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14/22

14:二脚の椅子は斜に構え


 まだ陽が長いからか、放課後と言え談話室の中は明るい。

締め切った窓を開け放てば日中の雨で潤いを得た緑の強い匂いを伴った風が柘榴色の髪を撫で、少しばかり蒸した肌を慰める。


「で?わざわざ談話室押さえてまで話って何かしら?」

「座らないの?」

「気分じゃなくってよ」


大きな背もたれがついた一人掛けに腰掛けるモーリスにヒルデガルドは首を横に振り答えた。

彼の座る椅子の傍には、少し対面から逸れて置かれた同じ造りの一人掛けがあるものの、窓を背にしているため風が当たらないのだ。

まだ部屋の空気も、会話の空気も落ち着いたとは言えない心地ではヒルデガルドは座りたくなかった。


「顔も見たくない?」

「何その喧嘩した恋人みたいな台詞、やめてよ人聞きの悪い」

「恋人と喧嘩して言われた事があるの?」

「一般的な感想よ」


窓枠に腰を預けて立つヒルデガルドからはモーリスの顔は見えない。

彼の、ひじ掛けに置いた手だけが彼女からは見えた。


「…話を、したいと思ったんだ」

「だから私達、何時恋人同士になって喧嘩をしたのかしら?」


如何にも談話室の中で喧嘩する恋人同士のような言葉を繰り返す男に思わず辟易とする。

ただでさえ二人で部屋を借りているし、しかも秘せずに、彼は周囲に人が居る中で彼女を誘った。

お陰で嫌な視線に晒された此方の身をもう少しは考えて欲しい。


「話をしたいのでしょう?どうぞ?」

「顔を見てするべきかと思ったんだ」

「だっから!」


何度言わせるつもりなのだ、外聞が悪いと!

思わず声を張り嘆息交じりでヒルデガルドが頭を振る。


「でも、顔を見て話すのも少し、怖い」

「それを本人に言う度胸持ってて何ほざいてんのよ」


呆れた、と溜息を吐く彼女の瞳には、彼の指先が所在なさげにもぞもぞと動いているのが映った。

何かを引き寄せるように、形を探すような動きが相反す彼の言葉を示しているようだった。


彼なりに言葉を探しているのだと、暗に伝わってしまったからか、少女は先程とは違う溜息を吐いて、窓の外の鮮やかな庭へと視線を投げる。


「試験、一位だったね、流石だ」

「貴方もね」

「本当は自信が無かったんだ」

「なのに一位なんです、って自慢?」

「ずっと考え事が過ってて、集中が出来ては無かったから」

「だから、それって自慢?」


今度は彼が長く、息を吐き出す音がした。


「どうしたら」


ぽつり、落とされた言葉の続きはない。

ただただ沈黙が談話室を満たした。


「話を、したいんだ」


また振り出しに戻って来た、と構えるよりも先にモーリスが呟く。


「キミがどうして冒険者に構えるのかを、聞きたいんだ」

「…………」

「泣かれるとは思わなかったから」

「貴方、一言余計」

「ごめん」


そう言うと、すっと背もたれを超えて彼の姿が露になる。

凪いだ面持ちで彼は苦笑して、ゆっくりとヒルデガルドに近づいてくる。

逆光だからか、モーリスはどこか眩しそうに眼を細め、窓辺に立つ少女を見下ろす。


「怖い思いをさせて、ごめん」

「馬鹿な私が勝手にした事よ、貴方に謝られるような筋合いはない」


ヒルデガルドは視線を逸らさず、見下ろす水色を強く見つめ返す。

彼はやっと、眉間の皺を緩めていつものように笑った。


「キミは馬鹿じゃないし、それなら筋合いもなく謝っている僕の方が馬鹿では?」

「学年一位が揃って馬鹿なの?」

「お揃いだね」


暢気に、穏やかに、そして嬉しそうにモーリスは言う。

何だかやっと見知った顔を前にしたように、ヒルデガルドの肩から力が抜けた。

ふと張り合う気持ちも薄れて、彼女が視線をずらして落とす。


「ねぇ」


それを彼が呼び止める。

何か、とヒルデガルドが顔を上げるも、彼は何も言わない。


「何?」

「僕は話がしたいんだ」

「聞いたわ、三回目、いや四回目よそれ」

「あと何回繰り返せば聞かせてくれる?」

「聞きたい内容を聞いたのは一度だけでしょうに…」


思ったよりもしつこい奴だな、いや彼の調子が特殊なのかもしれない、と少女は視線を泳がした。

すると彼がまた一言、少女を呼び止める。

視線を向けれど再び彼は口を閉ざして、ヒルデガルドが話すのを待っていた。

彼女の眼が胡乱気になるのも仕方が無いだろう。


「お話をする時は相手の眼を見て話せって?

 貴方の教育係は随分道徳を丁寧に教えてくれたようね」

「教育係?」


嫌味でも彼の調子を崩せないのかと再び彷徨い掛けた視線を、ヒルデガルドは自ら戻し、真っすぐに水色の瞳を見つめ返した。


「聞いてどうするの?

 例え、私の話を聞いて考え直したとして、今更冒険者登録は抹消出来ないわ」

「そうだね」

「じゃあ何の為に?」

「何の為」


暫し、彼は口を閉ざし静かに瞬きを繰り返す。

窓から入った風が徒に彼の黒い髪を煽った。


「…手放し、たくない?」

「手放したくない?何を?」


自問自答のような声音を落としながら、モーリスが小首を傾げる。

首を傾げたいのは此方だ、と思いながら同じ方向にヒルデガルドも小首を傾げて見せた。

さらり、落ちる柘榴色の髪が日差しに透ける。

未だに二人の視線は逸らされる事はない。


「キミは、自らの命を賭してでも僕らを止めようとしてくれた」

「間に合わなかったし、勝手にだけれど?」

「うん、それは全てキミの勝手な意思だし、どうするも自由だ」


凪いでいた水色の瞳がゆらりと波紋を持ち、青紫の瞳を覗き込む。


「だからキミが傾けて、零したその心を無かった事にするのもキミ次第で。

 僕は、多分、その雫を…手放したくなくて、枯れさせたく、無いのだと思う」


そう告げて、彼の瞳が滲んだ。

見つめるヒルデガルドは無意識のうちに、息を止めていた。


少女が呆然と言葉を失くしている間にモーリスは瞬きをして涙を散らした。

流石にこんなところで泣かれても、ヒルデガルドも困る。

きっと困惑のせいだ、こんなに心音がうるさいのは。

そう、少女は自らに言い聞かせながら唾を飲み込み、思考を叱咤する。


「うん、やっぱり話をして言語化するのは大事だね」


一人スッキリした面持ちで彼が穏やかに笑う。

女の涙ならぬ、男の涙にドギマギしていた此方が馬鹿みたいではないかと、ヒルデガルドは眉間に皺を寄せ相手を睨んだ。


「何一人でスッキリしてるのよ」

「ならキミもスッキリしようよ」

「増々人に聞かせられない」

「そうだね」

「貴様ァ」

「だから談話室を借りたんだよ。

 教えてもらうのはきっとキミにとって大事な話でしょ?」


小首を傾げる男に、何度目になるか分からない溜息を吐いて、流石にヒルデガルドも額を押さえ顔を俯かせた。

まぁすぐにまたモーリスが呼び掛けて、顔を上げる羽目にはなったが。


「話さないと出られないの?この談話室」

「そうなの?」

「貴方に皮肉を言っても通じないと、私は何時になったら気付くのかしら…」

「もう気付いているじゃないか」

「わざと?!わざとだったのこの男!」


怒気を孕ませた声を上げるも、彼はにこにこと穏やかに笑うだけだ。

構えてぶつかる方が馬鹿らしくなってきた、と彼女は長い髪を手で払い椅子へ向かう。


「そこそこ長くなる話だから座んなさいな」

「うん」


こうしてやっと、再び目を合わせずに話す事を許容され、ヒルデガルドは語った。

自分の姉の事、十年以上前の悲劇を、冒険者という職制を憎んでいる訳じゃない事を。

二人の事を放っておけなかったのも、改めて自分のエゴだと。



「冒険者になる人全てを止めようと思う訳じゃないのよ、それぞれに理由と意志がある。

 ただそれが自分の同輩となった時に止まらなかったのは自分でも予想外だったけれど」


泣き腫らし、拭い擦り過ぎて赤くなった目元をして、どこともなく見つめたまま話すヒルデガルドの話を、モーリスは遮る事無く静かに聞いていた。

余りにも静かなものだから、コイツ途中で聞き出した事後悔して眠ってるんじゃないかと思い、視線を寄越したが全くそんな事は無かった。


これ以上無いほど、実技訓練や魔導祭で見た事も無いほど、真剣な眼をして彼は此方を見ていた。

だからヒルデガルドもそれに応えようと、真摯に、正直に言葉を連ね、心の裡を吐露する。


「モーリスが見た事のないダンジョンの中を、未知の世界を知りたいと願うのを私が遮る権利はない。

 でもやっぱり、セシルの訓練目的は、受け入れ難いわ」

「キミは知らないのかもしれないけれど、王都の貴族子息は十八歳になると冒険者登録をするんだ。

 法で定まってはいないけど暗黙の了解になっている」


モーリスの言葉にヒルデガルドは言葉を止め、思わず彼の顔をまじまじと見た。

彼女の驚愕の視線を受けつつ、彼は真面目な面持ちのまま、両の手を膝の上で組む。


「学生は例外として卒業後だね。

 あと嫡男、フォーレ先輩みたいな跡取りは免除されるけど、異常時に出陣するのは変わらないよ」


貴族の役目、と言うものだろうか。

そんな話、兄からも父からも聞いたことが無かった。


「でも本格的に冒険者をする貴族は殆ど居ないよ、形だけが専らだ」

「………それでも」

「うん、キミのお姉さんが戦ったように前線に出る可能性が無いとは言えない」

「だから、モーリスは、先に?」

「そう大した志があった訳じゃないんだ」


少し、彼は目線を落として指先を玩んだ後、ゆっくりと語りだした。


「僕は庶子でね、引き取られた切欠が東のモルヴァ大魔戦だよ」


モルヴァ大魔戦こそ、ヒルデガルドの姉が殉死したスタンピードだ。


「ラゲール家の嫡子がそこで殉死してね、それで僕が引き取られ教育されたんだ。

 見た事もない兄を殺した魔物ってどんなものなのかなって、ほんと、そんな程度のただの興味だよ。

 キミが思い描いているような崇高な探求心じゃないんだ」

「……」

「幻滅されただろうか?」

「私が知的好奇心を笑うと思って?」


モーリスは顔を上げず喉を鳴らす。

そしてゆっくりと背を曲げ、組んだ両手にその額を押し当てた。


「私はヒルデガルド・デイビア。

 フロイディヒ魔導学園こそ我が智を満たさん、と、わざわざ此処に来たのよ」


少女は泣き腫らした顔を顰め、気位高そうに胸を張り言い放った。



お察しの通り跡継ぎ予定のモーリスは本来、冒険者登録免除対象です。

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