第74話:街丘 由佳
週末の夜、スマホに長いメールが届いた。
差出人は――秀介。
普段は短いやり取りがほとんどだった。
「愛している」――そう私が送れば、「ありがとう」「大丈夫だ」――そう返ってくるだけで十分だった。
けれど、その夜の文面は違っていた。
――PoC開発とプレゼン準備で忙しいはずの秀介が、ふと気分転換にサンノゼ郊外の郡立公園へ出かけたこと。
――そこで夜空を見上げるのが、ほんのひとときの趣味になったこと。
――新しく天体望遠鏡を買い、そのレンズ越しに星の海を眺めながら、日本での日々を思い出していること。
文面は、秀介らしい丁寧さで綴られていた。
「高村光太郎の妻は『東京には空がない』と言ったそうですが、
オレの中にも空がなかったのかもしれません。
いや、空だけじゃなく、誰も見ていなかったのかもしれません。
君のことも、ちゃんと見ていませんでした。
君はオレをずっと見ていてくれていたのに……。
でも、今ようやく空を見て、星空を見て、
遠い宇宙の瞬きを望遠鏡から見て、感じることができるようになったのです」
文字を追ううち、胸の奥がじんわりと熱くなった。
「毎日、由佳がメッセージで送ってくれる言葉は、
まるで凍りついていたオレの心を毎日少しずつ解凍してくれているようです。
由佳がこっちに来てくれるその時に、
君に恥じない――そういうプレゼンが出来るように今オレは必死に準備しています。
今回のプレゼンは、ファウンダーや投資家や学会の研究者のために行うものではありません。
――君のためにプレゼンするつもりで、準備しています」
読み終えた瞬間、視界が滲んだ。
指先が震え、スマホを胸に抱きしめる。
――これは、ラブレターだ。
そうとしか思えなかった。
有名なファウンダーとか、投資家だとか、研究者だとか。
そうした華やかな言葉の向こうで、彼が本当に見ているのは私。
そう確信できた。
胸の奥で、何度も同じ言葉が響いた。
――愛している。
私の愛は、届いている。
そして、彼の愛もまた、私に返ってきている。
嗚咽が漏れるほど泣きながら、私は笑っていた。
世界で一番幸せなのは、今この瞬間の私だと思えた。




