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第79話:高瀬 彩花

栗田自動車での準備は、緊張と高揚が入り混じっていた。

私は桑島部長、そして遥と共に渡米する予定になっていた。


――行き先はシリコンバレー。

秀介が登壇する Silicon Valley AI Paper Contest。


彼のプレゼンを見届けるだけではない。

もしそこで披露される新しい仕組み―― Agentic Ad Companion――が、栗田の広報活動に応用できると判断されれば、試験的な導入を協議することになる。


「栗田自動車で彩花がサポートしてくれるなら」

秀介がそう言ってくれたことを、私は胸にしまっていた。


世界一の自動車メーカーである栗田が、彼の仕組みを使う。

その橋渡しをできるのは、広告マンとしての私しかいない。

誇らしさで胸が膨らんだ。

――これこそ、私が存在する理由。


※※※


そんな矢先、栗田本社の会議室に招かれた。

そこに現れたのは、新生・電報堂の顔――長谷部社長。

そして、その隣には佐藤の姿があった。


一瞬、心臓が跳ねた。

けれど彼の口から出た言葉は、驚くほどあっけないものだった。


「……元営業第2局の佐藤です。東北の子会社に転籍することになりました。

後任は改めてご挨拶に伺うことになると思います。

私も居なくなり、電報堂は長谷部さんの元で綱紀粛正が実施される。……それだけをお伝えしたく、今日は参りました」


低い声。

その背筋は折れ曲がり、かつての尊大さは一片も残っていなかった。

思わず息を呑む。


――佐藤が、詰め腹を切らされた?

あの男が、こんなにもあっけなく。


※※※


続いて長谷部が静かに立ち上がり、深々と頭を下げた。

「……どうか、高瀬彩花さん。もう一度だけ、電報堂にチャンスを頂けないでしょうか」


その声には虚飾がなかった。

かつて電報堂グループで共に汗を流した日々を思い出す。

誠実で、現場を見て、現場を支える。

長谷部はそういう人だった。


会議室の空気が静まり返る。

栗田の役員たちも、私の返答を待っていた。


桑島部長はあらかじめ私に言ってくれていた。

「電報堂と取引を再開するかどうかは……高瀬さんの判断を参考に決めようと思っています」


その言葉が、胸の奥で重たく響いた。


※※※


私は視線を落とした。

あれほど憎んだ佐藤が、今は力なく頭を下げている。

そして、長谷部は誠実そのものの姿で、未来を賭けている。


――広告代理店も、変わる時が来たのだ。

いや、変わらなければ生き残れない。


かつて電報堂の営業局にいた頃の私なら、迷わず突き放していただろう。

けれど今は違う。

秀介のAgentic Ad Companionが示す未来を、この目で見ようとしている今だからこそ分かる。


「……分かりました」

私は静かに口を開いた。

「一度だけ。……ただし、電報堂が誠実な対応をいただける企業であるとお示しいただける限りにおいてです。その誠実さが感じられなければ、私は即座に関係を断ち切ります」


長谷部が深くうなずいた。

その横で、佐藤は小さく目を伏せた。


※※※


会議室を出るとき、心が妙に静かだった。

過去を捨てたわけではない。

怒りも哀しみも、まだ消えてはいない。


でも――。

秀介を支えるために、私は未来に立つ。

栗田の広報として、そして一人の広告マンとして。


世界は変わる。

その先頭に、彼と、恐らくは由佳と、そして私がいるのだ。


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