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16/22

16:晩夏を思うと頭が痛い


 その噂はあっという間に広まり、だからかと思うほど迅速に案件が降って湧いた。

学園の時の人であるモーリスやセシルとの談話室での件ではない。


「え?卒業後?私は領地に戻るつもりですけれど?」


教室で夏の長期休暇中どう過ごすのか話していた流れで、学友からふとヒルデガルドが卒業後の進路を問われ何気なく返した言葉が波紋を呼んだ。

直接会話の輪に居ない教室中の眼がこちらに向いたのには流石に本人も驚いたが、だから何だとばかりに彼女が胸を張り、柘榴色の髪を手で豪奢に払い除けて見せれば視線は散った。


「な、なんで?デイビアさん程の実力があって地方に…?

 王宮魔導師目指さないの?」

「これと言って今一つ惹かれないのよね」

「いやいやいやいや、いつもの力強さは何処に?」

「私別に権力志向ではないし、地元でのんびり良いじゃない」

「枯れてない?若々しさが」

「貴方口が過ぎるわよ」

「すいません」


学友の言葉を即座に叩き落としつつ、そこまで驚く事でもなかろうにと少女は溜息を吐く。

確かに、学園に入り魔導を修めるのは将来的に王宮魔導師という、国内有数の安定した誉れ高い職に就きたいからという者が多いのは知っている。


(ただ、ねぇ)


民を守る為に日々研究し、時に戦場で力を奮うのがヒルデガルドの感性にはどうもピンとこない。

ぼんやりとした対象には熱意が注げないのだ。

もっとこう、胸が熱く滾るような想いを、確固たる信念を抱えて務められるのならば、きっと王宮魔導師として王都で暮らす日々も楽しいものになるのであろうけれど。


(結局セシルは魔導祭で指名を受けるつもりだろうし、モーリスに勝ちたい、くらいよね)


今のところ、王都の暮らしで彼女を昂らせるのは多少の悶着はあれどその二点くらいだ。

それに今までの一方的なヒルデガルドからの意欲だけでなく、セシルからは向かって来ようとする気概を感じられるのは新鮮でもあるし、モーリスが先日の試験結果を落としたのではないかと案じていたのは、その眼中にヒルデガルドがあるかどうかは別としても意外であった。


(そりゃあね、この才能豊かな私を意識しないなんて無理な話よ)


雑談は既に終わり、始まった授業中にも関わらず一人笑いを浮かべてしまった自分を叱咤し集中をする。

幾ら既に独学で学んだ内容だと言え、講師の解説付きで改めて聞ける機会など今しかないのだ。

教壇の背後に映し出される解説を眺めながら自分の知識の確認と補填、そして新たな角度からの解釈をせんと挑み続ける時間は、何ともこう、脳内物質がどばどば出ている感じがして心地良い。


(障壁の反射に属性を付与する試みは負荷の関係で止まっているのよね。

 防御だけでなく反撃を、と欲張りすぎるのも問題だけれど…いや、新たに吸収はどうかしら)


昨晩目を通した障壁魔導に関する内容を思い浮かべながら、ノートの余白にペンで簡単な構想を練る。

筆が思考を具現化し始めると思いの外、聴覚は遮断され視線は己の手元に沈み込んでゆく。


(でも物質化した魔力は吸収率が悪い、か。

 解体と同時に魔力を肉体ではなく障壁の動作に回すようにすれば持続時間は伸びる?

 ただ過剰な力を与えられた時には吸収性能が障壁を破損させてしまうようなら問題だし。

 動作に回す前に障壁の強化に回す?かと言って強度が高くなりすぎても今度は保持が…)


「ヒルデガルド・デイビア」


名を呼ばれ、はっと顔を上げると周囲からの無数の視線があった。

一瞬彼女は真顔になるも、社交的で余裕のある笑みを浮かべサーンス講師に小首を傾げてみせる。


「あとで講師室に来なさい」


何てことだ。

自主的に講師室に突入した事はあったものの、呼び出されるなど今までの学園生活で無かったのに。

しかも組担任でもない講師になど話の内容がお叱りしか思い浮かばないではないか。


なお先日の飛行魔術の件は生徒会室に戻った瞬間生徒会統括の講師が待ち構えていた。

後輩達の報連相が実に円滑で先輩は喜ばしいような恨めしいような気持ちになった。



 呼び出しを受けた先、サーンス講師が無言で笑みを浮かべ手を出してきた。

ヒルデガルドも笑顔を浮かべすんなりと己のノートを差し出す。

彼はノートを開き、ぱらぱらと途中で目と止めつつも最新のページに行きつき、顎を撫で摩った。


「…デイビアが魔導具改良も手を出すのは不思議ではないが、これは障壁用魔導具か?」

「魔導祭を見越してですわ」

「魔導祭に軍用を持ち出すのか君は」


さも真実のように聞こえるが、それが全てではない。

彼女が元としているのは最近見たセシルの魔導具の導だ。

最新の軍用導については当然極秘であるし、過去に使用された軍用魔導具が市井に出回る事も稀である。

図解でヒルデガルドも過去軍用開発された導や魔導具について把握はしていたが、実物を見るのは先日が初めてであった。


(セシル・レミックの家は軍事貴族なのかしら)


「これだけで判別出来るとは、流石フロイディヒ魔導学園の講師ですね」

「家系でな。

 だが君が机上の空論を描くだけで満足出来る程理性的であったとは分からなかったよ」

「講師は魔導だけでなく学生の世話も見なければならないのは大変ですね」

「分かってくれるなら、くれぐれも」

「我がデイビア家は商家ですがそういう伝手はありませんですので」


ヒルデガルドは大袈裟に肩を竦めて見せるも、サーンス講師の表情は優れない。

彼は少女から視線を外すと再びノートの書き走りを眺め、乾いた指でその軌跡をなぞった。


「授業前に学生らが話しているのを聞いたのだが、君は卒業後、領地に戻るそうだな」

「今のところは」


お叱りの時間を短く出来た、と内心喜んでいたのに話はまだ続くようだ。

というか、自分の進路についての話題が講師の耳にまで留まるとは思いもしなかった。

内申稼ぎの生徒会もほぼ出席はしていないし、実力はあれど講師からそう声が掛かる人柄でもない。


講師の眼に留まるのは、実力もあり、人望もあり、誇って推せる人物。

それこそ、モーリス・ラゲールのような人間だ。


まぁサーンス講師は一年目にヒルデガルド達の担任をしていたので、多少なりと思い入れがあってくれるのかもしれないと、少女は苦笑いを浮かべて見せる。


「その反応は、組の学友同様サーンス講師も私の力量を惜しんでくれていると思ってしまいますよ」

「惜しむだろうよ。

 君は、古い導と謂えどこうして試行錯誤に挑む気概と、成し得るであろう才がある若者だ」

「凡人に気概は大事ですからね」

「そうだな、気概は誰にとっても不可欠、か」


ぱたりとノートを閉じ、サーンス講師も苦笑しながら少女にそれを差し出す。

彼女はにこりと微笑み返し受け取ると、その時は、軽い足取りで講師室を後にした。


放課後になって再び講師室に呼び出され、予期せぬ提案を受けた時は流石にそうは行かなかったのだが。


「…は?」

「先日の試験結果も前代未聞だったのだ、そう驚く事でもあるまい」


サーンス講師の部屋には何故かヒルデガルドの組担任も居て、差し出された書面を確認して呆然とする少女ににこにこと相貌を崩している。

自分の担当する組から優秀な生徒が出るのが嬉しいのは分かる、さぞ給料の上乗せが楽しみであろう。

しかし、しかしだ。


「私は長期休暇中、南の領地で過ごします」

「だから後期が始まる一週間前に設定をしているんじゃないか」

「新技かいは…いや、家族との団欒の一時なのです」

「何、冬は無い、夏だけだ」


ヒルデガルドに渡された書面には、晩夏、夏の長期休暇が明ける一週間前から数日間行われる、王宮魔導師の職場体験の案内が記されていた。

十年近く前までは行われていたらしいが、此処近年は先方から断られていたそうだ。

その道を目指す者にとっては何とも喜ばしい報せだろう。

だがヒルデガルドはそうではないし、新技開発を領地でする予定なのだ。

加え、障壁用魔導具についても研究がしたいのであり、彼女は一時でも惜しい。


(それを何故…!こんな事に!時間を費やさねばならないの!)


憤怒を押さえようとするも微笑みが歪み、口角が引き攣ってしまうのは仕方が無いだろう。

それが見えているサーンス講師は苦笑いだが組担当講師は暢気にまだ誇らしげに笑っていやがる。


「王宮魔導師と括られているが、開発部や制作部に実働隊と多岐に渡って受け入れてくれる。

 機密事項に関しては流石に触れさせられないけれど、国家最先端に触れられる又とない機会だ」

「…それは、そうですが」

「デイビスは魔導祭でも活躍していたからな!実は実働部からも一目置かれていたんだぞ!」

「それはどうでも良いです」


調節すれば派手なだけで済むのが火属性の持ち味だ。

戦闘における猫だましには持って来いなのだろうが、ヒルデガルドは率先して戦場に出るつもりはない。


「まぁ君を含む、筆記と実技試験総合でも上位の十名前後が同伴するんだ。

 気楽に周りと交流しながら楽しむのも良いものじゃないか?」

「…はぁ」


こうして煮え切らないままに予定を入れられ、不満顔で彼女は夏の長期休暇を過ごすべく南の領地へ戻るのであった。



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