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第83話:街丘 由佳

 ライトが落ち、ステージの上にただ一人――秀介が立っていた。

 胸の奥で、心臓が暴れるように脈打つ。

 ――やっと、この瞬間が来た。


 スクリーンに映し出された最初のスライドには、シンプルにこう記されていた。


 「広告は、これまで人を“邪魔するもの”だった。」


 会場にざわめきが走る。

 そう、誰もが分かっていることだ。けれど、それを正面から口にする人間は、ほとんどいなかった。


 秀介の声が響く。

 落ち着いていて、しかし一言ごとに鋭さを帯びていた。


 「私たちは広告を、クリックさせるための罠のように作ってきました。

 でも、人は広告を“出されたい”なんて望んでいない。

 本当は――共に過ごしたいんです。

 好きな音楽のように、気の合う友人のように。」


 静寂。

 そして次の瞬間、彼は指を鳴らした。


※※※


 スクリーンの中に、インタラクティブなデモ画面が立ち上がる。

 ――Agentic Ad Companion。


 映し出されたのは、ひとりの女性ユーザーとAI。

 AIは単なるチャットではなく、まるで隣に友人がいるかのように自然に会話を続けていく。


 「今日はちょっと疲れてるみたいだね? そういう時は、ちょっと甘いものが欲しくなるよね」

 そう言って、近くのカフェを提案する。

 ユーザーが「今日は新しい味に挑戦したい」と答えると、AIはSNSのトレンドやレビューを横断し、その人の好みに合わせた新商品を自然に紹介する。


 会場から、どよめきが漏れた。

 前列の投資家が互いに目配せをし、手元のメモに走り書きを始める。

 研究者らしき人物が慌ててタブレットを取り出し、スクリーンを撮影する。

 後方では記者たちのシャッター音が一斉に鳴り響き、フラッシュが光った。


 ――これは広告じゃない。

 まるで“友だち”だ。


※※※


 秀介は間を置き、さらに続けた。

 「重要なのは、これは“押し付け”ではないということです。

 AIは、その人との会話や共体験を通じて学び続ける。

 一緒に映画を観ることも、試合を応援することもできる。

 その過程で広告は、“体験の中に自然に溶け込む”んです」


 デモ画面が切り替わる。

 スポーツ観戦を共にしているAIが、ユーザーの応援するチームが勝利した瞬間、こう声をかけた。

 「やったぜ!おめでとう!! ところで、このチームの限定ユニフォームが出たんだ。一緒に記念に見に行こうか?」


 ――空気が爆発した。

 拍手と歓声が入り混じり、投資家たちは前のめりに身を乗り出す。

 ある記者が立ち上がってカメラを掲げ、フロア全体を撮影しようとした。

 観客席のあちこちで「これは革命だ」「広告じゃない、新しい何かだ」という囁きが飛び交う。


 背筋に震えが走った。

 広告が“人間みたいに寄り添う”――その瞬間を、世界が目撃している。


※※※


 「これは、単なる広告ではありません」

 秀介の声が再び響く。

 「人とブランドの関係性を“共体験”として積み上げる、新しい仕組みです。

 広告はもう、人を傷つけない。誰かを追い詰めない。

 むしろ、人を支えるものになるんです」


 ――香里さん。

 胸の奥で、私はその名前を呟いた。

 あの人の死が、この仕組みの祈りの一部になっている。

 だからこそ、この瞬間が胸を突き刺す。


※※※


 最後のスライド。

 白地に、ただ一文だけが浮かび上がった。


 「This is not just AdTech. This is HumanTech.」


 会場は爆発したような拍手に包まれた。

 歓声、口笛、スタンディングオベーション。

 投資家が立ち上がって手を叩き続け、研究者が涙を拭いながら頷いている。

 記者たちは興奮で声を上げながら、次々と速報を打ち込んでいた。


 私は両手で顔を覆った。

 ――やったんだ、秀介。

 あなたは本当に、世界を変えてしまった。


 涙が止まらなかった。

 嬉しくて、誇らしくて、そして愛しくて。


 これからは誰も、あなたを「処理屋」なんて呼ばない。

 もう誰も、あなたを見過ごせない。


 世界がやっとあなたを見つけてくれた。

 でも――私と彩花だけは、ずっと前から知っていた。

 あなたが、世界を変える人だって。


※※※


 プレゼンが終わり、秀介が深く一礼する。

 その背中を見ながら、私は胸の奥で誓った。


 ――次は、私の番だ。

 この人の隣に立ち、女として抱かれ、この人の未来を共に歩む。

 世界で一番幸せになるのは、私なんだ。


 熱に焼かれたような確信が、全身を突き抜けていく中で、

 ――でもたった一つの大きな不安。

 観客席の脇に隠れるようにして壇上を見ている美沙を見つめ、それからまた私も壇上を見つめた。


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