第78話:大田 美沙
由佳さんの視線は、鋭くも揺れていた。
彼女が私を心から憎んでいることは、もう痛いほど分かっていた。
――それでも。
どうしても伝えなければならないことがあった。
私は震える声を押し出した。
「……お願いです。どうしても伝えたいことがあるの」
由佳の眉がわずかに動いた。
私は両手を腹に添え、俯いたまま言葉を絞り出す。
「……子どもがいるの。秀介の子どもが」
※※※
空気が一瞬で凍りついた。
由佳さんの瞳が大きく見開かれ、言葉が鋭く突き刺さる。
「それは……本当に秀介の子どもなの?
佐藤さんという方のじゃなくて?」
胸を貫かれたような痛みだった。
私は椅子から崩れ落ちそうになりながら、必死に首を振った。
「違う……そんなこと、絶対にない!
私は……私は、他の男の人なんて一度も……!」
涙が堰を切ったように溢れ出す。
言葉は嗚咽で途切れ、声にならなかった。
※※※
由佳は黙って私を見下ろしていた。
怒りとも戸惑いともつかない色を帯びた瞳。
やがて、深く息を吐き、ゆっくりと口を開いた。
「……今、彼は一番大事な時なの」
その声は、刃のように冷たく、同時にどこか哀しげだった。
「だから、今あなたに彼の居場所を教えることはできない」
私は目の前が真っ暗になった。
喉が塞がれて声が出ない。
けれど、次に続いた言葉が、かすかな光となった。
「でも――あと数週間したら。
その時に、一緒に連れていってあげる。あなたと、お子さんと、それから、そのお腹の子を」
思わず顔を上げた。
由佳の表情は冷たさを残しながらも、揺らぎを見せていた。
胸の奥が震えた。
――ほんのわずかな希望。
その約束だけを支えに、私は泣き崩れながら何度も頷いた。
※※※
由佳が席を立ち、ドアに向かって歩いていく。
その背を見ながら、私は腹に手を当てて声にならぬ祈りを捧げた。
――秀介。
お願い。
せめて一度でいい、この子が生まれたら、あなたに抱いて欲しい。




