第92話:大田 美沙
――どうして、こんなにも状況が変わってしまったのだろう。
ほんの数分前まで、私は絶望の淵で、ただ黙って帰ろうとしていた。
それが今――由佳さんがすべてを引き受け、そして私に秀介を託していった。
※※※
嗚咽が止まらなかった。
由佳さんの涙が、まだ目に焼き付いて離れない。
「赦してあげて」「幸せにしてあげて」――その声が胸に響き続けている。
私には到底できないと思っていた。
もう資格も価値もないと思っていた。
でも、由佳さんが命がけで言ってくれた。
「この人を幸せにして」――その一言が、私を生かしてしまった。
※※※
ごめんなさい、由佳さん。
あなたを憎んでいた。
ずっと敵だと思っていた。
秀介の隣に立てるのは、あなたじゃないかと、いつも怯えていた。
でも違った。
あなたは、私なんかよりずっと強く、ずっと深く、ずっと純粋に秀介を愛していた。
だからこそ――あなたは自分を犠牲にして、私に託したんだ。
その重さに押し潰されそうで、息ができない。
涙が頬を伝い続ける。
※※※
でも、私は決めた。
私の命を賭けて、この人を幸せにする。
秀介の心に由佳さんが残っていても構わない。
きっとずっと消えないだろう。
でも、それでいい。
そのすべてを抱きしめて、私はこの人と生きていく。
由佳さん、あなたの痛みも愛も、全部受け取ります。
あなたが託してくれたこの人を、私が命を懸けて守ります。
※※※
横に立つ秀介は、まだ混乱の中で言葉を失っている。
その横顔を見ながら、私は心の中で何度も何度も繰り返した。
――ありがとう、由佳さん。
――そして、これからは私が。
嗚咽は止まらなかった。
けれど胸の奥には、一筋の強い炎が灯っていた。




