第76話:高瀬 彩花
退職の日、私は異様な光景を目の当たりにした。
電報堂のエントランスを埋め尽くす報道陣。
モニターには速報のテロップが踊っていた。
――代表取締役社長、辞任。
――会長、副社長退任。
――主要部局幹部の更迭・退任を発表。
信じがたい人事異動が、矢継ぎ早に発表されていた。
あの「電報堂帝国」が、一夜にして崩れ落ちていく。
※※※
そして、その瓦礫の上に立つのは――電報堂デジタルの代表だった、長谷部源蔵。
彼が新たな代表取締役社長として就任するという異例の発表がなされたのだ。
記者会見の壇上に立った彼の姿は、静かに、しかし揺るぎなかった。
「広告代理店が“文化を創っている”“流行を創出している”という傲慢な勘違いが、積り積もって、こういう駄目な組織を生んでしまいました」
「世界を変えるのは、広告による下らん御託ではない。テクノロジーの変革です」
その一言一言が、報道陣を震わせた。
電報堂が長年築いてきた虚構を、内部から断罪する言葉。
――時代はもう、変わったのだ。
ざまぁ見ろ!
※※※
私はその日を境に、栗田自動車へと転籍した。
世界最大の自動車メーカー。
モータリゼーションの変革の最前線に、自分の立ち位置を移したのだ。
これからは、ガソリンでも広告でもなく、テクノロジーが未来を駆動する。
私が身を置くべき場所は、もう電報堂にはなかった。
※※※
ただ、一つだけ片づけなければならないことがあった。
――美沙。
彼女を許すことはできない。
あの愚かさと、その無自覚な優遇が、どれだけの人の犠牲のもとにあったのか。
香里、そして秀介。
それでも、せめて一つだけ。
私は彼女に由佳の連絡先を渡した。
「秀介は、由佳のもの。本来からずっとそうだった。
それを邪魔しないで。
それでも、もしあなたがどうしても彼に繋がりたいなら、由佳に赦してもらうしかない」
冷たい宣告だったかもしれない。
けれど、それが唯一の道だった。
※※※
――全部、秀介への愛のために。
彼の未来を守るために。
彼が、本当に自分自身を取り戻せるように。
私はこの下劣な「電報堂帝国」をある種の喜びと共に去った。
背後に崩れゆく帝国を残し、未来へと歩み出すために。




