11:お前がやるなら私もやる
「と、いう訳で、行くわよセルゲイ!」
「はーーー?!何で俺まで!」
「当たり前じゃない、幼馴染は一蓮托生よ?私がやるならお前もやる、お分かり?」
「分かるかー!」
満を持して迎えた休日。
男子寮から引っ張り出した幼馴染を伴い、一路ヒルデガルドは王都の冒険者ギルドへと向かっていた。
まるで彼女の門出と決断を祝うように心地良く空は晴れ渡り、日差しの強さは季節の移り変わりが近い事を肌で感じさせる。
「なぁ、マジでヒルディ考え直せよとりあえず止まれ」
「まるで私が考え無しみたいな言い方をしないで頂戴!
冒険者登録をすれば、私にだって利点はあるわ」
ダンジョンが異空間と呼ばれる謂れは幾つかあるが、その中でも時間の巻き戻しが可能である点は特異だ。
その時間の巻き戻しにもいくつか制限があるものの、現実では不可逆であるはずの事象がダンジョン内で実現できるという、この摩訶不思議な状況にを生かさないような人類ではなかった。
故に命のやりとりをする現場であれど、人は絶えず、未だ解明されていないダンジョンの謎に迫る研究者もその足を踏み込むのだ。
以上も踏まえ、冒険者ギルドの受付や訓練場もダンジョンにおいてもっとも地上に近い階層に設けられており、その階層であれば一般の人間でも武装などせずに比較的気軽に訪れる事が出来る。
どこかの地方では冒険者を伴い、さらに下の数階層への見学会などを開催するなど商売っ気も強い。
冒険者ギルドも冒険者も人を呼び込むのに工夫を凝らし、民間からの印象を改善したり意識を向けてもらうように仕向けるのは、ダンジョン内の魔物の脅威を減らす為である。
人の訪れが減り魔物の討伐がされずに放置されたダンジョンはその中身を吐き出すように、突発的に地上へと魔物を放つ事があり、そうした災害を起こさないように定期的な魔物の討伐が必要なのだ。
ヒルデガルドが自ら冒険者登録をせんとする利点としては、勿論ギルドの訓練場が使用出来るからだ。
ダンジョンの中にも興味はあれど、流石に護衛がセルゲイだけでは無謀だ。
彼が剣を握っている姿なんて数度しか見た事がないし、田舎では弓の方が重宝した。
つまり二人とも後衛職であり、実践など経験も無い本物の初心者であり一般人、いや貴族である。
王都のダンジョン、つまり王都の冒険者ギルドへの定期馬車に乗り込んだ後でも、セルゲイはヒルデガルドに肩を寄せ、周囲へ声を潜めてまだ言い募る。
「訓練場だけが目当てならそれこそ学園の実技場で良いだろう?
それにもうすぐ夏の長期休暇に入るし、南に戻ればただっぴろい土地がお前を待ってるぜ」
「だとしても、よ」
「登録したら最後だ、スタンピードん時に呼ばれるぞ」
冒険者の福利厚生は中々に手厚い。
が、それもまた後への保険であり、魔物の放出、スタンピードが発生した時には何においてもどのような職についていようが問答無用で懲役される。
今後、ヒルデガルドが王都で冒険者登録をして南で暮らしていても、王都で事が起きれば呼ばれる。
行かなければいけない、守らなければならない、それが冒険者だ。
馬車に揺られながら微かに光の差す幌の隙間を睨むようにして、少女は己の組んだ腕に力を込めた。
意識して、深呼吸を繰り返し、顔を曇らせないように努める。
「私はもう無力じゃない、戦えるもの」
「まず一人で乗馬出来るようになってからモノを言えよな」
呆れたように言い返す幼馴染の脛を蹴り、彼女は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
既に馬車は王都の外壁を抜けて、荘厳な王城が日差しを照り返し、ヒルデガルドの眼を焼いた。
暫くすると再び雑踏の中を走っているような雑踏が周囲を囲む。
冒険者ギルドの傍に発展した商業区であるギルド街に入ったようだ。
停留所に付いた二人は、きょろりと視線を一度巡らせて、空気の匂いの違いを噛み締めるように息を吸う。
「流石王都のギルド街ね、大きいわ」
「なぁヒルディ、帰りにちょっと買い物して行こうぜ」
「はいはい」
店先に出された見慣れない導具や武具に興味があるのはヒルデガルドも同じだ。
しかしこのギルド街では冒険者ギルドが発行しているギルドカードが無いと買い物は出来ない。
商品の仕様がどうしてもダンジョンに入る冒険者向けだからだ。
大通りの突き当り、年季の入った巨大な門を潜ればそこはもう冒険者ギルドの中だ。
洞窟の中に作られたとは思えない広々としたホールが、物々しい装備を身に着けた人であちらこちら賑わっているのはなんだか別世界に飛び込んだ心地だ。
さて受け付けはどこかと視線をヒルデガルドが巡らせていると、人影の中から覚えのある驚嘆が聞こえた。
そちらへ視線を向ければ、しまったと言わんばかりに両手で口を押える少女を囲う剛健な輩が居た。
随分厳重な守りを連れているものだと思うが、まあ王都の貴族子女だこうもなろう。
声を上げてしまった少女は、さっと隣の少年の影に顔だけでなく姿も隠してしまうが既にヒルデガルドは見つけてしまっているので意味はない。
「奇遇ね、セシル・レミック」
「…な、なんであなたが、こんなところに!」
「いちゃ悪いかしら?」
ばさりと豪奢な髪を払い除け、ツンと顎を上げて言い張るヒルデガルドを恐る恐るセシルが顔を出し見上げる。
今日の金糸雀はふわふわとした髪をきゅっと一つに高く結い上げるだけでなく、更に動きやすいように少年のような恰好までしており、普段だったら隠れきれないスカートの広がりがないからか、今はすっぽりとその身体はモーリスの影に隠れていた。
「まさか、デイビアさんも冒険者登録を?」
穴に隠れた鼠を見下ろすような愉悦を感じていたヒルデガルドに、上から声が掛かった。
視線を向ければ、モーリスはどこか怪訝な顔つきで少女を見ている。
「それ以外に何があって?」
珍しく穏やかさとは別の気風を纏っているなと、小首を傾げて見せればくっと彼の眉間に皺が寄った。
背に隠したセシルを置いて、彼が一歩大きく踏み出してヒルデガルドを見やる。
先日の図書館での一幕のように強かな視線を少女は向ければ、今度は、彼も水色をどこか揺らして彼女を見下ろしていた。
「ちょっとだけ、外で話そう」
「は」
ぱっと手首を掴まれ有無を言わせずにモーリスがヒルデガルドをギルドの外へと連れ出す。
普段の彼からは想像も出来ない強引な仕草に、呆気にとられたのは少女だけでなく他の者も同じなのだろうか、外にはあの場に居た誰も付いてくることは無かった。
門を出てすぐ、少し奥に入った影でモーリスが振り返り少女を見据える。
未だに離されない手を振り解いたヒルデガルドはそれに怯む様子も見せず、胸を張った。
「随分ね、モーリス・ラゲール」
「あそこで話す話題じゃないから」
「私達浮いていたしね。
というか、貴方、ちゃんと場を読む事できたの」
ギルドに入った直後から視線は寄せられているのが分かった。
そりゃそうだ、武装もしていない如何にも世間知らずの子どもが来るような場所でもない。
流石に貴族らしい豪奢な服ではなく、質素なものを選んでは来たもののやはり目立つ。
モーリス達の方がまだ、屈強な護衛に囲まれていたから誤魔化されていたかもしれない程だ。
「セシーも居たし」
「はいはい、その可愛い金糸雀の為に私が邪魔になるって言いたいのね」
ぞんざいに言い放つ少女に、いつの間にかモーリスは平素通りの表情に戻っていた。
ただ、何度か、手を握ったり、解いたりを繰り返していた。
「その目的の為だけに此処に来たのなら、キミは登録しない方が良い。
冒険者になるって事はそんな軽いものじゃない」
学園とは違う服装に身を包み、腰から杖だけでなく剣を下げた少年は、最早同輩には見えない。
新人の、戦闘へ向かう者の面構えだった。
よくヒルデガルドが見知った、穏やかさはあるのに、あの気の抜けるような緩みはそこになかった。
だからこそ、その気配が彼女の癪に障ったのだ。
「私が冒険者を軽く見ていると?
それを言うならモーリス・ラゲール!お前の方よ!」
「声が大きいよ」
「この期に及んでまだそんな事を言っているの?!
私が止めても、女に強請られたからと強行したお前が、私の何を知るというの!」
一歩、ヒルデガルドが詰めより再び水色を睨み、責める。
「こんな、訓練する場が欲しいだけなんて、ふざけた理由で!!
お前達は自分の命を何だと思っているの!」
「それは登録しようとしていたキミだって同じじゃないか。
特にデイビアさんは、運動苦手でしょ」
「っそうでしか抑止出来ないと思ったのよ!!」
一撃、柘榴色の髪を揺らし少女が壁を強かに殴る。
その拳も、肩も、青紫色の瞳も、微かに揺れていた。
「ああ、馬鹿を止めようとした私が馬鹿だと言いたいのね?
そうよ私が馬鹿だったのよ!余計な感傷に引っ張られて、己の命を軽んじた!
だけど怖かったのよ!!」
ぽつり、二人の間に水滴が落ちた。
「…でも結局、間に合わなかったのね」
ぐいと目元を袖で拭い、少女は顔を上げて手を伸ばした。
その白い指先が、少年が首から下げた真新しい認識票を引っ掛けては、弾いて落とす。
微かな金属音だけが雑踏の中でやたら響いて聞こえた。
モーリスは、ただ黙って、少女の動き一つ一つを、じっと見ていた。
「私が勝つまでに死ぬなど許さないわよ、モーリス・ラゲール」
そうとだけ告げて、ヒルデガルドは踵を返した。
奥まった影から出れば強い日差しが彼女の眼を焼かんと降り注ぐ。
ぽろりと、また新たに溢れ出してしまった涙を抑えながらギルド入り口で待っていたセルゲイの元へ向かえば、彼は何も言わずに着ていた自分の上着をヒルデガルドの頭からかけてくれた。
「セル、買い物の代わりに大盛を食べに行くわ」
「甘いもの?肉?」
「どっちもよ」
王都のギルド街を見ずに彼らはそのまま王都に戻る馬車に乗り込んだ。
不貞腐れた様相の少女は、小さな窓の外を見ているが、きっとその瞳には見えないものが映っているのだろうとセルゲイは思った。
「リリも呼んでいい?」
「ふっ、生贄召喚とはやり口が悪魔よ、セル」
「何とでも言え」
自分一人では慰めるよりも少女に共感してしまう未来しか見えなくて、セルゲイが皮肉気に笑う。
空はまだ青く、高い。
けれど確かにあの日のような茹だる様な夏は、すぐそこまで来ていた。




