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第3章 ― 静寂の残響


時は癒すという。

けれど、誰も教えてはくれない――

その時が止まってしまったら、どうなるのかを。


レンがいなくなってから、

時計の針は、もう私のものではない時間を刻み続けている。

世界は進み、人々は笑い、

日々の色が移ろう中で、

私はあの日、すべてが壊れた場所に、今も取り残されている。


朝は同じようにやって来る。

習慣で呼吸するだけの身体。

もう存在しない理由を探し続ける心。

鏡に映る自分を見ても、もう誰なのか分からない。


生きているのか、

それとも――

まだ死に方を知らないだけなのか。

いつからこんなにも痛み出したのか、正確には覚えていない。

あの手紙の翌日だったのかもしれない。

あるいは、その一週間後か。

いや、痛みは決して止まらなかったのかもしれない。

ただ、痛みを抱えたまま呼吸することを覚えただけだ。


レンはいなくなり、静寂が常に寄り添うようになった。

それは、思考の奥で絶えず鳴る低いノイズのようだった。

かつて色づいていたすべてが灰色に変わった。

共に歩いた街並みは、長く、冷たく感じられた。

時々、人混みの中に彼の姿を見た気がした。

シルエット、反射、瞬く光――名前を呼ぶ前に消えてしまう幻。


夜はどんどん重くなっていった。

眠ろうとしても、目を閉じるたびに彼の微笑みが浮かんだ。

そして、その視線はいつも、どこか遠くの空を見つめていた。

だから眠るのをやめた。

影の中で生きるようになり、数時間だけ続く優しい嘘で自分を支えた。


マリファナ、コカイン、錠剤……もう名前なんてどうでもよかった。

それぞれの薬が、欠落を別の形に偽ってくれた。

マリファナは、まるでレンがまだ近くで息をしているような錯覚を与えた。

煙が空気を満たし、あの日の空き地を思い出させた。

コカインは偽りの衝動をくれた。

それを生の感覚だと勘違いした。

そして錠剤は――液体の静寂。

自分が誰だったかさえ忘れさせた。


書くことが減っていった。

言葉は、もう理解できない言語のように感じられた。

ページは未完成の文や、消された名前、拙い落書きで埋まっていった。

時々、彼の頭文字だけを何度も書き続け、鉛筆の圧で紙が破れた。

意味を失った言葉で幽霊を蘇らせようとするようだった。


時間は溶けていった。

昼と夜が混ざり合い、同じ深淵を繰り返す日々。

身体は動いていても、内側の何かがゆっくりと消えていった。

その霞の中で、彼の声を聞いた。

記憶ではなく、本当にそこにいるかのように。

「もう大丈夫だよ、イサム」と。

でも、大丈夫なんかじゃなかった。

何ひとつ。


世界が終わっても構わないと思った瞬間が、三度あった。

重さに耐えられなかった三つの瞬間。

それは決意ではなく、魂が抜け落ちかけた一瞬の亀裂。

最初は衝動的だった。運命とのルーレットのように。

二度目は、感情を止めようとした。

そして三度目は――海。

冷たく、広く、無関心な海。

波が荒れ狂う場所まで歩き、ほんの一瞬、

彼が向こう岸で待っている気がした。

けれど、波はただ静寂で答えた。

水は私を飲み込まなかった。

それとも、手放す勇気がなかったのかもしれない。


びしょ濡れで家に戻り、震えながら空っぽの心で座り込んだ。

その夜、灯りをつけなかった。

床に座り、片手にレンの手紙、もう一方に煙草。

煙が涙と混ざり合い、久しぶりに祈った。

神ではなく、彼に。

どうか眠らせてほしいと。

まだ息をしていることを、許してほしいと。


それ以来、私は生きているふりをして生きている。

歩き、話し、笑うべき時に笑う。

けれど、すべてが空虚に響く。

時々、夢にレンが出てくる。

夢の中では、彼はまだどこにも行っていない。

心臓が激しく脈打ち、

目覚めた瞬間、彼の名前を呼べば声が返る気がする。

けれど、返ってくるのは静寂だけ。


それでも、何かが私の中で書き続けている。

希望のためでも、信仰のためでもなく。

ただ、私たちが確かに存在した証を残すために。

暗闇の中で触れ合おうとした二つの魂があったということを。

もし誰かがこれを読むなら、

すべてが虚無ではなかったと知ってほしい。

儚くも、美しい瞬間が確かにあった。

その時、私は生きていたのだと。

そして今も、その瞬間たちは私の中で息づいている。

煙の中の――静寂の残響として。



夜が明ける。

淡く、カーテンの隙間から射し込む光は、まるで謝罪のようだ。

空気には煙が漂い、灰の匂いが残る。

テーブルの上には、レンの手紙が置かれている。

縁が少し黄ばみ、静かに時を吸い込んでいる。


私はそれを開かない。

開く必要はない。

もう、すべて覚えているから。

彼の言葉は私の中に生きている。

癒えることのない魂の片隅に、刻まれたままで。


今日は涙がない。

あるのは、不思議な静けさだけ。

たぶん、もう分かっているのだろう。

彼を忘れることはない――

そして、それこそが、私の「続け方」なのだ。


生きることではない。

まだそこまで届かない。

けれど、続けること。


レンは静寂へと旅立ち、

私はその残響の中に残された。


煙と虚無のあいだで、

それでも私は書き続けている。


――まだ、ここにいる。

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