第71話:街丘 由佳
高岡香里の葬儀は、静謐という言葉からはほど遠かった。
参列者のすすり泣きや嗚咽に加えて、外に押し寄せる報道陣のフラッシュと怒号が、祭壇の前に立つ遺族の肩を震わせていた。
棺に眠る彼女の顔は、穏やかに見えた。
けれどその穏やかさを得るために、どれだけの孤独と疲労と絶望があったのだろう。
胸が軋んだ。
※※※
テレビは連日、彼女の自死を大々的に報じていた。
「電報堂営業局社員・過労自死か」
「背景に業務の過重負担」
そうしたテロップとともに、彼女が必死に働いていた頃の写真が繰り返し映し出される。
だが報道はそれにとどまらなかった。
――佐藤局長と美沙。
過去の不倫疑惑が再び蒸し返され、ワイドショーの画面を賑わせていた。
「社員の妻―実は副社長の娘―を愛人呼ばわりしていた」
「幹部のモラルハザード」
キャスターたちの言葉は容赦なく、電報堂という看板を切り刻んでいった。
※※※
彩花には何度も連絡を入れたが、返事はなかった。
香里の死を一番近くで感じ、責任を自分に背負ってしまっているのだろう。
……彩花が心配だが、何も出来ない。
けれど私は、逆説的にこの状況を理解していた。
――これは、秀介が辛うじて支えていた秩序が、いなくなった途端に一気に瓦解したのだ。
彼がいたから成立していた脆弱な均衡。
彼の退職と不在が、それを露わにしただけなのだ。
この、あまりにも酷すぎる状況を見て、逆に秀介を思わざるを得ない。
あなたたち凡俗な人ではどうしようもない状況を対処していた人がいたの。
そういう人によって世界は一夜にして変わってしまうのに、
何故、自分達の下らない世界が持続すると簡単に信じてしまうの?
世界はいつも、一握りの天才だけが変えていくのに。
※※※
記者会見で、香里の母親が涙ながらに訴えていた。
「娘は毎日、深夜まで働いていました。休日も返上して……それでも“やらなきゃ”と笑っていました。どうして、誰も助けてくれなかったんですか」
テレビカメラの前で泣き崩れる母親の姿を見たとき、私は強く思った。
――あの会社は最低だ。
いや、あの会社だけじゃない。
広告代理店なるもの全体が、こんな歪んだ構造に支えられていたのだ。
華やかなキャンペーンの裏で、香里のようにすり減らされ、潰されていく人間がいた。
その仕組みに私は深い嫌悪を覚えた。
でも、でも……もうこんな仕組みは終わりだ。
わたしの秀介がもう終わりにしてくれる。
※※※
秀介。
あなたがいなければ、この世界はこんなにも簡単に崩れ落ちる。
――だからこそ、私は信じている。
この広告業界そのものを変えられるのは、もうあなただけなのだと。
この下劣な世界を変えて。
秀介にこんな下劣な国の、こんな下劣な出来事は絶対に伝えられない。
秀介が全てを変えてくれればいい。それだけでいい。




