かるような怒涛の勢いに、数百年振りのスタンピード戦へと引き摺り出された人間たちは対処に苦慮した。
その為モルヴァの大半は瓦礫と化し、今もなお完全復興には至らない。
ただ、同じ轍を踏まない為にも早急にモルヴァの立て直しとダンジョンへの冒険者配備は必須であり、以前より多少ダンジョンからは離れたものの都市と呼べる形をとるのは早かった。
そのまだ新しい街、その旧市街と呼ばれる地区にある広場には巨大な慰霊碑が建てられており、都市計画時点であの悲惨な戦いを国が重視しているのが窺える。
きっといつかは恐れを抱きつつ、再びダンジョンを取り囲むように都市は拡大し、二度と同じ光景を繰り返さないようにモルヴァの民は努めていくのだろう。
この大戦が残したものは悲しみだけではない。
より対魔物に特化した導や装備、魔道具の技術発展はここ十年著しいし、スタンピード対策としての冒険者強化と育成、国軍による巡回頻度の見直しに、冒険者ギルドから数階先までを整備し初期対応できる場として整える法整備も行われた。
(お姉ちゃん、私、もうすぐお姉ちゃんと同い年だよ)
ヒルデガルドは紗越しに青く晴れ渡った夏空を見上げた。
濡れた目元を撫でるような風が、心までを慰めてくれるようだった。
「で、なんでリリまで一緒なんだよ」
「だってセル貴方今年卒業だっていうのに、リリをご両親に紹介してないでしょ」
「よ、余計な世話…!」
卒業後にセルは王都に残り、リリの実家に婿入りをするとヒルデガルドは聞いていた。
しかし恥ずかしいのかこの男は未だ家族に恋人、しかも結婚前提の相手を紹介していないと言う。
折角、セルゲイのベルリオーズ伯爵領とヒルデガルドのデイビア伯爵領は隣同士なのだ。
ならばと遊びに来ていたリリを伴って顔を出しに来たヒルデガルドにセルゲイが狼狽しているのを、微笑ましそうに彼の家族が眺めていた。
勿論リリには南への誘いの手紙でその旨を伝え、了承を得ている。
「お初にお目にかかります、ドルシャン侯爵家が三女、リリと申します」
「ご丁寧にありがとう、リリさん」
「セルゲイにはもったいない美人さんですこと」
楚々とした笑みを浮かべるリリは普段よりも大人しそうに見える。
矢張り緊張もするのだろうと、セルゲイはしぶしぶながらもそんな彼女の傍らで、両親からの矢継ぎ早な質問をぐさりぐさりと受けつつ緩衝材の役割を率先していた。
それを傍目に見やりつつ、ヒルデガルドはセルの姉と話しをしていた。
「ありがとうヒルディ。
あの子、先方へ自分が顔出したんだし両親はいいだろって言って聞かなくて」
「王都での生活に馴染んでから籍入れるとも言ってたけど、なぁなぁにしそうなのよね」
「そうなのよ、だからウチとしてはヒルディのお節介大歓迎よ」
笑って受け入れてくれたセルの姉に少女は肩を竦めるのは、ちょっと強引過ぎたかという反省の意を込めただけではない。
これからセルゲイだけでなく、その父親、ベルリオーズ伯爵にも頼み事があるからだ。
リリとの顔合わせが落ち着いた後にヒルデガルドは伯爵とセルに時間を取ってもらった。
頼み事とは、この地にあるダンジョン、ベルリオーズの冒険者ギルドへの立ち入り許可をもらう事だ。
「受付階だけなら元から制限していないだろう?
ヒルディのお姉さんがウチのギルドに登録していたから昔から出入りはしてたし」
「ええ、でも今回欲しいのはそこではないの、更に奥よ」
茶器を置きヒルデガルドがそっと顔を上げる。
対面に座る二人は彼女が欲しているものが分からず、小首を傾げて見せた。
「地下階層?訓練目的か?だがそれこそヒルディの地元で十分じゃないか」
「訓練、というか研究なのよ」
「何の」
王都でのやり取りを思い出したのか、少し不安そうな面持ちで尋ねるセルゲイにヒルデガルドは緩く首を振って否定を示したが、彼の表情は優れず曇ったままだ。
「冒険者用の魔導具、特に障壁や防具関係の性能向上をしたいの」
静かに告げた言葉に伯爵は顎を撫でさすり、セルゲイは溜息を吐いて背凭れに身体を預けた。
「ヒルディは冒険者の生存率を上げたいのかい」
「ええ」
「ダンジョン内と外では導の稼働が異なるから、わざわざギルドの魔導具開発部へ…か」
「そちらが本命だから。
冒険者用のが組上がればそれを外用に転用してウチで試せるし」
ダンジョンは何故か外と導の動作が異なる。
同じ結果を生み出す事も多いが、ダンジョンでしか動作しない導や効力が変わるものもあるのだ。
外では稼働してもダンジョン内で稼働しない魔導具が存在するのは、領主である伯爵も、その子息であるセルゲイを始め勿論ヒルデガルドも把握している。
だからこそまずはダンジョン内で研究、実験し、稼働する導を、魔導具を作成したいのだ。
しかし冒険者登録をしていないヒルデガルドでは、ギルド内でも受付より先、冒険者達が使用する道具や防具の修繕工房、及び改善開発をしている箇所には立ち入る事が出来ない。
その許可を貰えないかと、ベルリオーズ伯爵に直談判しているのだ。
身内のような親しさがあるとは言え彼は領主だ。
部外者でしかも学生を魔導具開発部に立ち入らせる危険性と有益性を思案し、じっとヒルデガルドを見つめて口を閉ざしていた。
そこでヒルデガルドはあらかじめ用意していた導図を取り出し、伯爵に見せる。
「現時点での私の力量です」
「どれ」
「まず魔導具の障壁ですが、現在外で使用されている障壁硬度が基本です。
その上で阻害及び分解の構成を含み対魔導威力を下げ、無機物への衝撃には衝撃同等の硬化をします」
「随分盛ったね、ところで衝撃同等の硬化というのは?」
「過去に軍用されていた導を基礎として、衝撃を得ると同時に硬化をする簡易障壁です。
土属性の粒子操作を応用して組んでいますが上限は理論値で、まだ実験はしておりません。
ただこれを斬撃打撃への防具としての付与も視野に入れてます」
「ふーむ」
「親父、分からないならそう言えって」
「分かりません」
「砂をぎゅっと掴むと固くなりますよね。
衝撃を受けると、その衝撃と同じだけ砂が、粒子が固まって防御すると想像して貰えれば」
セルゲイの呆れた苦言に、素直な声で伯爵が答えヒルデガルドがざっくりと補足する。
砂よりもっと細かな粒子操作についてであり、実際は土だけでなく水属性を絡めてあったり、衝撃圧力が掛かっている間だけ硬化する条件付けの部分についての苦悩をもっと語りたいところではあるが抑える。
何せまだ実験もしていない机上の空論だし、今の目的はまず許可を得る事だ。
冒険者ギルド内の魔導具開発部であれば環境もさることながらその設備も充実している。
ギルド街にある防具屋や道具屋ではそうもいかないのだ。
ヒルデガルドはじっと両手を組み、伯爵を見つめる。
彼はそっと隣の息子を見やり、意見を促すも、頼みの学生も肩を竦めてみせるだけだ。
「俺にも分からんって。
もう実際、魔導具開発部の冒険者に見てもらった方が早いんじゃね?」
「そうか…」
「性能上げられれば御の字だし、俺はヒルデガルドを信用している」
「そうだな、信用は私もだよ」
二人のその言葉を受け、少女がパッと顔を輝かせた。
分かりやすい気色に伯爵が苦笑を浮かべ、提示された導図をヒルデガルドへ返す。
「一旦の立ち入りを許可しよう、一旦だ。
必ずセルを伴い、ギルドの魔導具開発部が受け入れるようなら望むようにしよう。
勿論、外部に漏らせない機密として扱うように、いいねヒルディ」
「ありがとうございます!セル!何処までも付いて来なさい!」
「いやだーーーまたお前のお守りかよぉ」
げんなりと意気消沈する幼馴染を励ますのは恋人にお願いし、ヒルデガルドは跳ねる心のままに足取り軽く応接室を後にした。
(絶対に、実用化してみせる)
廊下の窓から夏空を見上げ、力になってみせると密かに少女の拳が握り締められる。
同じ轍は踏まない、進んでゆくのだ、とその瞳は煌々と滾っていた。




