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10/22

10:インクの香りと期待と失望と


 ヒルデガルドは一人図書館で悩んでいた。


「新技…うーん…」


活きの良いだけでなく、中々見所がありそうな一年生にこれが先輩の力だと見せつけるような圧倒する新技を開発しようと目論んでいたが、その背後で支える好敵手が思った以上に天才だった。

まさか導自体ではなく紋を見て逆算し回路構造を予想してくる程とは努々思わなかった。

確かに発動速度を重視したため良く見れば検討もつくかもしれないが、あの口ぶりからして魔導祭で行使していた時既に見破られていたようだった。


しかも悔しい事に彼、モーリス・ラゲールの策に陥ったのか、看破されたのは彼女の十八番。

のほほんとした穏やかな気風の癖に中々の策士である。

それも常日頃からああ擬態していたのではないかと妙な勘繰りさえしてしまう。


兎にも角にも、ヒルデガルドは急遽増えた自分の課題に取り組まんと図書館のおなじみの席で導図を開いてはいるのだが、こう、閃きが降りてこない。


それは未だに喧嘩を売って来た一年生、セシル・レミックの実際の導行使を見ていないからでもあった。


数度、放課後に実技場へ足を運んでみたものの彼女の姿は無く、周囲に聞いても放課後に来ているところを眼にした事は無いと口を揃えて答えていた。

よもや隠蔽工作か、と疑いセルゲイを嗾けたが、やはり回答は同じだった。

かといって昼休みも顔を出していないようだ。

では一体何時訓練をしているのだろうか。


ウチ(伯爵領)のような開けた土地柄ならまだしも、王都じゃあ王城の訓練場と学園の実技場くらいしかまともに展開できる場所は無いと思うのだけれど)


あとは個人所有の土地くらいだろうが、レミック侯爵家とはそれ程裕福なのだろうか。

あまり貴族社会に詳しくないヒルデガルドは首を捻るものの、考えたところで見れないものは仕方が無い。


(寧ろ、モーリス・ラゲールへの対策を主軸として応用の効くものを増やすべきかしら)


ヒルデガルドが得意とするのは火と土、風であり、モーリスは水と風、土に光まで適正が強い。

それは一年次、同じ組であったから良く知っているし、競っては撃ち負けていた。

因みに実技講義の採点は組ごとに行われるので、一年次に勝てなかったのはヒルデガルドはかなり悔しい。


(ま、魔導祭で勝ってこそよ)


色めき立つ観客に囲まれた華々しい舞台で雌雄を決す。

三年間決まらなかった、決める事が許されなかった好敵手同士の直接勝負。

良い、とても良い、まさに冒険小説のようではないか!


一人、少女は自分たちのその様を想像しては口元に笑みを浮かべた。

なお未だに導図は真っ白である。


「あ、ヒル…デイビア、さん」


ふと声がした方へ顔を向けると、本を抱き締め佇むサティが居た。


一時期、モーリスの守護霊とまで揶揄われていた彼が一人で図書館に居るのは実は珍しくない。

二年次にそのモーリスがフォーレ先輩の補佐として授業に参加するのが殆ど無く、また放課後も付きっ切りで補講の手伝いをしていたようで、必然的にサティは一人行動を余儀なくされた。

その行動先が勉学というのだから流石フロイディヒ魔導学園の学生だとヒルデガルドは思う。

この勤勉さを幼馴染にも分けてやりたい。


「こんにちはサティ、調べもの?」

「う、うん…ちょっとね。

 デイビアさんは導図開いて改訂…?」

「まぁそんなところね」


印刷された罫線しかない導図を見下ろし、ヒルデガルドは苦笑した。

おずおずと少し、離れた席にサティが腰を下ろし、抱いていた本を傍らに積み上げる。

その書籍の背を見て少女が小首を傾げた。


「サティも改訂?

 良かったらどの節を弄るのか伺っても?」

「あ、えと…」


ほのかに耳を赤くし俯いては言葉を濁してしまうサティの姿は二年次と変わらない。

幾度か、過去にも図書館で会った際、彼が行き詰っている箇所を手助けしたのだが、未だ彼はモーリス程ヒルデガルドには打ち解けていないのだ。

緊張感がひしと伝わる気配に、再び少女は苦笑を零す。


「ごめんなさいね、自分が集中していないからって人を巻き込むなんて不躾だったわ。

 私は席を外すから」

「い、いや、そうじゃ、なくて…!

 ぼくが今、挑んでいるのは…風の第三章、六節の導、なんだ」


サティが俯いたまま身体を縮ませて言った節にヒルデガルドは眼を瞬かせた後、そっと微笑む。


「一年の時話題にした節じゃない、懐かしいわ」

「う、うん! そう、ぼくは、三年になって…やっと、だけど」

「サティは風の適正強くないでしょう、手を出す方が意外だわ。

 でも結構著名な魔導師達の著書読んでると出てくるのよ?変遷辿るだけでも面白いし」

「思った。

 何でこんな改訂を?ってはちゃめちゃのもあるし、でも意図を考えるの凄い、楽しい」


やっと彼が顔を上げて笑う。

そうだ、彼はこんな顔をしていたなと久し振りに安心しきった表情をヒルデガルドは見た気がした。


「ヒ…デイビアさんは、以前二重奏に改訂してみたって言ってたけれど」

「興味ある?

 また改訂してるから現行のじゃないけれど、良ければ」

「う、うん!」

「ちょっと待ってね」


真っ新だった罫線の上に、杖を滑らしてゆく。

起点から始まり奏でるように回路が道筋を繋げ、形を得てゆく様をどこか恍惚な表情でサティが見ていた。

ヒルデガルドの杖の色味が変わる。

属性を変化させた合図だ。

同じ導図の上を今度は青みを帯びた光が軌跡を残しながら舞い踊る。


「風の第三章、六節の導は水と相性が良いなーって私は思ってて、補助に足したのよ。

 そしたら思いの外安定したからこれを基本にまた改訂をしているのだけれど」

「うん」

「件の変換部についてはもういっそ取っ払っちゃってる。

 だから、勿論貴方もだけど、人に使ってもらう訳にはいかない点は未だ課題ね」

「うん」

「でもこれを行使した時の紋がね、こう、重なってる部分の婉曲が凄く、好きなの」


今は使っていない自己流の改訂導だが、思い入れは勿論ある。

懐かしさに心が温まるのを感じながら紋の美しさを語りだしていたヒルデガルドは、いつしかサティが同じ返事しか返していない事に気付き視線を向けた。


彼は、今まで見た事も無いほど、まっすぐに少女を見ていた。


「…きっと、綺麗だろうね。

 デイビアさんの行使する時、いつも紋は歪みが無くて、丁寧だもの」

「嬉しいわ、努力している点だから」


にこりと社交的な微笑みを浮かべ、ヒルデガルドは書き上げたばかりの導図をサティへ差し出した。

彼はやや身を乗り出しつつも丁寧な仕草でそれを受け取ると、思わずとばかりに感嘆の溜息を零す。

導図だけで回路や、行使した時の紋を思い浮かべてくれるのは作った側としてはとても嬉しいものだ。


「サティも筆記、凄く努力したわよね」

「え?」

「新学期の筆記試験順位、三十位内入ってたじゃない」


導図から顔を上げたと思ったら、また彼はすぐに顔を下げて何かもごもごしてしまった。

普通はここでもう少し言葉の行き交いがあるのではなかろうか。

全く、モーリスのような我慢強さが己にはないものだとヒルデガルドは苦心した。


「処分も管理もお任せするわ。

 ただ先程言った通り、変換部取ってるし念の為に行使だけは絶対しないで」

「うん、勿論だよ、誰にも見せない。

 ありがとう…すごく、嬉しいよ」

「きっとそう遠くない未来に家宝になるわよ」

「ふふ、うん」


まぁ二回笑わせられたのなら上出来だろう。

ヒルデガルドは広げていた資料を片付け、サティの邪魔をしないよう席を立った。


占領していた書籍を戻しながら部屋で読むものの辺りを付け書棚を彷徨うのは何とも心地いい。

自らの興味関心をあれこれと挙げ連ねては、少しずつ思考の方向性が定まってゆくこの感覚。


(あの子、軍用もされている導を使っていたしもしかしてそっち方面にも明るいのかしら)


思い付きのまま無数の書の海を知った様子で歩き出す。

目指すは、実用的な導の歴史書や戦術論の棚だ。

そこで思わぬ人影をヒルデガルドは見た。


モーリス・ラゲールだ。

彼が開いているのは魔物が住まう異空間、ダンジョンに関する書物だった。


学園で魔導を修める者は大きく、研究者と実働部隊に道を分ける。

ダンジョンへ踏み込む者はほぼ実働部隊であり、時には市井の冒険者を伴う事もある。


(意外、戦いとは無縁そうな人柄なのに)


あまりに凝視し過ぎたのか、書に落としていた水色の瞳がふと上げられ、少女へと向けられた。

彼はいつも通りの穏やかな気風で微笑みを浮かべ、本を閉じる。


「デイビアさん、こんにちは」

「こんにちはモーリス。

 意外ね、貴方がそういう本を手に取るのは」

「ああ、これね」


手元の本を掲げ、その後類書が佇む書棚を見上げた。


「今度冒険者登録をして挑もうと思っているんだ」

「…は?」


何ともなしに彼は言ってのけるが、学生が冒険者になるなど滅多にない。

それこそ生活に困っているだとか家業であるだとか、相応な理由が無ければ若い内は行わないのだ。

元より戦闘訓練を受けており、腕っぷしに自信があるよう人間は学園を受けず騎士団の門を叩く。

魔導が如何に優れた攻撃力を持ち得ていようが、所詮後衛職。

しかも卒業もしていない学生が、冒険者登録をしてダンジョンに挑むなど死にに行くようなものだ。


愕然とするヒルデガルドを気にも留めず、彼は別の書を手に取り開く。

その仕草は緊張も、悲壮もなく、ただただ自然だった。


「…モーリス、貴方、何を言っているの?」

「まぁダンジョンと言っても、探索し尽くされた浅いところだけどね」

「それでも身の危険が無いとは言えないじゃない!」


堪らず声が大きくなる。

はっと息を呑み、ヒルデガルドは自分の両手で口を塞いだ。

その手の冷たさに、如何に自分が今冷静で在れてないかを理解する。


「セシーに頼まれたからね」


本を見つめたまま彼は言った。

だから、こうして挑むダンジョンの情報を学園でも調べているのだと。

だから、彼女の為に死地へも赴くのだと。


事も無げに話す彼が本気で理解出来なくて、思わず、少女はその手で少年の目線を遮った。

覆われ、押さえつけられた本の重みを感じないように彼はぶれなかった。

細い身体だが、確かにモーリスは、ヒルデガルドと力の差がある、男だった。


「モーリス、此処は彼女を止めるべきところでしょう?」

「でもそうじゃなきゃ行使訓練出来ないっていうし」

「学園の実技場があるじゃない」

「そこは生徒の眼があるから嫌だって」

「それを説得するのが貴方の役目じゃないの!」


気迫に押されていつの間にかヒルデガルドはモーリスとの距離を詰め、顔を寄せ、その静かな水色に波紋を呼ばんと視線を強めた。

彼はただじっと、その青紫の瞳を見つめたまま薄い唇を開く。


「王都の貴族令息は誰でも幼少期から戦闘訓練を受けているんだ。

 それにセシーだけじゃなくて僕も一緒だし、護衛も付ける。

 キミはそれでも不足だと言うのかい?」

「彼女を説得する気も無ければ、貴方自身もそれを望むという訳?」

「入ってみた事が無いからね」

「…呆れた」


ふっと身体から力を抜き、静かに少女は退く。

幾ら自分が声を掛けたって危険な道を選び、共に行くと決めた彼がこんなに強かだとは思わなかった。

もっと安全を第一に、守られて、長閑な道ばかりを選んでくれる人だと勝手に考えていた。


嘆息交じりに視線を外したヒルデガルドを、じっと、モーリスは見つめ続けていたが、彼女はそこから視線を合わせる事はせず、無言でその場を後にした。



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