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第85話:大田 秀介

 表彰が始まった。

 ただ、もうオレにもこの結果は分かっている。

 プレゼンの途中から、もうコレはもらったなと分かった。

 

 オレはあの時…あの大学4年生の論文コンテストを思い出していた。

 有楽町の国際フォーラムの惨めな夢の終焉。

 でもあの時の論文の素地が今、今日のプレゼンの原点だった。

 あれからどれだけ経ったのだろう。

 もう10年以上経過してしまった。

 でもまだオレには時間がある。

 そして、ずっとオレを待ってくれていた仲間がいる。

 支えてくれた由佳や彩花がいる。

 もちろん失われたものもある。

 傷つけてしまったものもある。

 美沙、そして沙奈を思わずにはいられない。


 思いふけっている間にセレモニーは進行していく。

 そして会場にざわめきが広がった。

 審査員の一人がマイクを取り、落ち着いた声で告げる。


 「――優勝は……Agentic Ad Companion を発表した、大田秀介氏!」


 その瞬間、会場全体が揺れた。

 歓声、拍手、口笛。

 まるで嵐が巻き起こったかのようだった。


 健太が横で笑い、背中を叩いた。

 「やったな、秀介!」

 その笑顔に、オレも自然と頷いた。


 ステージ中央に進み出て、プレゼンターからトロフィーを受け取る。

 金色に輝くそれは、ずしりと重かった。

 でも、その重さはオレの肩を押し潰すものではなく、支えてくれる何かに変わっていた。


※※※


 司会者がマイクを差し出した。

 「優勝者から一言、お願いします」


 オレは深く息を吸い込み、スクリーンに合図を送った。

 最後のページ――裏表紙が映し出される。


 そこには、オレの全てを込めた言葉があった。


 《私は、世界を変えるのは、技術そのものではなく、人の思いが宿った技術だけであると信じています》


 静かなざわめき。

 誰もが息を呑んで、文字を追っているのが分かった。


 さらにページの下段には、もう一文。


 《この資料を、私を諦めずに支援してくれた街丘由佳さん、高瀬彩花さんに捧げます。

 そして、かつて一緒に仕事をした高岡香里さんの死に、心からのご冥福をお祈りいたします。

 この仕組みの実現によって、こうした悲劇が少しでも減る、新しい世界の到来を願わずにはいられません。》


 会場に深い沈黙が落ちた。

 その沈黙は重苦しいものではなく、胸を打たれた者たちが言葉を失った証だった。


 次の瞬間。


 拍手が鳴り響いた。

 最初は小さく、しかし連鎖するように広がっていき――やがて、地鳴りのような大喝采に変わった。

 観客が立ち上がり、手を打ち鳴らし、叫び声をあげていて、そのあり様を、メディア関係者、記者たちは一斉にシャッターを切り、伝えようとしていた。


 世界が、今、確かに揺れ動いている。

 オレはその中心に立っていた。


※※※


 すると、司会者がマイクを取った。

 「大田さん――このメッセージの中に名前を記されたお二人が、この会場にいらっしゃっていると伺っています。

 街丘由佳さん、高瀬彩花さん。どうぞステージへ!」


 会場が再び爆発した。

 拍手、歓声。

 人々が一斉にステージ袖に視線を向ける。


 そこから現れたのは――由佳と彩花。


 二人とも堂々とした姿で、しかし瞳は涙に揺れていた。

 スポットライトに照らされるその姿は、オレの心を一瞬で奪った。


 ――ありがとう。

 心の中でそう呟いた。


※※※


 その時だった。


 「パパ――っ!」


 甲高い、けれど懐かしい声が会場に響いた。

 オレの心臓が止まった。


 人垣をかき分けるようにして、小さな影がステージへと駆けてきた。

 髪を揺らし、必死に走る小さな足音。


 ――沙奈。


 目を見開いた。

 信じられない。

 けれど、その瞳、その声、その笑顔。

 間違えようがなかった。


 世界が揺れる大喝采の中で、オレの視界には、ただ一人――娘の姿しか映っていなかった。


 「沙奈……!」


 胸の奥から絞り出すように声が漏れた。

 次の瞬間、小さな体がオレの胸に飛び込んできた。


 会場全体が、再び大きなどよめきに包まれる。

 カメラのフラッシュが一斉に光り、記者の叫び声が飛び交う。


 だが、オレにはもう何も聞こえなかった。

 ただ、腕の中で震える沙奈の温もりだけが――すべてだった。


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